君の笑顔を守るために、俺は世界を殺す

剣崎 夢

―プロローグ―


夜空に星が煌めき、三日月が星を照らす。


まるで空が宝石箱のように輝いて見えた。


噴水が流れる音が微かに聞こえる。


音が聞こえて安心した。


数日前に打たれた耳は、聴力がまだ生きているようだ。


清らかで透き通る音。聞いているだけで心が休まる。


奥へと続く並木道には、ライトアップされた桜が満開に咲き誇り、汚れた瞳を浄化してくれる。


苦しみが全て吹き飛ぶような心地よさを咲間 宏季さくま ひろきは感じた。


夜中の公園には、誰も居ない。


それでも気は抜けない。誰かが見ている可能性もある。


咲間は、長袖を伸ばして腕を隠す。


風が吹いた。


桜が舞い散り、並木道に生えた草木を揺らす。


身体に心地よい風が通り過ぎ、頬を優しく掠める。


頭を撫でられるような感覚があった。


咲間は目を瞑って、乱れる髪を押さる。


風が弱まると咲間は瞼を開けて、目の前に佇む人を見つめた。


腰まで伸びた黒髪が優雅に揺れる。


汚れが一切見当たらないほどの純潔感が毛に纏う。


背後に映る噴水が、ハンバーグに付け合せる人参のグラッセのように弱く映った。


それほど、目の前に居る人の髪は美しかった。


ゆっくりと振り返って咲間を見つめる。


「私はサクの味方だよ。ずっと愛している」


目の前の人は、手を前に出した。


咲間は、手を握り返してベンチから立ち上がる。


このときの表情は、今でも忘れない。


世界に漂う不純を払拭するような満面な笑顔。


目元に走る傷が可愛らしく見えた。


一生底が見えないほどの愛を、咲間はその人に抱いていた。


いや、いま考えると愛ではなかったのかもしれない。


もっと別の何か。



そのは、分かりやすい形で半年後に現れた。


彼岸花のように綺麗で透き通るほどの冷たい血が、咲間の手に張り付く。


正面に倒れている人は恍惚を浮かべ、血の海に浸かっている。


美しいと思った黒髪は卑猥に乱れ、可愛らしいと思った目元の傷は、痛々しく広がっていた。


瞳に光は灯っておらず、瞳孔は硬直。頬と口元は微動すらしていない。


この人の満面な笑顔を見ることは、一生出来ないだろう。


だけど、人生をやり直すことが出来るならもう一度。


……あなたの笑顔を守りたい。

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