本当に尊きものは…………

コタツの猟犬

告白

「素晴らしき日々を与えて下さり、

 本当にありがとうございました」


精一杯の敬意を払う為、

頭を下げ、目を閉じて、

祈りと共に手を合わせて青年は言った。


彼の目の前には、小さな箱が置かれている。

箱の大きさは掌に丁度収まるぐらいだ。


綺麗な装飾があり、宝石箱と比べても遜色がない。


「今でもハッキリと覚えているよ、

 それ程に君との出会いは鮮烈だった」


頭を上げ、目を開き、

閉じられた箱の、その中身を見つめて言う。


彼がいるのは神棚の前で、

箱は神棚に捧げられているように、

置かれていた。


暫く箱を見つめていると、

背後に気配を感じる。


「ねぇ、それを拝む意味…………

 ちゃんとわかってるの?」


そんな言葉を掛けられて、

青年は振り返り、その声の主を確認した。


「君か……毎日聞いているはずなのに、

 やっぱり何度聞いても、君の声は美しいね」


振り返らなくてもわかる美声と、その声の持ち主。


しかし、彼女の声からはある種の覚悟を感じた。

だから彼は、真っ直ぐに彼女の目を見て言った。


「そんな言葉で誤魔化さないで」


彼女の声からは少しの怒りと、

少しの悲しみが伝わって来た。


「本当だよ?

 朝起きて、君の声を聞くたびに………

 僕は何度だって、君に恋をするんだ」


「分かってるわ。そんなこと。

 だから、悲しいんじゃない…………」


彼女は彼を見つめていた視線を外し、俯いた。


「そうか、ゴメン。でも分かって欲しい。

 君を傷つけるつもりはないんだ」


「それもわかってるわ。

 …………だから、なおさら悲しいのよ」


「この箱の中は__」

「アナタにとって大事なモノなのでしょう?

 でも、納得できる訳ないじゃない」


少々強くなる彼女の口調。


「そう……だよね」


「当たり前でしょっ!

 こんなモノ……絶対に許せるはずないでしょ?」


彼女の強い口調に、今度は彼が俯いた。


彼にとっては、文字通り想い出の詰まった宝だ。

しかし、彼女にとっては到底容認できる代物ではない。


「君はこの中身を知っているんだね?」

「ええ。見たもの。

 それに、アナタの事は大抵知ってるわ」


「どうしたら、わかってくれるのかな?」

「ねぇ? ここが何処かわかってるの?」


彼女は苛立ちを隠さずに言う。


「僕達の愛の巣だね」

「ねぇ。だったらもう一度言うわよ?

 私、その箱の中身を知ってるのよ?」


ここは二人が一緒に暮らす場所だ。


そんな所に、

他人との想い出を持ち込まれているのだ。


「でも、僕には……

 どうしても捨てる事はできないんだよ……」


彼の頑なな態度に、諭すように彼女は言った。


「あのね?

 私だって淡い初恋の品だとか、

 死んでしまった彼女の形見だとか、

 そういう想い出の代物なら、

 仕方ないなって思うわよ?」


「だったらどうして、これだけがダメなんだよっ!」

「当り前でしょっ! アナタ頭沸いてるのっ!」


努めて冷静にしていた彼女だが、

彼の強い主張と口調に、怒鳴り返した。


「だけど……どうしても……

 捨てる事が出来ないんだ…………」


涙を浮かべながら、彼は言った。


「ならアナタは…………

 私よりも、憧れの先生のパンツの方が好きなのね」


彼女も寂しそうに顔を逸らして言った。


「それは違うっ!」

「何が違うのよっ! そういう事でしょ!」


「君以上に愛している人なんて、

 …………この世にいないっ!!」

「嘘よっ!」


「本当だよっ!

 僕は昔からずっと…………

 君だけを愛してるんだっ!」


「だったら、どうして…………」


彼の強い愛の宣言に、

彼女の強くなった口調は、急に萎れた。


「僕が盗もうとしたのは…………

 き、君のパンティーなんだ」


「えっ⁉」


「僕は、本当にずっと昔から君だけが好きだったんだ」

「なら私のパンティーに興味が……」


「そうなんだよ」

「…………」


暫く考えてから、彼女は言葉を口にした。


「でも、それなら尚更おかしいじゃないっ!

 どうして今も持っているのよっ!」


「そ、それは…………」


あからさまに動揺し、もごもごしだす彼。


「やっぱり…………」

「ち、違うんだよ」


「だって、そのパンティーで、

 そ、その……色々と…………」

「ああ、そうだね。それは間違いない」


「ぐっ……で、でも…………

 百歩譲って、最初は仕方と思う。

 でも、先生のパンティーだって分かってからも、

 ずっとしてたのでしょうっ!」


「そうだよっ!」

「なら、私はその(先生の)パンティー以下じゃない…………」


「それは本当に違うっ!」

「何が違うのよっ! この嘘つきっ!」


天井を見上げ、彼は告白した。


「僕が興奮してたのは、

 君のパンティーだと思って被っていたのに、

 それは先生のパンティーで…………

 そんなものに興奮してしまった…………

 自分自身に興奮してたんだ…………」


「……あ……あ、アナタは…………

 とんでもなくレベル高い変態だったのね……」


「ああ、僕はとんでもない変態なんだ。

 でも、だからこそ、

 君を好きになってから今まで、

 君への気持ちは一ミリだって…………

 ぶれたことなんて無いんだ」


途轍もない説得力と言葉を持って、

彼からの愛は確認できたが、

彼の告白は、あらたな葛藤を彼女に齎した。


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本当に尊きものは………… コタツの猟犬 @kotatsunoryoukenn

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