怪事件! 『突如として意識を失う人々』

真偽ゆらり

無差別メンタル・テロ

「警視庁から入電。本日午後三時頃、複数の人間が同時に胸を押さえて倒れたとの通報あり。特別テロ対策チームは現場に急行されたし」


 現場へ急行する人員を横目に、入れたての珈琲を啜る。相変わらず薄い珈琲だ。


「あれ? 先輩、現場行かないんすか?」


「あぁ? 俺もお前も対策チームじゃねぇだろ」


 対策チームではないが、今起きているこの事件を追っている。分かっている限りの情報では仮に犯人が存在するとしても現場にいる可能性は低い。


 突如として人が胸を押さえて倒れ意識不明となる怪事件。被害者の多くは若い世代だが、他の世代に被害者がいないわけではない。

 被害者達に目立った共通点が無く捜査は難航。

 唯一と言える共通点はどの被害者も穏やかで幸せそうな表情をして意識を失っている事ぐらい。


「先輩、入院中の被害者に目を覚ました人物が出たそうです!」

「よし、行くぞ。車をまわせ」


 同様の被害者を集めた専用病棟へ向かう。

 病棟と称されてはいるが被害者は命に別状ない上に容態が急変する事もない為、この施設はビジネスホテルを改装した物に過ぎない。

 担当医一人と看護師二人で事足りるので同施設が何箇所もある。


 後輩に看護師への聞き込みを任せ、担当医の許可を得て目覚めた被害者に話を聞く。


「尊い……あれは、尊い」


「はい? ですから気を失った時に何を見たのか、教えていただきたいのですが……」

「言ったでしょう、刑事さん。彼は目が覚めてからずっとあの様子なんです」

「そのようですね。他に何か変わった点などは?」

「いえ、あの様にふわふわと尊いと呟く以外に……そうだ! 頑なに携帯を手放そうとしないですね」

「そうですか。では、また何か異変や気付いた事があればご連絡下さい。失礼します」


 帰りの車の中で後輩が聞いた内容を聞くが、特に新しい情報は無かった。


「まるで精神汚染みたいっすね、先輩」

「いや精神が汚染された人間はあんな幸福そうな顔はしねぇよ。それに、この国は元敗戦国だ。よその国と比べたら国民の精神攻撃に対する抵抗は高い。

 だからその可能性は低い」

「いや〜たぶん、敗戦国云々は関係ないっすよ。

 ブラックな労働環境でも耐えようとしちゃう人がいる国民性っすから、元から精神攻撃への抵抗力が高いんすよ。あまりにも精神攻撃が効かないんで、忌まわしい爆弾を使われて負けたと思うっす」

 


 携帯に対策チームの同僚から現場の情報が届く。

 犯人の姿無し……か。


「現場からっすか?」

「そうだ。今日も進展無し……携帯?」

「携帯がどうかしたんすか?」

「あ、あぁ。ちょっと待て」


 気になった事を確かめる為に現場の同僚へ連絡を送る。数分も待たずに返信がきた。


「やっぱりだ!」

「うわっ! いきなり大声出さんで下さいよ先輩」

「被害者は全員携帯を握り締めていた。おそらく、気を失う直前に携帯の画面で何かを見たはずだ。

 俺はサイバー対策んとこへ行く。お前も車を駐車したら来い。あ、こら早く降ろせ」


 地下駐車場に入る前に車から降り、サイバー犯罪対策課へと急いだ。



「なるほど。被害者が最後に見た携帯の画面に表示されていた内容を知りたいと?」

「あぁ、そうだ。被害者達は気を失う直前に携帯を見ていた可能性が高い。そこに手掛かりがある」

「そうか。で、ブツは?」


「ブツ?」


「被害者の携帯だよ、携帯! 現物から調べるのが一番手っ取り早くて面倒が無いんだ」

「……被害者の携帯を勝手に持ってくるわけには」



 ここにきて手詰まりか。

 諦めて一旦戻ろうとした時、携帯に着信が入る。

 警戒しながら着信を確認すると妻からだった。


『愛娘からです』


 送られてきたのは愛娘を撮影した動画。


 ノータイムで動画を再生する。


 可愛らしい娘が猫の着ぐるみパジャマを着て画面から話しかけてくる。


「『パパ、おしごとがんばぇ! それではやくかえってきていっしょにねるのぉ!』」


 舌足らずな声で頑張って話す様子に胸を打たれ、思わず胸を押さえる。

 精神攻撃に耐性はあれど、こいつには耐えられやしない。被害者の言動が理解できてしまった。

 どうやらここまでのようだ。



「こいつは尊いてぇてぇな……」

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怪事件! 『突如として意識を失う人々』 真偽ゆらり @Silvanote

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