ソロも方便

野森ちえこ

ソロの時代

 じつはよ、おれ、来月からソロで活動することにしたんだ。

 あ? ソロキャンプ? ちげーよ。ソロトラベル? でもねえよ! つーか、ふつうにひとり旅っていえよ。なんだよソロトラベルって。英語ではそういう? 知るか。おれは日本人だ。

 だから、そっちのソロ活じゃねえっつーの! 焼肉もカラオケも、もとから余裕だよ! わりいかよ! てかしつけーよ!


 誰が変態だ。ふざけんな。誰のせいでハアハアいってんと思ってんだ。まじめに聞け。


 だからよ。グループ抜けんだよ。ソロで勝負すんの。そうだよ。きまってんだろ。あいつらじゃ、おれのパフォーマンスについてこれねえからよ。レベルがちがいすぎんだな。


 このさい海外に出てみようかと思ってんだ。ダンス留学つーの? あ? うっせーな。おまえの英語力だっておれと似たりよったりじゃねえか。んなもん行っちまえばなんとかなんだろ。


 はあ? ざけんな。んなわけねえだろうが! おれが、自分から抜けてやったんだ。どいつもこいつも足ひっぱりやがるからよ。

 ……るせえ。

 だあーっ、もう! なんでおれ、おまえなんかに電話しちまったんだ! うっせえうっせえ。バーカ。そうだよ! あいつらもうすぐデビューすんだ。

 おれだけ、いらねえんだってよ。


 そうじゃねえよ。おれの実力がたりねーってんならまだのぞみはあったのかもしんねえけど。それは関係ねえんだと。

 おれの親父、ヤクザだったらしいぜ。知ってた? 知ってるわけねえよな。おれだって知らなかったんだからよ。

 バカにしてやがるよな。なんかよ。そういうのにすっげえ厳しい事務所で、身辺調査とかされてたらしいんだわ。反社会的勢力がどうとか、やたらまわりくどいこといってやがったけど、ようするに、ヤクザの息子はダメなんだってよ。生物学的なつながりしかねえのに。顔も知らねえんだぜ? 笑えんだろ。こっちは生まれたときから母ひとり子ひとりだっつーの。


 まあ、おれが抜ければ万事まるくおさまるってんだからしかたねえよな。そんなとこにしがみついてても意味ねえし。

 それに、あんときのおまえの気持ちもちょっとわかったかもしんねえ。

 ほら、おまえが『これからはソロの時代だ!』とか、わけわかんねえ宣言して突然いなくなっちまったとき。あんときはすげー腹立ったけどさ。

 おまえにはなんの罪もねえのに、まわりはいきなり手のひら返すし、おまえはおまえであっさり身を引きやがるしよ。ほんとうは、あっさりなんかじゃなかったんだろうけど。

 それも今だからいえることだな。

 ほかにもいろいろわかったことがあるぜ? なんつーか、ほかのやつらと組んでみて、やっぱ、おれについてこれるのは、おまえくらいしかいねえって思い知ったし。


 ……てめえ殴る。今度会ったらぜってえ殴る。人が、人がせっかく……!

 あ? なんでもねえよ! くそっ。やっぱ腹立つ。


 ええと、なんだ。ほら、あれだ。ダンス留学。

 おれ、わりと本気だぞ。本場でみっちり鍛えてこようと思ってる。


 なあ。また一緒にやらねえ?

 殺人犯の息子とヤクザの息子のコンビなんて、話題性ばっちりだろ。

 まあ、飛んでくるのは声援じゃなくて罵声かもしんねえけど。


 親の罪を問答無用で背中にくくりつけられてよ、それで好きなこともやりたいことも、ぜんぶあきらめなきゃならねえなんて、んなバカな話あるかよ。


 あ? ソロ活動はどうしたって? んなもん、方便にきまってんだろうが。



     (了)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ソロも方便 野森ちえこ @nono_chie

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ