密着! 地球皇帝の日常

雪車町地蔵

最後に、地球皇帝とはなんでしょうか?

 地球皇帝の朝は早い。


 グリニッジ標準時にして04:00になると同時に、地球皇帝はむくりと寝所しんじょから起き上がった。

 無論、この寝所に立ち入ったカメラは、我々が初である。


 御簾みすの向こうから現れたのは、一糸まとわぬ裸体。

 肩に地球を乗せているような筋肉と、一目見ただけで目眩がするような美の化身であった。


 そのあまりの美々しさに、一時ほども惚けた我々は、正気に戻るなり慌てて挨拶を行おうとした。

 取材先に失礼な振る舞いは出来ない。

 だが、地球皇帝は、


「よいよい。ちんは寝覚めに満足しておる。格式張った朝の挨拶など無用だ」


 と、優しげなお言葉をかけてくださった。

 業界のルールごときが地球皇帝に適用されるなど、我々の浅はかさが露見した形だった。


 起床後の軽い体操を地球皇帝は行う。

 いくつものポージングを決めるたび、背景では後光と薔薇の花びらが乱舞する。

 すべて自然現象である。

 なんとか股間を接写できないかと試みたが、すべて謎の光によって失敗した。


「はっはっは。朕の朕たる玉体を見たければ、ぬしらも徳を積むしかあるまいな。はっはっは」


 地球皇帝は実に上機嫌な様子だった。


 このあとのスケジュールを確認すると、執務となっていた。

 なんと、起床後食事も取らずに、地球皇帝は仕事へ取りかからなくてはならないらしい。

 辛くはないのだろうかと意見を求めると、


「まあ、朕ってば食べ溜めできるし。いざとなれば無補給で六十年は行動できるからな。む? ここは笑うところだぞ?」


 という、軽いジョークが返ってきた。

 ……ジョークであると思いたい。


 執務が始まると、地球皇帝はロケットを背負った。

 どうしてご自身の力で大気圏を突破しないのかと、恐れながら訊ねてみる。


「以前はそうしていたのだがな。しかし、そのたびに周囲に地震を発生させていては、臣民しんみん達に申し訳が立つまい」


 どこまでも我々のことを考えてくださる地球皇帝。

 そのテイクオフに、我々は同行が許された。

 無論にして無論、史上初の試みである。


 宇宙空間に飛び出した地球皇帝は、外宇宙より飛来する隕石群および宇宙怪獣を、ちぎっては投げちぎっては投げ、ときに地球皇帝ビームを放ち滅殺めっさつしていく。


 命を奪うことについて呵責はないのか、問うてみた。


「朕とて心が痛い。しかし、これら知性無き獣を放置すれば、臣民達がむさぼられる。罪なこととは承知しているが、朕は為政者いせいしゃゆえ地球臣民の味方にしかなれぬのだ。もちろん、その命を無駄にはしない」


 その言葉が事実であることを、我々はすぐに思い知ることとなった。


 帰投後、地球皇帝は食事の時間を迎えた。

 その内容は――まさかの宇宙怪獣。


 地球皇帝は少しでも命をとむらうために、殺処分した宇宙怪獣を常食としていたのだ。


「エゴなのは重々承知だ。しかしな、やはり命を奪っておいてはいそうですかと捨て置くことが朕には出来ない。せめてこの身の糧としている。はっはっは、偽善だとそしってもよいのだぞ?」


 この場にいた誰もが息を呑み、それが偽善などとは、誰にも指摘できなかった。

 平均して一体六トンほどの重量である宇宙怪獣。その体液は濃硫酸であったが、地球皇帝は完食してみせた。


 昼頃になると、地球皇帝は再び宇宙に上がる。

 戻ったところで、ティータイムが始まった。



(※以下、モザイクとボイスチェンジャーを使用)


「朕、パンケーキが大好きで」


 はにかんだように両手で口もとを隠してみせる地球皇帝に、スタッフのほとんどが倒れることになった。

 美の化身、美そのもの、見るだけで目の中に星が散る美貌。

 そういうものである地球皇帝の意外な側面を見て、誰もが耐えられなかったのだ。

 楽しそうにパンケーキへ蜂蜜とバターを塗る姿は、人類の守護者と呼ぶよりは、天子かなにかのようですらあった。


(※モザイク等ここまで)



 午後の執務スクランブルは、この日はなかった。

 代わりに、各地の視察が行われた。


 地球皇帝が専用の自転車から降りると――地球皇帝にとって地球上で最も速度を出せる移動手段が自転車であることは周知の事実である――臣民達が両手を振って迎えた。


 舞い上がる歓声に、地球皇帝もウインクで応える。

 この日、病院に運び込まれた患者の数は数百万人に及んだ。

 そのうち一割が熱射病であり、残る九割が地球皇帝の美貌に耐えきれず卒倒したためである。


 地球皇帝グッズと言えば、皇居お膝元の主要産業だ。

 皇居前売店で随時発売されている地球皇帝団扇うちわや地球皇帝アクリルキーホルダーは、一説によると七十兆円規模の経済効果を発揮していると言われており、世界経済を実に円滑に潤している。

 それだけの影響がご自身にあることを、地球皇帝はどのように捉えられているのだろうか?


「完璧とは言いがたいな。朕なくとも自立せねば、臣民達の生活が真に潤うことはなかろうて」


 それは、御身がいつか崩御ほうぎょなさるという危機感から?


「はっはっは。朕は不死身であるからして。そのような不安は無用であるぞ!」


 そんな地球皇帝であるが、最近は悩みを抱えているという。

 直近の健康診断で、尿酸値が僅かに高いと診断されたのだ。


「朕とて痛風つうふうはコワい。摂生しなくてはならないな」


 そういいながら、夕食の宇宙怪獣をむさぼる地球皇帝。

 健康を考慮してか、普段はワインをたしなむところを、本日は水道水に変更していた。

 臣民達が口にするすべてのものの毒味も、また地球皇帝の職務であった。


「とはいえ、地球皇帝ともあろうものが、一時的とはいえ体調に心乱されるなど、臣民達に示しがつくだろうか」


 苦悩される地球皇帝であったが、この密着取材を経ても、我々の畏敬の念はちりほども衰えない。

 ただただ御身を気遣うばかりである。

 


 最終地球絶対防衛者、地球皇帝。

 今日も地球皇帝は、世界で唯一の尊き御方として、外宇宙からの脅威、その矢面に立ち続けている。


 最後に我々は、こんな質問を投げかけてみた。


 地球皇帝にとって、地球皇帝とは?


「すなわち朕である。これで撮れ高は十分かのう?」


 我々取材班のことにまで気を配ってくれる、お茶目な地球皇帝なのだった。



 なお、このときのウインクによって数台のカメラが破損した件については、現在宮内庁に賠償請求を行っているところである。

 続編は鋭意制作中である。

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