我が家の妹が人気Vtuberなんだがてぇてぇ過ぎてつらい

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てぇてぇVtuber

「お兄ぃ、遅刻……するよ……?」


 うぅん……もう、朝か……?

 まだ眠い……もうちょっとだけ……。


「むぅ……ねぼすけ。……ねりゅっ」

「んに~っ!? み、美玖ミクか? お前っ、今なにをしたっ!?」



 俺が二度寝をしようと声のした方とは逆に寝返りを打った瞬間、耳にネットリとした異物感が……ま、まさか!?


「美玖!! お兄ちゃんを起こす時は、頼むから普通にしてくれって言ってるだろ~!?」

「だって……ぺろっ……面白いんだもん」


 寝起きの俺よりも眠そうな“のぼ~っ”とした顔で、ペロリと舌なめずりをしながらベッドサイドから俺を見下ろしている我が妹、美玖。

 コイツは高校一年生になる、俺の二個下の義妹。

 美玖は三年前に俺の父さんが再婚した時に二人目の母さんが連れてきた、血の繋がっていない妹なのだ。


 俺と違って美人の母さんの遺伝子を継いでいるのか、色白な肌に艶やかな黒のボブカット、小さな顔に可愛らしい顔つきといった某アイドルグループのセンターみたいな見た目をしている。


 だが見ての通り、言葉も表情の変化も少ない不愛想な態度のせいであまり友達が多くない。

 たぶん、元父親が亡くなったことが原因で塞ぎがちになってしまっていたんだと思う。

 今は父さんがその代わりになったお陰か、それも改善されてきているのだが……あくまで家庭内のみで、学校では若干浮いてしまっているようだ。



「美玖~っ! これも毎日言ってると思うんだが、男にそんな軽率に口付けをするなよ!? しかも耳にって……」

「それはお兄ぃにだけだし……耳、弱いんだね……」


 コイツ……俺にしか分からないレベルで、僅かに口の端を上げて笑いやがった。

 最近、俺がどんな反応をするかで遊んでいるフシがあるんだよなぁ……なんだか性癖が歪み始めていてお兄ちゃんとしては不安で仕方がないんだが……。


「それに今日は日曜日だろ? なんでこんな早い時間に起こしたんだよ~」

「……配信日。お兄ぃ、手伝って」

「ん? あぁ、今日からだったっけか。……まぁ、仕方がないか」



 寝ぼけて忘れていたけど、そう言えば今日は美玖が初めてVtuberとしての配信をする日だったんだ。

 つまり今日が美玖のVtuberデビューの日というわけだ。


 なぜ美玖がVtuberになるかっていうと……。




 ◇


「え……Vtuber? なんで……?」


 休日の夜。ソファーで俺の肩に頭を預けながらテレビを見ていた美玖が、怠そうな声でそう俺に聞き返してきた。

 どうでもいいけど、顔の距離が近すぎて美玖の息が首元に掛かってくすぐったい。

 手足が出ているタイプのもこもこパジャマもちょっと露出が多すぎていて、目のやり場に困る。足なんて俺にスリスリしてくるし。……女の子の肌ってスベスベだなぁ。



「――って違う違う。だから、美玖も最近流行ってるVtuberになれば他人とコミュニケーションする訓練になるんじゃないかって思って。ほら、直接顔を合わせている時より緊張もしないだろ?」

「うん……そう、かも……? でも、ちょっと怖い……」


 ちっちゃな柔らかい手を俺の手に絡ませながら、ちょっとだけ不安そうな瞳で俺を見上げる。こんな美少女に手を握られて上目遣いなんてされたら、普通の男ならコロっとやられそうだ。俺も“兄なんだから”と自分に言い聞かせないと、隣りから漂うお風呂上がりの女の子特有の良い香りの追加パンチにノックダウンされてしまいそう。



「お兄ぃは……美玖に、やって欲しいの……?」

「おん? あ、あぁ。美玖が喋ってくれるようになった方が俺は嬉しいぞ? 美玖なら男にも人気でるぞ、絶対!」

「……美玖が欲しいのはお兄ぃだけ」

「ん……? 俺がなんだって?」


 美玖は「なんでもない……」と言って再びテレビの方を向いてしまった。

 だけど、ボソっとした声で「やって……みる……」と言ってくれた。


 少し前向きになってくれた寡黙な妹に俺は嬉しくなってしまい、その日から必要なモノを仕入れるために動き始めた。

 収録の機材からアバターの依頼、その他もろもろをあっという間に用意してしまったのだ。

 お陰で俺のバイト代が吹っ飛んでしまったが、そんなものは美玖の笑顔には代えられないだろう。一ヶ月ほどした後、美玖の可愛らしいイメージを模したアバターと収録部屋が完成した。




 ◇


「――というわけで、ここが収録のための部屋だ!」


 父さんと母さんに頼み込んで、空いていた六畳くらいの部屋を収録のための部屋に改造した。これも美玖の為だと説得したら二人とも諸手を上げて喜んでくれたので、心置きなくやらせてもらった。



「そしてこれが、美玖のアバターだ! どうだ、可愛いだろう?」

「……イルカ?」


 美玖のキュートなパッチリした目をイメージした動物。

 それは海の愛玩動物、イルカだった。

 イルカの可愛い被り物をした、水色の髪をした美玖そっくりのアバター。

 多少加工してボカして送った美玖の写真を元に作ってもらうように俺が依頼したのだが、可愛いに可愛いを掛け合わせたら大変なことになってしまった。


 さっそく美玖のモーションに合わせて試してみたが、ウインクやちょっとした仕草一つ一つが可愛すぎる。


 テスト配信をやらせてみたが、問題はなさそうだった。

 いや、問題は可愛いことか。もはやシスコンだと思われてもいい。俺の妹は可愛いのだ。




 ◇



 そしてその後は俺はSNSを駆使し、俺の妹を宣伝……もとい、自慢しまくった。

 別に俺がどんな言葉を添えようが、美玖の動画を載せるだけでそれだけで絶大なコマーシャルになったんだから仕方がない。

 相変わらずあまり口数は多くないしリアクションもそこまであるわけでもないのだが、視聴者としてはドライなのに甘え上手だったりとそのギャップがたまらないらしい。どうやら騒がしい配信が多い隙間をった、美玖ならではの需要があったみたいだ。


 特にリスナーをお兄ちゃんと呼ばせてみたらハートを打ち抜かれる奴らが量産されまくってしまい、チャンネル登録者がえらいことになってしまった。



 そう時間もかからないうちに美玖が通っている学校でも話題になり、キャラが似ている――中身が一緒なので当然なのだが――美玖は男子生徒だけでなく、クラスメイトからも人気になった。

 表情はあまり変わらないし感情は薄いんだけど、話すことに抵抗は少なくなったのか少しずつ友達もできたようだ。




「ふぅ……兄としては安心したんだけど。なんだかちょっと寂しいなぁ」


 俺はリビングのソファーに座り、手に持ったスマートフォンで美玖の配信を鑑賞かんしょうする。彼女はまるでアイドルのように遠い存在になってしまったようで、あれだけ俺にベッタリだった頃が懐かしく感じるな……。


「まぁ……ベッタリなのは結局直らなかったんだけど……って、痛っ!?」

「んむっ、ちゃんと美玖をて。目を離しちゃ……いや」


 俺の膝の上に制服のまま座っていた美玖が、バクッと俺の首に噛み付いた。柔らかな太ももの感触や日中かいた汗の匂いで、また俺は変な気持ちになりそうだ。


 結局……美玖はVtuberとして成功し、友達もできて人気者になったのだが、俺はまるでマネジャーのように四六時中いっしょに居る羽目になってしまった。

 なんでも、アドバイスや生活管理をするのは兄である俺の役目らしい。相変わらず良く分からない理屈で俺は彼女に言いくるめられてしまっているのだ。


「ぺろっ……痛くしてゴメンね?」

「……はぁ。大丈夫……」


赤くキスマークのようになってしまった痕を、猫のように舐める美玖。

なんだかベッタリ具合は悪化してしまった気がするんだよなぁ。

しかもちょっとヤンデレ風味になってきている……?



「んふ……お兄ぃは誰にも渡さない……」

「何を言ってるのっ!?」



 ――どうやら俺は、この尊いてぇてぇ妹からは一生離れられそうもないようだ。



「お兄ぃ、お尻に何か当たってる……」

「……っ!?」




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