尊さを知った

時津彼方

本編

 皆の命が全て等しく、尊いものだとしたら。

 俺は最近、そう考えるようになった。


 別に誰か親しい人や、近しい人をなくしたわけではない。はたまた、自分が生命の危機に瀕しているというわけでもない。

 いや、この考えに至る時点でそうなっているのだろうか。内面から蝕まれて、いずれ骨組みだけになる、空虚な運命の建築物であろうか、自分は。


 今日みた先祖の墓を浮かべながら、俺はそう思う。小さな壺に入って土に帰る慣習は、火葬という間のプロセスを挟んだことを無視すると、結局昔となんら変わっていない。

 まず、尊いという言葉すら、あまりわからない。最近は推しが尊いなどという言葉をネット上で見かけることが多々あるが、推しがいない人間にとっては、その感情は計り知れない。


 ため息を吐くように、電車が俺たちを出す。


「やっほー」


 改札を出たところで、最近できた彼女が手を振っていた。俺も振り返し、すぐ近くのカフェに入る。


「で、答えは出た?」


 彼女は呆れ気味に言った。

 そうだった。彼女のふとした質問で、俺は最近命について考えるようになったのだ。


「もし、二人のうち一人しか助からないとしたら、どっちの命を優先するか、だったな」


「そうそう。ちょっとした心理テストなのに、真剣に考えちゃうんだから」


 ここで彼女の命を選んだとする。身を挺して彼女を救う、ヒーローになれるかもしれない。でも、残された彼女は悲しむかもしれない。いや、悲しんでくれるだろうか。いささか心配だ。


 ここで自分の命を選んだとする。間接的な人殺しと、なってしまうかもしれない。でも、緊急事態にはやはり自分の命を優先してしまうだろう。


「じゃあ、俺は二人とも仲良く死ぬ選択を選ぶかな」


「……えっ?」


 彼女は呆れを通り越して、感情をどこかにやってしまったようだ。


「困ったなぁ。その選択肢、ないんだけど」


 俺は二人のそれぞれを助けることによる、メリットとデメリットを話した。


「たしかにそうだね」


 ふふっ、と彼女は笑った。


「やっぱり私たち似てるね」


 どうやら、彼女も同じ選択を初めにしたようだ。そもそもこの質問をした理由が、自分には答えが出なかったから、とのこと。


「そうだったのか。まあ、もう一つ初めに考えたものもあるんだけど」


「何?」


「そもそもそういうところに行かない」


「破綻だね」


 俺たちはカフェを離れ、一通りデートを行い、それぞれの帰路に着いた。


 ***


 命の尊さを、という文字をスマートフォンで入力して、心理テストの結果を探そうとしてみると、予測変換で『あなたの尊さを』という文言が出てきた。


 なるほど。たしかに全ての行が等しいから、こんな予測変換もありか。

 だとしたら、命について考えていた時間は、あなたを考えていた時間の候補であった、ということだ。

 そう、彼女は質問に悩んでいる姿に呆れていたのではなく、自分をよそに質問を考えていた俺に呆れていたのだ。


 検索結果が出た。すると、そこには心理テストなんて文字はなかった。


『好きな人ができた時に、きいてみたい質問十選』


 なるほど。遊びたがってたわけだ。


 俺は尊さが、わかった気がした。

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尊さを知った 時津彼方 @g2-kurupan

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