ずっと好敵手で戦友だと思っていた幼馴染の女騎士が、実は異世界から転生してきた元・女子高生だった話

龍宝

『最後の決闘、二人の騎士』




 眼前に迫った白刃を、辛うじて受け流した。


 馳せ違いざまに繰り出したこちらの一撃は、かすりもしていない。


 手綱を引き寄せて馬首を巡らせながら、金髪の女——エルネスタ・トルタハーダは驚きに眼を見開いていた。




「どうした、エルネスタ! そんなことでは、私から第一陣の栄誉を奪うことなどできぬぞ!」


「アメリア……!」




 振り返った先で、長剣を突き付ける黒鎧を纏った女——アメリア・ドローレスが声高に叫んだ。








 南方に盤踞ばんきょする異教徒を殲滅すべし。


 聖戦の宣言は、王国領内の貴族たちを大いに沸かせた。


 それぞれの名家が、こぞって自領のお抱え騎士団を出征の第一陣へ加えてくれ、と上申したのだ。


 表向きは、国王陛下が御自ら指揮を執る親征に馳せ参じ、一番槍の名誉を賜うことこそが臣下の務めだ何だとされていたが、それが領地拡大や戦地での略奪目当てでのことだと、誰もが分かっていた。


 とはいえ、中には昔気質かたぎに栄誉だけを重んじている家もある。


 エルネスタのトルタハーダ家は、その数少ない貴族の一角だった。




「——私は、第一陣に参加しようと思う」




 出陣を控えたある日、城壁の上で、隣に立ったアメリアが言った。


 折から、国王が「第一陣を務める貴族は、国内の管区ごとに代表を決める」と、宣言したばかりである。


 それで、エルネスタにも、この幼馴染の女当主がわざわざ居城を訪れてきた理由が知れた。


 アメリアのドローレス家と、トルタハーダ家は、領地を接する隣人同士である。


 国王の言うところの管区では、同じ方面軍ということになる。


 つまり、第一陣に立候補できるのは、どちらかの家だけということだ。




「何を。前回の北伐は、お前に譲ったろう。今度は、わたしの番だ」


「確かに、そういう決まりだけど。——でも、今回だけは、譲れないんだ」




 真剣な眼で見つめてくるアメリアに、エルネスタはその真意をはかりかねた。


 アメリアは、激情家の自分と比べても優しい性格で、こういうところで無茶を通したり、意地を張る女ではない。


 物心ついた時から傍にいるというのに、初めて見る顔をしている。


 それが、ひどく胸の奥をざわつかせた。




「悪いが、わたしも譲れん。病床の父上に、戦果を捧げねばならんからな」


「それは、分かってるけど……どうしても、だめ?」


「くどい。いくらお前の頼みでも、こればかりは聞けん」


「……なら、いつものだね」




 手袋を外したアメリアが、エルネスタに真白いそれを差し出した。


 決闘の申し込みである。


 話し合いで解決できないことは、剣でもって決める、というのが、二人の幼少期からのお決まりだった。




「……いいだろう」




 受け取って承諾を告げたエルネスタは、内心驚いていた。


 何が、ここまでアメリアを動かしているのか。


 何もかもを知っていると思っていた幼馴染の背が、まるで違う人間のものに見えた。




 二人が城下の草原で対峙したのは、それから三日後だった。




「今まで、二十回やって、結果は十勝十敗。これが、わたしの勝ち越しの二十一回目になるな」




 馬上で長剣を抜き払ったエルネスタに、アメリアは黙して抜剣するに止めた。


 従者が放ったかぶらを合図にして、二人は同時に駆け出した。


 初めの一撃をかわしたエルネスタの身体中から、どっと汗が噴き出る。


 再び馳せ違い、剣を打ち合わせる。


 違う。


 これは、見慣れたアメリアの剣線ではない。


 アメリアの剣に、これほどの威力はなかった。


 これほどの速さも、そして流れるような技巧も、初めて見る。






「お前は……誰、だ……⁉」






 うめきにも似た声を発したエルネスタに、魔力を込めた一撃が振り下ろされた。


 赤い光の奔流に吞み込まれる。


 その刹那、もの悲しげなアメリアの顔が、視界の隅をぎっていった。








 眼が覚めた時には、すでに王国軍の第一陣が国境を越えていた。


 結果を見れば、わずかに五合打ち合っただけ。


 今まで数字の上では互角だったのも、手心を加えられていた、としか思えない。




「こんな屈辱が、許せるか……! アメリア――‼」




 家族同然に過ごしてきた女にあざむかれていたと知ったエルネスタの怒りは、すさまじいものだった。


 自分の慢心やおごりに対する立腹から、果てはだまし討ちのように一番槍の栄誉をさらっていったアメリアにまで。


 後詰として国内に留まった無聊ぶりょうも手伝って、エルネスタはとにかく思い付く限りの激情を吐き出しまくった。


 家の者や、麾下の騎士たちも、勘気に触れるのを恐れて遠巻きに見ているだけである。



 それから、居城の城壁に一人立って、エルネスタは南の空をながめていた。


 一通り暴れたことで、今や心中に押し寄せるのは悲しみばかりだった。


 アメリア。


 最愛の、半身のような幼馴染。


 隠し事など、無縁の関係だと思っていた。


 そう思っていたのが自分だけだったという事実に、エルネスタは打ちのめされていたのだ。


 戦場で受けた傷のどれよりも、それは重い一撃だった。




「——失礼。私めは、アメリア・ドローレス様の使いの者でございます」




 不意に、横合いから声が掛かった。


 そちらに眼を遣れば、見慣れた老人が頭を垂れてたたずんでいる。


 確かに、アメリアの従僕だった。




「何用か」


「はい。主人より、あなた様宛の封書を預かっておりまする」


「封書だと」




 今さら、何のつもりだ、と声を上げそうになった。


 何とか止まって、差し出された封書を掴み取る。


 いささか手荒に中を確かめれば、これまた見覚えのある流麗な字体が目に入った。


 そこには、先日の決闘に至るまでの彼女の半生が綿々とつづられていた。




 いわく、自分は元々この世界の人間ではないこと。


 前世での記憶を有したまま、素知らぬ顔でエルネスタの幼馴染として過ごすことに、ずっと後ろめたさを覚えていたこと。


 次期当主として懸命に武芸に励むエルネスタにはばかって、転生の際に神様から授かった祝福の力をひた隠しにした挙句、結局は傷付けてしまったこと。


 文中の端々から、まない、というアメリア――本当の名は、聞き慣れぬ異民族めいた響きだった――の声が聞こえるようだった。


 あまりのことに、呆然としながらエルネスタが続きをめくる。



 曰く、この世界は、魔法等の多少の誤差はあれど、アメリアの前世での歴史とほぼ似た流れに出来事が起こっているらしい。


 そして、此度の聖戦、特にその第一陣がどんな結末を迎えるかも、アメリアは予想がついていた。


 敵の策にまった第一陣は、大勢の伏兵に包囲されて、ほとんど何もすることができないまま全滅するのだという。


 文面からは、蛮族に虐殺される騎士たちの姿が、ありありと想い起こされた。




『——何もかもに絶望して、自ら命を絶った私を救ってくれたのは、エルネスタだから。もう一度生を受けた時、隣にいてくれたのが、あなただったから。——あなたと過ごした時間と、あなたへの想い。それだけで、私が命を懸けるには十分すぎる』




 気が付けば、エルネスタは駆け出していた。


 待機していた麾下の兵を率いて、城を飛び出す。




『黙っていてごめんなさい。でも、どうか誤解しないでほしい。私は、この結末に満足してる』


「急げ! なんとしても、戦場へたどり着くのだ!」


『本当は、あなたの横で、ずっと生きていきたかった。でも、この戦いからあなたを遠ざけるために、私は生まれ変わったんだって、今なら分かるんだ』


「アメリア……‼」


『命を無駄遣いした私に、正しく死ぬる機会が与えられたんだ。だから、今度は――幸せなまま、終わりにしたい。あなたとの日々を、永遠にするために』


「アメリア――‼」


『できれば、私を忘れないでほしい。私の、最後のわがまま。なんてね。——最愛の人、エルネスタ・トルタハーダへ、アメリアより』




 風のように走る馬上で、エルネスタは何度も封書の言葉を思い出していた。








 追い着いたのは、日の暮れかかった頃だった。




「こ、この屍体したいの数は……?」




 副官の一人が、エルネスタの後ろで困惑の声を上げた。


 見渡す限りの荒野に、おびただしい数の兵が横たわっている。


 夕日に染められて、血の海が燃えているかのようだった。


 エルネスタは、いよいよ心臓が締め付けられて、歯の根が合わなくなるのを感じていた。




「見られよ。たおれている敵方の兵は、我が方の数倍になりましょうぞ」




 アメリアの戦果だということは、すぐに分かった。


 手紙の内容を信じるに、本当なら味方の軍兵だけが、ここで屍をさらしているはずなのだ。


 たまらず、エルネスタは屍体の海へ踏み入った。




「アメリア! どこだ! わたしだ、エルネスタだ!」




 涙を流しながら、斃れた者を確かめていくエルネスタに、麾下の者も自ずと捜索を手伝い始めた。


 にじむ視界に、ぬぐっては屍体をひっくり返し、また眼元を拭う。


 どうか、生きていてくれ、と。


 物など言えと、願うのに。


 赤い大地に、エルネスタの声がむなしく響く。




「アメリア! 返事をしてくれ……! アメリア……‼」




 喉が裂けんばかりに、声を張り上げる。


 答えるものは、ただ死肉を食らう烏の群れだけであった。




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