父さん、これから異世界へ転勤することになったんだ

ちびまるフォイ

家族で異世界転勤

「父さん、異世界に転勤することになった」


「えっ」


子供は持っていたスプーンを落とした。

妻は沈んだ顔をした。


「私たち共働きでしょう? 転勤なんかしたら、この子はどうするの」


「お父さん、ぼく友達とお別れしなくちゃいけないの?」


父親は重い表情をしたままだった。

きっと、ここへ来るまでにも何度も何度も交渉しあらゆる可能性を試したうえで、それでもどうしようもなくて転勤を告げたのだとわかるほどに。


「……ぼく、明日友達にお別れ言ってくる」


翌日。

子供はクラスメートに異世界転勤のことを話した。


「まじかよ!? 異世界!? いいなーー!」


「よくないよ。異世界にはゲームもないんだよ」


「ゲームみたいな世界だからいいんじゃないか」


「ぼくはゲームの中で暮らしたいんじゃなくて、

 ゲームの感動をみんなと一緒に分かち合いたいよ」


「そんなに転勤が嫌なの?」


「嫌だよ……ぼくは今の生活が好きなんだもん。

 たくさん楽しいことを見つけたのに……」


話せば話すほどに転勤が嫌だと思う気持ちが膨れるばかり。

まだ気持ちの整理もつかないままに、学校ではお別れ会が行われた。


「異世界にいっても元気でね!」

「異世界からの手紙送ってよ!」

「離れてもずっと友達だから!」


「うん……」


転勤に向けた心の準備もままならないままに、その日は近づいてきた。

いつまでも準備しない子供に父親は声をかけた。


「どうした? 早く異世界への準備をしないと」


「お父さん、ぼくやっぱり異世界に行きたくないよ」


「大丈夫。異世界はきっとここよりも緑が多くていいところだよ。

 また友達だってできる。すぐに馴染めるよ」


「そんなのわからないよ!」


妙に大人っぽくて聞き分けのよかった息子が初めて見せた抵抗だった。


子供にとって大人は全知全能で正しい存在。

それに異を唱えるほどに強い意思を父親は感じた。


「……わかった、上司にかけあってみるよ」


父親はなにか決めたようで目に光がともっていた。




「上司にかけあってみたよ。転勤はなくなった。

 かわりに上司が転勤することになったよ」


父親は静かに告げた。

大喜びすると思っていたが家族の反応は冷ややかだった。


「そう……」


「お父さん、やっぱりぼく異世界がいい」


「え!? あんなに嫌がっていたのに!?」


「だって……」


子供はカーテンを少し開けて外の様子をのぞいていた。


「だって、もう今までのようには暮らせないんでしょ?」


「うーーん、わかったよ。それじゃ異世界に行こうか」


それからしばらくして、家には警察がなだれこんできた。


「もう逃げられないぞ! 殺害の罪で逮捕する!」


その目が見たのは梁からぶら下がる3つの体だった。

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