ダイスの悪魔

葛瀬 秋奈

おやすみなさい。

 意識が浮上する。

 体の下に硬いものを感じて目を覚ますと、知らない場所にいた。布団はない。昨夜は久しぶりに友人と卓ゲ会をして疲れたから、帰ってすぐ布団に潜って眠ったはずなのに。

 上半身を起こし、目をこすりながら辺りを見回す。


 殺風景な四畳半ほどの白い部屋。壁のモニターと天井の照明の他は、家具どころか扉も窓もない。自分はどうやって運びこまれたのだろうか。


 部屋の中には誰もいない。

 まさか噂の異世界転移というやつか。あるいは神話生物案件か。

 いずれにせよ人選を間違っている。フィクションならともかく、自分がその手の話の主人公になりたいと思ったことはない。こういうのはキャラクターが七転八倒してるのを傍観するのが楽しいのだ。


 立ち上がり、床と壁を少しずつ軽く叩いてみた。天井は手が届かない。触った感じ、ひんやりとして硬い。中身のつまった音がするのでコンクリートのようなものだろう。破壊して脱出するのは無理そうだ。


 どうしたものかな。モニターを正面に、部屋の真ん中であぐらをかいて思案する。瞑想したら何かひらめくかも。


「おめでとうございます、あなた様は選ばれました!」


 浮かれたファンファーレと共に甲高い合成音声が響く。どうやらモニターの中のキャラクターが喋っているらしい。

 ハニワのようなウサギのような、よくわからないイキモノだ。ぎりぎり可愛いと言えなくもない。


 ところで選ばれたってなんだ。


「厳選な抽選の上、全人類の中から無作為に選ばれました」


 なるほど。どうせなら自ら応募する権利くらいは欲しかった。

 どうやら謎のキャラクターとはモニターを介して意思疎通できるらしい。


「あまり乗り気ではないご様子。でも、ゲームに勝てば願いが叶うんですよ」


 異世界系ではなくデスゲーム系だったらしい。どちらにしろ嬉しくはない。

 願いが叶うなら、家に帰して欲しい。冷蔵庫に朝食べようと思って買ってきたプリンがあるんだ。


「プリンが食べたい、と。ふむふむ、それもいいでしょう」


 そうじゃない。が、それでもいいか。無事に家に帰れるのなら。


「申し遅れました、ワタクシ当ゲームの進行役でございます。お気軽に『ハニー』とお呼びください」


 その呼び名は呼びにくいのでハニさんと呼ぶことにする。


「……ま、お好きにどうぞ。ではさっそくゲームの説明をさせていただきますね。題して『1が出るまで帰れません』ゲーム!」


 タイトルの時点で嫌な予感しかしない。


「ルールは簡単、六面ダイス、いわゆる普通のサイコロですね、これをひとつ振って、1の目が出たらあなたの勝ちです。ちなみに何回でも挑戦できます」


 意味がわからない。何回でも挑戦できるなら、絶対に勝てるはずだ。


「はい、諦めなければ絶対に勝てる仕組みです。しかし諦めればそこでゲームは終了。願いは叶わずお家にも帰れません」


 なるほどな。それはゲームじゃなくてただの根比べだ。駆け引きも何もない。


「あ、でもこの時点で拒否して帰ることもできますよ。今回は縁がなかったということで」


 いよいよ目的がよくわからない。そうなると、やはり神話生物案件の可能性がある。断るのはあまり得策ではないだろう。

 幸い、1d6で1の目が出る確率は6分の1。振る回数の期待値は6。そこまで難しい勝負でもない。

 ゲームをやるかやらないか。リスクとメリットを加味して天秤にかける。より安全そうなのはどちらか。


 しばし悩む。


 結論、受けて立つことにする。卓上ゲームで鍛えた幸運値で判定しようじゃないか。


「良いお返事です。それでは、ゲームスタート!」


 ハニさんの掛け声と共に再び浮かれたファンファーレが流れる。すると、目の前に黒い六面ダイスが現れた。

 ダイスを拾い上げてよく確認する。見たところ細工が施された様子はない。


「疑わなくてもイカサマなんかしませんよ。この世は二進数でできており、乱数とは最も尊いものなのですから」


 よくわからない主張は無視してダイスを振る。結果は3。幸先が悪い。


「コンティニューなさいますか?」


 当然だ。諦める選択肢はない。


 その後は、同じようなやり取りが何度も繰り返された。6回目を過ぎた頃にハニさんが励まそうとしてダンスを始めたりしたが腹立つだけだった。他は面白くもないので割愛する。


 そして、21回目にして、ついに念願の1が出た。これには思わずガッツポーズ。


「おめでとうございます。良かったですね、ワタクシも嬉しいです」


 ハニさんが泣いて喜んでいる。そもそも自分でやらせたくせに、どうしてそんなに嬉しそうなんだろう。ゲームマスターってそういうところあるよな。

 ところで期待値は6のはずなのに、どうしてこんなにかかってしまったのか。


「期待値というのは膨大な試行回数にもとづく数値でしかありませんから。その回数になる可能性が一番高い、というだけですね」


 まさか数学の勉強をちゃんとしなかったツケをこんなところで払わされるとは。とんだ恥晒しだ。相手が人間じゃなくて良かった。


「賞品の願いはどうなさいますか?」


 最初と同じだ。自宅に帰ってゆっくり眠って起きたらプリンを食べる。


「頂いたデータは丁重にお預かりして今後の運営に役立てさせていただきます。本日はありがとうございました〜」


 こうして地味な絵面で精神がすり減るだけの戦いは終わった。最後にハニさんが何か言っていたが、意識が遠のいていく自分にはどうでもいいことだった。

 

 目が覚めると、眠りについたのと同じ部屋、同じ布団の中にいた。あれは全て夢だったのかもしれない。そう思いながら冷蔵庫を開けると、プリンが1個増えていた。

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