「わたし」ではない「わたし」へ

いちご

第1話


 一番初めに手を入れたのは瞼だった。

 重たい一重瞼をくっきりとした二重にするありふれた簡単な手術。日帰りできるし、料金も良心的。誰もがファーストフードでハンバーガーを買って食べるようなお手軽さでやっている。


 だから罪悪感なんかまったくなかったし、むしろ自信が持てるようになって顔を上げて歩けるようになったくらいだから後悔なんかしてない。


 二回目は鼻。

 眼鏡すらずり落ちてくるくらいに低くて丸っこい形をしていたからシリコンを入れてそれからちょっとメスも入れた。

 この時はめちゃくちゃ腫れてのたうち回るくらい痛かったけど、痛みや赤みが消えるころには理想通りの綺麗な鼻筋にうっとりしたくらいだから。三回目を決意するまでにはそう時間はかからなかった。


 目尻を切って目を大きくし、丸顔を変えるべく顎を削り、歯並びを矯正し、唇をふっくらさせ、シミやそばかすを消し、永久脱毛、痩身、豊胸―—この辺りになるとまた顔が気に入らなくなって再度手を入れて。


 元のわたしがどんな顔だったかなんてわたし自身が思い出せないくらいにまでなったけれど。


 結局満足できなかった。


 思い出せない癖に「わたし」の面影が残っていて気に食わない。忘れたい過去が蘇ってきそうな不安がわたしを焦らせる。


「あんたどうなりたいの?」


 友だちが呆れてそういうけれど、わたしは「わたし」じゃない者になりたいのだ。

 だけどこうやって必死に整形して怯えているわたしはどこまでいってもやはり「わたし」なんだろう。


 逃げられるものではないと分かっているけれど、大嫌いな「わたし」から少しでもいいから離れたい。


「じゅうぶん綺麗だし、それ以上やったら逆におかしいよ」


 はっきりと指摘してくれる友だちは貴重な人である。


 分かってる。


 分かってるけどあんたは元から可愛いし、ステキな彼と同棲しているじゃないか。結婚も秒読みなのわたしは知っている。


 わたしが持っていないものをいつだって最初から持っていて、幸せを体現してみせるから。


「これが最後だよ。だって見てよこれ」


 説明を聞きじゅうぶん納得して契約してきた。

 その時もらったパンフレットを友人に見せると聞きなれない単語が躍る内容に首を捻りながらも、じっくりと最後まで目を通してくれる。


「ちょっと!これ」

「これこそわたしが求めていたものなんだ」


 はじかれたように顔を上げた友にわたしは最高の笑顔で応えた。


「21回目でようやく理想のわたしになれる」

「理想のって、だってこれ」


 機械の体じゃないの!


「そうだよ。さっきボディと顔を選んできたんだ。見てよ。すごくいいでしょ?」


 画面を操作して映し出された「理想のわたし」を見せようとした所で彼女の顔から表情が消えていることに気づいた。


「なによ。喜んでくれないの?」

「……当たり前でしょ。そんなのもうあんたじゃなくなる。分かってんの?」

「分かってるよ。だってわたしはわたしじゃなくなりたいんだもの」


 友だちがどうしてそんなに怒っているのかわたしには理解できない。

 だからきっと彼女もわたしの気持ちが分からないのだ。


 しょうがない。


「ずっと我慢してたけどもう無理。友だち、やめるわ」

「そう。今までありがとう」

「さよなら。幸せになれるといいけど」

「うん」


 どうせ満足できないんだろって声が聞こえた気がした。


 だけどわたしは「わたし」をやめるのだ。

 これで最後。

 これで理想のわたしになれるのだから。


 後悔はしない。

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