おばちゃん、21回目の異世界を縦断する

小日向ななつ

本編

 轟々と町が燃えている。

 世界の終わりを告げるかのように、赤く赤く燃え上がっている。

 勇者様が魔王に負けてから一ヶ月、世界は大きな闇に飲み込まれていた。多くの人々はモンスターに食べられ、生き残りは僅か。

 もうこの世界には希望はない。

 たまたまモンスターの襲撃から逃れた私だけど、でも逃げたところで生きる術がなかった。

『ゲヘヘッ! 美味そうな娘だ』

 でも、もう人生が終わりそう。

 このままオーガに食べられちゃうみたい。

 もっとお母さんとお料理したかったな。お父さんと笑ってもいたかった。

 あぁ、痛いのヤダなぁ……。

「ちょっとお待ち!」

 何もかも諦めていたその時、力強い言葉が耳に飛び込んできた。

 目を向けるとそこには不思議な乗り物に跨がった婦人がいる。その見た目はあまりにも奇抜で、髪がクルクルと巻いている。

 一瞬アフロかな、って思ったけどなんか違った。

「なんだ貴様!」

「なんだ貴様って、アンタそれでも大人かい? ここは先に名乗るところでしょ! そもそもいい大人が若い子をいじめちゃダメじゃない。いい、大人の嗜みってのはね、豆に女の子の面倒を見て相手にしたくなるように仕向けるのよ! アタシのお父ちゃんはそれがホント上手くって、もうムカつくんだけど憎めないのよ。どうしてくれるのよ、もぉー!」

『聖女よ、オーガ相手にのろけ話しても無駄だと思うぞ』

「ハァ!? 今のがのろけ話ぃ? 神様ってたいしたことないわね。それでも神様なの! あ、もしかしてウブだった? ごめんねぇ~、おばちゃん気づいてなかったわ」

『私には性別はない。まあ、勇ましい姿はしていると思うが』

「自分で言っちゃうのぉ~。神様なのに、言っちゃうんだぁ~。神様って案外ナルシストなのね。おばちゃんびっくり! あ、でも男って案外ナルシストよね。まあ、おばちゃんの友達にもそんな人いるけど。あ、そうそう。お隣の田中さん、実は昔ロックンロールしてたみたいよ。あんなに優しい顔してるのに、びっくりしちゃったわ! もしかしたらあっちの方もロックだったかも――」

『うっさいわ、ババア! 少し黙れ!』

 なんということでしょう。

 あの人、オーガを怒らせちゃったよ。

 でも心なしか、オーガの顔が赤く染まっているようにも見えるのはどうしてかな?

「黙らないわよ! それよりさっさと名乗りなさい! 暇で暇でしょうがないんだからね!」

『暇だと喋り倒すのかよ! なんつーババアだ』

「さっきからババアババアってうるさいわね! こう見えてもアタシはまだ四十代よ! 半世紀は生きてないの! そこわかってる? わかってないでしょ! アタシはおばちゃんなの。お婆ちゃんじゃないの!! わかった、お兄さん?」

 な、何だかわからないけどあのおばちゃん、オーガをお喋りだけで圧倒してる。

 あんなタジタジなオーガなんて見たことないよ。

『ええい! うるさいわ! 黙ってれば図の乗りやがって!』

「あら、暴力? 口で勝てないから手を出すなんて最低よ! お父ちゃん以下だわ! そもそもお父ちゃんだったらアタシを立てた上でなだめてくれるわよ。その優しさがアンタにはないのね。ホントウブなのねぇ~」

『黙れ黙れ、黙りやがれぇぇぇぇぇ!』

 いけない、オーガが本気で怒ってしまったわ!

 怒りに任せて飛びかかっていくし。このままじゃあの人殺されちゃう!

『聖女よ! ペダルを漕げ!』

「はいはい、わかりました。行くわよ神様――あの青二才を懲らしめるわよ!」

 おばちゃんが不思議な乗り物に足をかけた。

 そのまま動き出すと、オーガへ突撃していく。だけどあのスピードじゃあオーガに払い飛ばされちゃう。

 おばちゃん、大ピンチ!

『聖女よ、私にパワーを!』

「またかい? あれすっごい疲れるんだけど。ねぇ、今回はなしでどうにかできない? さすがに休みたいわ~」

『いいからパワーを! 死んでしまうぞ!』

「あー、はいはい。わかりました! 神様も女の子の扱いがなっちゃいないわねぇ!」

 なんということでしょう!

 突撃、おばちゃんが白い光に包まれたわ!

 その光のおかげか、スピードがものすごく上がる。それはオーガが捉えきれないほどのスピードだった。

『ヌオォォォォォ!』

『聖女よ、あとひと踏ん張りだ!』

「はいはい。電動スイッチオンすればいいんでしょ? はい、ポチッとね」

 光の矢となってオーガを押していく。

 舞い散る光は、まるで花びらのように踊っていて美しい。

 気がつけば私はその人に目を奪われていた。

 その美しさは、聖女。この世界に舞い降りた希望の光だ。

『クソが! この俺が、こんな奴にぃぃ!』

 オーガが跳ね飛ばされ、白い光に包まれる。そのまま空間に溶けていくかのように姿が消えていった。

 すごい。この人なら勇者様が成し遂げられなかった魔王討伐を果たせるかもしれない。

『様になったな、聖女よ』

「そりゃ何回もやっていれば慣れるわよ。それよりは何? これで変なところに呼び出されたの二十一回目なんだけど! そろそろバーゲンだから返してくれない? 今日は息子の大好物のカレーを作らないといけないのよっ」

『すまない、今回はここで暴れてる魔王を倒さない限り帰れないみたいだ。悪いが付き合ってくれ』

「神様ってホント融通が利かないわね! まあそれが神様だけど!」

「あ、あの!」

「あら、あなたケガ大丈夫? ホント大変な男に目をつけられたものね。大丈夫、おばちゃんの手にかかればこんなケガすぐに治っちゃうんだから!」

「え? あ、でも……」

「それ、痛いの痛いの飛んでいけぇ~」

 な、なんということでしょう!

 不思議な呪文と共に身体の傷が塞がり、痛みも消えていく。

 すごい、すごすぎる!

「もうこれで大丈夫。それじゃあアタシは魔王って奴を引っ叩いてくるから」

「ま、待ってください! わ、私を、私を連れていってください!」

「コラコラ、若い子が何言ってるのよ。ここはおばちゃんに――」

「お役に立ちたいです! お願いします。連れていってください!」

 この人の役に立ちたい。

 この人のために頑張りたい。

 だから、だから一緒に行きたい!

 そんな想いで私は頼み込んだ。するとおばちゃんは困ったような笑顔を浮かべた。

「仕方ないわね。じゃあちょっと手伝ってもらおうかしら」

「ありがとうございます!」

『聖女よ、いいのか?』

「ちょうど話し相手が欲しかったし。神様がもっと面白かったら連れていかなかったけどねぇ~」

『う、もっと努力する……』

 楽しげに笑うおばちゃん。

 タジタジな乗り物さんに私も笑う。

 この人と共に旅をする。それが私の中で生まれた新しい希望だ。

「さ、行くわよ! 息子のお嫁さんが見つかったし、とっとと魔王を倒すわよ!」

「え? お、お嫁さん!?」

「これからよろしくね!」

 ちょっと訂正。

 もしかしたらとても大変かも。

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おばちゃん、21回目の異世界を縦断する 小日向ななつ @sasanoha7730

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