第4話 取り引きと街の噂

「じゃあ、見せていただきましょうか」

「あ、はい」

 ノーマがそう告げると、ノリスが巨大な荷物を開き、長いテーブルの上に置いた。

 薬草がほとんどだが、中には鉱物や生物の角などもあった。

 ノーラはいつの間にか単眼鏡モノクルを取り出し、右目につけた。そして、短く「視えよ」とつぶやいた。

「ふむふむ……アルカラの花にクロベラルカの根、魔鉱はなかなかの純度ね。これほどの物は滅多に見つかるものではないわよ」

「それはどうも……」

 褒めちぎられたアリアは、居心地悪そうに体を揺らした。

「アリアちゃんだけでは難しかったわねえ」

「はい」

 魔鉱は魔力が蓄積された鉱石の総称であり、銅から鉄まで様々なものに及んでいる。それらは廃坑や山奥で発見されることがあるだけであり、その価値は高い。

 そのような場所など、アリアの足では到底辿り着けはしなかっただろう。

 しかし、アリアはその事など重々承知であり、何ら恥じてはいない。

「すべてはノリスがいたからです」

「あらあらあら、仲のいいこと」

 胸を張ったアリアに、ノーラは微笑んだ。

 彼女は真剣な眼差しになると、出された品を厳選していく。三分の二を自分の側に寄せると、羊皮紙に何かを書き始めた。

「これでどうかしら」

 ノーラが提示したのは、買い取りの値段表だ。そこには、買い取りたい品の名前と、買い取り値段が書かれていた。

 いくら親しい間柄とは言え、ここは商売である。ノーラが提示した額は、金貨五十枚と銀貨九百枚だった。

「銀貨千三百」

「差額は現物でもいいかしら?」

「かまいません」

 アリアがそう告げると、ノーラは苦笑した。

「なかなか言うようになったわねえ」

「どこかの巨乳に鍛えられましたから」

「ふふふ」

「ふふっ」

 奇妙な視線が交わされたが、先に引いたのはノーラだった。彼女は二つの皮袋を取り出すと、一緒に五本の硝子瓶をテーブルに置いた。

「確かめてくれるかしら」

「はい」

 ノリスが残った品を片付けている間、アリアは金貨と銀貨の数を慎重に数え、袋へと戻した。

 硝子瓶はコルクで栓がされており、魔力が込められた封紙が貼られている。

「魔力の流れを我がまなこに見せよ」

 そう言うと、アリアの眼鏡に魔力の光が浮かんだ。

 〈鑑定〉は属性のない魔術の一つであり、彼女が得意とするものだ。その域は上級の魔術師に匹敵しており、ほとんどの物は彼女の目を誤魔化すことなどできない。

「確かに、上位魔法治療薬ですね」

 ただの薬草からは、低位の治療薬しか作ることはできない。触媒とを混ぜ合わせ、魔術で変性させることを繰り返し、初めて上位の魔法薬になるのだ。

 魔法薬は高価である。最高位の物ともなると、死すら癒やす力がある。最低でも金貨一万枚とも言われる。

「エリクシールが作れればいいんですけどね」

「あれは流石に無理でしょ」

 エリクシールが至高の魔法薬と呼ばれるのは、作るための材料があまりにも貴重だからだ。

 フェニックスの血に千年氷壁の奥に眠る銀水晶、大海原を揺蕩うフォニキア亀の甲羅など、数少ない最高位の冒険者でもなければ採取など叶わない。

「ですよね」

「さてと、商談も済んだことだし」

 そう言うと、ノーラが手のひらを合わせた。

「お祝いがてら何か甘い物でもいただきましょうか」


「じゃあ、商売の成功を祈って」

「乾杯!」

「……」

 酒杯──ではなく、陶製のカップを掲げて二人が声を揃えた。

 笑みが浮かぶ二人とは対照的に、ノリスの表情は冴えない。普段から無表情でいる彼だったが、どことなく落ち着きがないように見える。

 それもその筈で、三人がいるのは酒場などではない。

 落ち着いた雰囲気の店には黄色い声があちこちから聞こえており、緊張感や怒号とは縁もゆかりも感じさせない。

 花や絵が至る所に飾られ、どれもが雰囲気を損ねていない。

 二人の前には切り分けられたケーキと紅茶セットが置かれ、茶葉と甘味の匂いが漂っている。

 余裕の表情の二人とは違い、ノリスの視線は常にさ迷っている。

 それもその筈で、ほぼ満員の店には、若い女性客しかいない。男は彼しかおらず、とても肩身が狭い。

「おいひい」

 頬に手を当てるアリアに、ノーマは微笑んだ。

「でしょお、ここはお気に入りなのよ」

 王都で流行っている喫茶店。

 ここはそれを模した店であり、街の女性の憧れの店であった。

「ここである必要は」

「「ある!」」

 揃って言われると、ノリスには立つ瀬がない。

 すっかり置いてけぼりになったノリスは、カフェと呼ばれる苦い飲み物で気を紛らわせた。南方のカフェリア特産の豆を炒ることによってつくられるそれは、ちょっとした流行りになっていた。

 苦味が苦手な客のためには砂糖や牛乳も用意され、上流階級でも密かな人気があるらしかった。

「それなともかくとしてだけど」

 ノーマの表情が変わると、ノリスは彼女を見た。

「ここの城伯が代替わりしたのは知ってるかしら」

「いえ。初耳ですけど」

「先代は人傑として知られていたお方だったんだけど、当代様は色々と面倒な連中を騎士として取り立てているらしいわあ」

「……面倒?」

 ノーラの言葉に、ノリスが反応した。

「騎士は剣や魔術の実力が求められるのは当然なんだけれど、当代様は実力以外は気にしていないみたいなのよ。だから、他所で叙勲されなかった連中が、ここに集まって来ているみたいねえ」

 ノーラの顔が曇る。

「あなた達も気をつけなさいねえ」

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呪文使いの協奏曲〜ボーイ・ミーツ・ガールは揺るがない!〜 御坂伊織 @misakaiori2674

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