二十一度目の告解

灰崎千尋

エディ

 やぁ、天使アンジェロ。この名前を呼ぶのもこれが最後か。長々付き合わせて悪かったな。しかしつくづく、あんたにぴったりな名前だよ、神父さま。


 それにしても、けったいな制度だよな。死刑が確定したら一週間後に執行、それまでの間、毎食後チャプレンがやってきて懺悔ざんげを迫る、なんて。死刑囚を税金で養う余裕はないっていうなら、次の日にでもやっちまえばいいのに。教会ってのはそんなに力があるわけ? まぁでも、おかげであんたみたいな神父がいるってわかったのは、収穫かもしれないな。

 いや、あとの二人も悪くはないけど、なんか違うんだよなぁ。朝のじいさんはずっとニコニコしてて正直それがしんどいし、昼の坊ちゃんは「あー、いい家族に育てられたんだなー」ってのが滲み出ててしんどい。俺にはアンジェロが合ってたってだけさ。

 アンジェロはさ、俺が喋るの待っててくれただろ? こうやって面と向かってても、押しつけがましくないっていうか、空気みたいにしててくれる。それがありがたかった。二人で向かい合って、時間いっぱい本読んでたことあったよな。あれ、結構良かった。もっと早くこういうことできてたら、あんたみたいな人が近所に住んでたら良かったのに、って思った。

 なんだよ、その間抜けな顔。今日くらい素直におしゃべりしたいんだよ、俺だって。


 ああ、『最後の晩餐』はうまかったよ。本当に、うまかった……うまいもの食うとさ、絶対懺悔なんかしないつもりだった俺でも、まぁしてやってもいいかなって気分になるから、よくできたサービスだよな。

 言ったっけ、俺のメニュー。Tボーンステーキとフレンチフライ、チリコンカン、アップルパイ。ハハ、ガキ臭いだろ。でも食ってみたかったんだよな、でっかいTボーンステーキ。あれは最高だった! 肉汁滴るってやつ? あれがもう一回食えるなら今からでも控訴したいくらい。いやもちろんジョークだけど。チリコンカンは単純に好物なんだ。普段のムショ飯のビーンズってクソまずいんだけどさ、ついチリコンカンを思い出して食いたくなったんだよ。

 今日のアップルパイ、誰が作ってくれたんだろうな。ちゃんと冷凍食品とかじゃない味で、うまかったんだ。母さんのパイとは違う味だったけど。

 そう、俺の殺した母さん。俺がもっとガキの頃だけど、クソオヤジが家にいないとき、たまに作ってくれたんだ。シナモンがたっぷり効いててさ。生地は買ってきてたのかも。パイ作って食ってるときだけは、母さん、笑ってた気がする。だから余計にうまかったんだな、たぶん。


 そう、懺悔、告解こっかいって言うんだっけ。パイ食いながらさ、アンジェロが来たらやろうと思ったわけ。でも何言おうか考えてるうちに、わかんなくなった。

 なぁ、俺の一番の罪って何だろう?

 両親二人を殺したこと? じゃあ俺はどうすれば良かった? どうしたら平和に生きられた? あの二人の間に生まれたらもう、こうなるしかなかった気がするんだ。クソオヤジは酒も暴力も絶対にやめないし、母さんは「エディ、ごめんね。本当にごめんなさい」って泣くばっかりで俺を助けてくれやしない。あんまりにもメソメソ泣くもんだから、俺まで母さんを殴りたくなる時があってゾッとしたよ。結局俺もクソオヤジと同じ血が流れてるんだ。だから俺が死刑になるのも納得してる。本当だよ。

 正直に言うと二人を殺したこと、後悔してないんだ。クソオヤジは死んで地獄に落ちろとしか思わないし、母さんはクソオヤジを殺した俺を責めるようにまた泣くんだ。クソうざい。

 だからごめん、アンジェロには悪いけど、告解できないかも。


 ……え? これでいいの?

 そりゃ確かにこれは罪の告白かもしれないけどさ、あれだぜ、「悔い改め」たりしてないよ?


 ──ああ、そうなんだ。見つめなおすことって、告解の始まりなんだ。へぇ、知らなかった。俺、教会にも行ったことなかったからさ。始まった途端に終わるなんて、本当にツいてない。



「神があなたにゆるしと平和を与えてくださいますように。わたしは、父と子と聖霊の御名によって、あなたの罪をゆるします」



 は、ハハッ、アンジェロ、やめてくれよ。俺をゆるさないでくれよ。そんなことされたら俺、生きたくなっちゃうからさ。もうおしまいなのに。

 クソッ! なんでだ、なんで今なんだ。どうしてもっと早く俺を助けてくれなかったんだ! 自分がゆるされたかったなんて、俺はいま知りたくなかった!


 ……ごめん、勝手だよな。わかってる。

 だけど本当に? 俺は、ゆるされる?

 こんな都合のいいときにだけ天使アンジェロや神にすがる俺でも?


 わかった、言うよ。

 アーメン。



「神に立ち返り、罪をゆるされた人は幸せです。ご安心ください」



 ……へへ。

 ちょうど時間だってさ。

 ありがとう、アンジェロ。さよなら。

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