第8話 恋する瞬間

 勇者たちが飲みに行くため退散し、しばしおやつの時間という事で魔王城のリビングでアフタヌーンティーを存分に楽しんだ後、クロナが言った。




「勝ったの……? あの絶望的な戦力差で、私たちは……勝った!?」




 口元におやつの付いてるよ、芋ケンピ! なままのクロナ。




「ああ、余たちの勝利である。勇者たちはさよならバインバインのボインボイン!」




 俺たちは勝った。


 勇者たちは今頃、今回の敗戦の話題を酒の肴に語らっていることだろう。






~~一方そのころ、勇者たちの飲み会~~




「聞いてよー、この子のカレシ、浮浪者なんだってー。おかしくなーい?」




「ちょ、ちょっと明美! 今小田君の話はやめてよっ!!」




 私は今、勇者のみんなと「魔王戦残念会」飲み会に来ている。


 沢山の人が死んじゃった戦いだったけど、それでも私たちは過去ばかりを見てはいけない。


 今回の戦いで見つかった問題点を反省し、そして今後の戦いに生かさなければならない。




 取り急ぎ、今は勇者のみんなと親睦を深めるために、こうして飲み会をしているのだ。




「浮浪者!? 何それ、君そういうのが好みなの~??」




「へ~、意外。それなら、勇者よりも冒険者の方が好みだったり?」




「ええ、まぁ……あはは」




 けど、これはいかがなものだろう。




 私は勇子。


 魔王討伐のために戦う女勇者。


 趣味はお酒。


 好きな酒のあてはイカの塩辛。


 好みの男性のタイプはワイルドな人。


 最近の悩みは彼氏がワイルドすぎること……




 そんな、何処にでもいる様な、等身大の悩みを抱える、普通の女勇者。




 明美に無理に誘われたから、この飲み会に来たというのに……。


 明美の奴~、私をダシに使って、男をゲットする気だなー!




 ジィー、っと私は明美を半眼で睨みつける。


 イケメン勇者と話しこんでる明美がこちらに気付いたが、悪びれもせず片目を瞑って手刀をきって、またイケメン勇者と楽しくおしゃべりに興じ始めた。




 ……くっそー、イケメンをゲットすれば私はもう用なしってこと!? 明美の奴、覚えてろよ~! 




「でもさぁ、勇子ちゃん。そんな男と別れてさ、俺と付き合わない? 俺、こう見えてもレベル6の勇者だから! 将来性は、保証するよ!」




 レベル6の勇者。


 それは、数多くの修羅場をくぐり、そして生還した者しか到達できない、最強と称されるに値する人間。


 確かに、将来有望かもしれない。




 でも……はぁ。


 下心見え見え。多分、レベル6の勇者である彼は女の子に困るという事はないはずだ。


 でも、私に声を掛ける理由は、適当にお持ち帰りがしたいから。ただそれだけだ。


 そんな下種勇者しか私を相手にしないって、傷つくなぁ……。




「おあいにく様。私だって、これでもレベル6の勇者なんだから。その口説き文句は、使えませーん」




 私がそう言うと、




「えー、そうなの? 見えないねー。お城のお姫様でもしてた方が、勇子ちゃんには似合うと思うけど」




「はいはい、お上手お上手」




 私は適当に振ってから、ハイボールが注がれているジョッキを大きく傾け、そして飲みきる。




「お、良い飲みっぷり~」




 下種勇者が楽しげに唇を歪めた。


 ……ええい、こうなれば、今日は自棄酒だ!




「お兄さーん! ハイボールお代わり! 濃い目でねー!」




「へい、喜んで!」




 ほどなく、ジョッキに並々注がれたハイボールを店員のお兄さんが持ってきた。


 私はそれを一気に飲み干し、




「お代わり!」




 間髪入れずに宣言する。




 ――そして、数十分後。




「おだくーん、もう私無理だよー。お洒落な喫茶店で雑草をポケットから取り出してもぐもぐ食べる人の彼氏なんて、無理だよー(´;ω;`) 煙草だったらワンちゃん有るけど、流石に雑草は無理だよ、字面が似てても、本質は似て非なるものだよー(´;ω;`) もう、別れよう、終わりにしよ?」




 私はスマホで小田君に電話を掛けた。


 泣きながら小田君に話しかける。小田君は、ずっと私の言葉に耳を傾けていた。


 そして、私が思いのたけを全て告げて別れを切り出したのを全てきいた小田君は。




「……えっと。ごめん、あんた、だれ?」




 と言った。




「え?」




 私は酔っぱらい過ぎて、全く違う人に電話をかけていたのかな?


 そう思ってスマホを確認するんだけど……表示は、やっぱり小田君の名前だ。




 ……え、どういうこと?




「あ、あんた。そう言えば前から俺のスマホにたまに連絡入れてたよな。あんたの支離滅裂な話、聞いてたら頭がおかしくなりそうだったぜ。それでもなおあんたの電話に出ていたのは、ふぅ、全くやれやれ。俺の人徳という他ないな。だがまぁ、これからはやめてくれよな、怖いんだよ。というわけで、もう電話しないでくれよ。じゃ」




 それだけ告げられて、通話は途切れた。




 私の頭は混乱していた。


 一体なぜ小田君は私にあんなことを――。


 いや、本当は気付いていた。


 私は、生まれてこのかた15年。


 魔人との戦いに明け暮れた私に、男の子とお付き合いをする時間なんて、あるはずがなくって。


 つまりは全部――全部、私の妄想だった。


 それに気づいた瞬間、私はその場に崩れ落ちていた。




 ちなみに、飲み会はさっき抜け出して、今は近くの橋で風にあたりながら一人泣いていた。




「うっ……うう……もう、やだよぅ」




 私は、自分でも気づかない内に。


 取り返しがつかないくらい頭がおかしくなっていたことに気が付いたのだ。


 私は、本気で小田君と付き合っていた。




 お洒落な喫茶店で一緒にお茶を楽しんでいる時にポケットから雑草を取り出すような男と付き合っていた。




 でもそれは全部、私の愚かな妄想だった。




 現実の私は彼氏いない歴=年齢の乙女。


 哀しき乙女なのだ。




 私は、全てがどうでも良くなって、夜空を見上げる。


 私の気持ちとは裏腹に、夜空には満点の星空があった。


 綺麗なその夜空を眺めても、私の気持ちは、全く晴れなかった――。




「そんなところで、何をしている?」




 唐突に、そんな言葉が耳に届いた。


 私はその言葉に振り返る。


 雲の隙間から射されるわずかな月明かりに照らされるだけのその人の顔は、漠然としていた。


 だけど、その人の瞳に不思議な魔力が秘められているように感じられる。




「……なんでもありません、放っておいてください」




 だけど、こんなナンパはお断り。


 私はそんなに安い女ではない。


 立ち上がって、その場を立ち去ろうとしたのだけど。




「きゃ!」




 先程のアルコールが足に来てしまったようで、私は倒れこみそうになる。




「……全く、気を付けろ」




 だけど、そうはならなかった。


 目の前の彼が、私の身体を優しく抱き留めてくれたからだ。


 意外なほどたくましいその腕かいなに抱かれて……恥ずかしながら、私の頭はぼんやりとした何かに覆われた。




 多分それは、アルコールによらないものだ。




 私は頭を振ってその何かを振り払ってから、唇を引き締めて抱き留めてくれた彼を見る。




 その瞬間、月を覆う雲が晴れた。


 月明かりが差し込む。そして、目にしたその人の顔を見て……私は驚いた。




「あ、あんた……魔王!?」




 その整った顔を、見間違えるわけがない。




 私の言葉を聞いた魔王は、「やれやれ、全く……」と首を傾げた。




 その後、自らが纏う漆黒のマントを翻し、ご立派なチンチ●を外気に晒してから言った。




「人違いです!」

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