第28話 実は(精神は)子供じゃないんですよ

 なるほどなるほどとナイスミドルの説明に納得し、ふと思い出した。


「そうだ、あの塔についてもすみません。母様がやらかしたんだと思いますが、派手に壊してしまって……」

「何言ってるんだ。最上階をぶっ壊したのはお前だろうが」


 ……。は?

 いやいやいや。私常識人だし。いくらなんでもそんな母様みたいな事しないし。

 疑いの目を向けた私に、隊長さんはこれ見よがしにため息をついて見せた。


「お前なぁ……よくよく思い出して見ろ。お前が母親を呼ぶ前に既に塔は壊れていただろ。それに白峰の主が壊す素振りがあったか? ……多少暴風は出しかかっていたが、そこまでじゃないだろ」


 そう言われて首を傾げる。

 正直、あの時は焦りまくっていて周りの状況とか頭に入って来なかったのだ。

 うーんと思い出そうとするが、気が付いたらアルクティさんに抱っこされててなんとか人になって……そういや明るかった? 日差しがいっぱいだったような? 母様も風は撒き散らしていたけど、破壊音は聞かなかったような……?


「私、覚えてないんですけど……やってしまったんですか」

「精霊にしちゃ小規模な被害だけどな。普通は精霊が怒るっていったら国ごとぽしゃるし」


 軽く言う隊長さんだが、内容が全く軽くない。

 たぶん私が生まれたててでそんなに力を奮えないからそうなったんだろうけど。

 まさか己が母様と同じ事をするとは思ってもみなくて、ずどーんと落ち込んだ。そしたら後ろから頭を撫でられた。


「私を助けようとしてくれたんですよね? すみません、私が不甲斐ないばかりに」

「全くだぞお前。よくそれで数日ぐらい平気だみたいな顔をしてたもんだよ」

「死ぬことは無いと思っていたんですよ」


 少し申し訳なさそうに眉を下げて弁明するヨルンさんだったが『死ぬことは』って、それ以外の可能性があると知っていたって事? ああなるってわかっていたって事? 思い出すだけで胸が苦しくなるような、あんな……


「白峰の主が中がボロボロだとか言ってたが?」

「あー……多少時間は掛かりますが、治りますから」

「お前、そいつ見て同じ事言えんの?」


 そいつ、と私を指さす隊長さん。

 なんで私?と思ったら、ヨルンさんが私を見て困った顔をして私の頬に手を滑らせた。それで気づいたが、涙が出ていたらしい。


「あ。すみません。無意識で」


 慌てて袖でごしごし擦る。人前で泣くとか恥ずかしい限りだ。


「確かに……言えないですね」


 苦笑というか、どこか痛みを堪えるような顔をしてヨルンさんは呟いた。


「ヨルン。いい機会だから、もう少し自分を顧みるようにしなさい。北の主にも言われただろう?」


 ナイスミドルがそう言うと、ヨルンさんは何か言いかけたが黙って頭を下げた。


「今回の件はこちらで処理する。ヨルンには精霊の加護を得たという事でそのまま砦勤務とするからダルトと共に戻りなさい」

「よろしいのですか?」


 ヨルンさんが聞き返すと、ナイスミドルは苦笑を浮かべた。


「よいも悪いも無いよ。そうしなければ精霊の加護を得たというお前に接触しようとする人間が後を絶たなくなる。そのうち精霊の怒りを買う人間が出ないとも限らないしね」


 あ。と思うと同時に申し訳なくなる。


「すみません……」

「いやお嬢さんが気にする必要はないよ。逆に私は感謝しているぐらいだ」


 感謝? 何故?と、視線を戻すとナイスミドルは苦笑したまま。


「ヨルンはとにかく自分の事に無頓着で怪我をしようが死にかけようがどうでもいいという所があるんだよ」

「陛下、それはもう――」

「いいやお嬢さんには聞いてもらった方がいい。いいかいお嬢さん?」


 ヨルンさんの止める声を遮って、ナイスミドルはひたりと私を見つめた。


「この馬鹿者は生まれのせいで自分を卑下する癖がある。

 私は何度も何度も何度も何度も、大事な家族だと言っているのに、ちっとも響かない薄情者なんだ」


 なんかえらく拳に力が入っているし、声にも怨みにも似たような悔しさが滲んでいた。

 家族だとぶっちゃけちゃってるあたり、ここに居る人はみんなヨルンさんとナイスミドルの関係性を知っているのかな?


「実験を受け続けたせいで味覚と、一時的に嗅覚も失って、痛みにも鈍いところがある。魔力暴走のせいで人には恐れられ、生き物全般にも高い魔力のせいで恐れられ、自分の事を化け物だと蔑んでいるんだ」


 ナイスミドルは段々と表情を取り繕えなくなってきたのか、本当に悔しそうに顔を歪めていた。

 私はヨルンさんを振り返って見た。

 ごく普通の人にしか見えない。少なくとも、ヘビの姿になったり人間の姿になったりする私より、とても人間だ。


「えーと……たぶん、化け物というのは私のような者の事を言うと――」

「何を言うんです!」


 いきなりヨルンさんが大声を出したので、思わず言葉が引っ込んでしまったが、どうどうと宥めた。


「いえ、私は自分の事を精霊だときちんと認識していますよ? そうではなくて、客観的に見た時にヘビになったり人の形になったりするのと比べればそうだろうなぁというだけで。

 だからヨルンさんのその自分が化け物だと思っている事も、その程度の事だと思うわけですよ。ただヨルンさんがそう自認しているだけで、少なくとも私を含めここに居る人は誰もそんな事を思っていない――と、思います」

「………」


 それぐらいはわかっているのか、ヨルンさんは何とも言えない顔で黙ってしまった。


「ところで、先ほど私が自分を化け物だと言った時にヨルンさんは否定しましたが、それを踏まえて、こちらのお兄さんがヨルンさんが自分を化け物だと言う事を否定する気持ちはどうしましょう?」


 隊長さんが、「どうしましょうって……」とぼそりと呟いているが無視する。

 じーっとヨルンさんを見ていると、ヨルンさんは観念したように目を伏せてため息をついた。


「まさかキヨに諭されるとは……」

「子供に諭されるまで引かないからだろうが」


 けっと隊長さんが毒づいているが、隊長さんそれはちょっと違う。


「あのー。私精霊としては生後数か月程度なんですけど、一応前世というか前の生では大往生した魂らしいので。

 覚えているのは二十歳手前ぐらいまでなんですけどね」


 だからまるっきり子供というわけでもないので、そうがっくりしないでくださいとヨルンさんを見上げると、まん丸な目とぶつかった。


「二十歳?」

「正確には覚えていませんが、そのぐらいまでの記憶はあります」

「……………っ」


 ヨルンさんは何故か数秒無言になったうえ、いきなり顔を逸らして片手で隠すようにしてしまった。

 なんで? ……あ。あれかな? 子供相手に接するようにしていたのが恥ずかしかったとか。私アニマル枠だからそんなに気にしなくていいんだけどな。


「お前……前世って、人間?」


 隊長さんがひょっとして、と聞いてくるので首を縦に振る。


「はい、人間でした」

「男?」


 どこからそう思ったんだ。思わず眉間に皺が寄ってしまった。


「いえ、女でした」

「だとよ」 


 と、隊長さんがニヤニヤしながらヨルンさんに言うと、ヨルンさんは片手に顔を埋めたまま、ちらっと目元だけ覗かせて隊長さんを睨みつけた。


「あの、念のために言いますが、私の意識は生後数か月ですけど精霊としての部分もちゃんとあるので、大人として扱えとかそういう意味で言っているわけではないですよ? 今まで通りで全然」


 今更大人扱いとかそれはそれで恥ずかしいしと手をパタパタ振れば、何とも言えない――というか残念なものを見る目で見られた。だから何故?


「なんにせよ、ヨルンはしばらく砦でゆっくりしなさい。きちんと自分の身体を労わるようにね。そうでないと可愛いお嬢さんが泣いてしまうよ」


 あらやだ可愛いだなんて。ナイスミドルの言葉に幼児の特権だなとにやにやしてしまう。

 ヨルンさんはなんだかいろいろ観念したような顔で無言で頷き、それで現状確認の会のようなものはお開きになった。


 そしてヨルンさんと一緒に客室に移動する事になったのだが、思わずテーブルの上に残されたお菓子を見てしまい、ずっと給仕をしてくれているお兄さんに後で部屋に届けますねと笑われ大変恥ずかしかった。


「……あ~~」


 同じ棟にある客室の一つに運ばれて(ヨルンさんが降ろしてくれなかった)、ソファに降ろしてもらってから膝を抱えて顔を伏せた。


「キヨ?」

「食い意地張っててすみません……」


 思い返せば真面目な話をしていたのに、わりとよく食べてしまっていた。母様につっこまれたという部分もあるけど率先して咀嚼していたのは否めない。空気読めよと自分でも思ったが、母様封じにかこつけて結構食べた。その上、まだ食べるのかというあの隊長さんの顔。


「食欲がないよりよほどいいと思いますよ。美味しいものを美味しく食べられるのは素晴らしい事です」


 優しく撫でられて、そろりと顔を上げると変わらぬ優しいヨルンさんが居て、なぜだかほっとした。食べすぎで引かれたらどうしようとか、そういう事ではなく無事な姿を見るとわけもなくほっとしてしまうのだ。我ながらよっぽどあの痛々しい姿がこたえたらしい。思わず撫でてくれる手にすりすりと頬ずりをしてしまうと、ヨルンさんの手が固まっていた。


 ……しまった。私今人型だった。


 そーっとヨルンさんの手から離れると、上からくすくすと笑い声が降ってきた。


「そうやっているところを見ると、本当にあの姿のキヨなのだとわかりますね」

「すみません、つい」


 謝るとヨルンさんは首を横に振って私の両脇に手を入れ持ち上げ、入れ替わるようにソファに座って私を膝の上に乗せた。

 ヨルンさんに抱っこされているといい匂いに包まれているようでとても安心してしまうのだが、それはそれとして何故またお膝に抱っこ?


「……あの?」

「さっき、陛下が話していた事のいくつかは、実は違うんです」 


 うん? 違う?


「確かに私は味覚が最近まで無かったんですが、キヨが来てから戻ったみたいなんです」


 そういえば……くそ不味いらしい携帯食をヨルンさんは平気で齧っていたが、ボロボロの家で食べた時はなんだか変な顔をしていた。


「正確に言うと、キヨの名を呼んだ時からなのでしょう。たぶんその時から、私はキヨに助けられていたんだと思います」

「……えーっと……特に何もしてないと思いますが」

「キヨが意識してやったわけではないのでしょうね。

 でも確かにあの時、キヨと初めて呼んだ時に身体の中に溜まっていた澱のようなものが軽くなったんです。しかもずっと身体を苛んでいた魔力の渦をキヨが受け入れて多すぎる力を削いで返してくれて……私ばかりが恩恵を受けてしまいました」


 途中から何故か暗くなり始めたヨルンさんに慌てる。


「いえいえいえ。ヨルンさんはちゃんと私を保護してくれましたし、文字も教えてくれましたよ? 意思疎通が取れなかった私としてはとても嬉しかったんですから!」

「そんな事私でなくとも出来たことです」


 いやぁ……どうかなぁ。いろんな人と意志疎通を図ってきたけど、一番意を汲んでくれたのはヨルンさんだったと思う。

 そもそも筆談もヨルンさんが気づいてくれなければ出来なかったのだし。


「文字を教えるのはそうかもしれませんけど、私が文字を知りたいと思った切っ掛けはヨルンさんですし、私が知りたいと思っている事に気づいたのはヨルンさんですよ! っていうか、それですか! ナイスミドルが言ってた自分を卑下する癖って!」

「……ナイスミドル?」


 暗い顔をしていたヨルンさんがキョトンとした顔で呟いた。

 あー。思わず出てしまったが……


「……ヨルンさんのお兄さんです。ちょっと渋い感じの格好いい人だったので」


 何を説明しているのだろうか私は。とてつもなく恥ずかしいのだが。


「……格好いい。そうか……キヨはああいうのが」


 そして何を考えているのでしょうかヨルンさん。


「違いますよ。世間一般的な感覚であって、私の好みとか趣味とかそういう事を言っているわけではないですからね? 当てはまる言葉がナイスミドルだなって思っただけで、好みとしてはヨルンさんの方が断然上ですからね!」


 ……。


 拳握って何を力説しているのだろうか私は。

 だがヨルンさんが深刻な表情からぽかんと呆けた顔になり、それから艶やかに笑ってくれたのでいいとしよう。とてつもなくきらきらしていて直視出来ないが、まぁいいとしよう。

 ヨルンさんって今まで人に避けてこられたから、身内以外からのあからさまな好意に慣れていないのだろうな。

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