第27話 ひと段落?

「ええと、離れられないというのは、どの程度の事でしょう?」

「試したことはないが、離れると離れただけ精神が不安定になるぞ。先ほどもそれが傷ついて取り乱したばかりだろう」


 おぉう……。そうなのか……さっき、取り乱したのか私……確かに冷静ではなかったと思うけど……


「ヨルンさん……誠に申し訳ありません」


 ヨルンさんの膝に乗っかっているので正座は出来ないが、誠心誠意頭を下げる。


「非常に申し訳ないのですが、離れられないらしく……その、大変お邪魔でしょうが近くに居させてもらえないでしょうか?」


 ヨルンさんは慌てたように手を振った。


「い、いえ。私は構いません。全然、本当に。むしろ無暗に名を聞いてしまって本当に申し訳なく」

「いえいえ、さっきも言いましたがそれは私のせいですから」

「いえ、最初に真名が重要であることをもう少しきちんと伝えておくべきでした。精霊の名というものとは意味合いが違いましたが、それでも重要なものである事は変わりありませんから」

「いやぁ聞いてたとしてもたぶん伝えてしまっていたと思うので……やっぱりすみませんです」

「そうだとしても――」

「良いではないか。互いに悪意があったわけではあるまい? 氷のももう目くじらを立てるな。終わってしまった話なのだから、それならば先の話をすべきであろう?」


 口からはみ出たパウンドケーキを食べきった母様に言われて私達は黙った。


「……お前にそれを言われると腹立たしいのだがな」


 無表情のまま苦々しい口調で言うアルクティさんに、母様はぱたぱたと軽く手を振った。


「わかったわかった。我が悪かった。すまぬ。ほれ、これでよかろう」

「余計に腹立たしいのだが」

「ええい細かい奴だのぅ……これだから本当は水のに頼みたかったのだが」


 なにやらぶちぶち言い始めた母様に、アルクティさんの額に青筋が浮かんだ。


「天の。協力してやって、キヨを保護してやって、その言い草か?」


 協力、と聞いてふと思い出す。

 そういえば母様は私を生むために氷のに協力してもらったと。

 という事は、このアルクティさんに協力してもらったという事? さっきから母様は氷の氷のと連呼していたし。


「相性的には水のが馴染みやすいのは氷のもわかっておるだろう?」

「わかっているが、それをわざわざ言うか?」

「あのー」

「なんだ?」

「どうしたキヨ?」


 声を掛けると、母様もアルクティさんもピタリと口論をやめてこちらを見てくる。


「もしかして、アルクティさんって、お父さん、ですか?」

「………」


 何故かアルクティさんは無言になった。

 他の方々は大きく目を開いて、そういう事か!的な顔をしていらっしゃる。

 あーなるほど、私と母様は親子という関係なのに対して、アルクティさんがどうしてここまで私の事で口を出してくるのかと謎だったのだろう。私としては同じ精霊のよしみでなのかと思っていたが。


「キヨ。そなたは我の子であるぞ?」

「あ、うん。それはわかってるけど、でも協力してもらったって事はお父さんって事じゃないの?」


 何故か母様は首を傾げた。どうも私が言っている事が伝わっていない気配がする。

 他の方々も、どういう事?と疑問顔。


「キヨ。精霊には人間のように父と母がいるわけではない。

 子はどちらかの性質を受け継いで生まれるため、同じ性質の精霊がその親となる。よってお前の場合はそこの天のが親だ」


 うん? うん?? 人間みたいに両親という感覚が無いという事なのかな?


「じゃあアルクティさんはお父さんじゃ無いという事ですか?」

「…………別に、そう呼んではいけないという事はない」


 呼んでいいらしい。

 っていうか、やっぱりそういう事らしい。

 周りも、ああやっぱりそういう事だよね、という顔をしている。


「そんな事よりもキヨ。そなた天のの住処に戻らぬつもりか?」


 アルクティさんの言葉にばっとこちらを見る母様。すかさずミルフィーユ状のザクザクしたクッキー生地とクリームを挟んだお菓子を突っ込む。


「迷惑を掛けているのはこちらなので、さすがにヨルンさんをあんなところへ連れていくというのは出来ません」


 もごもごと母様は何やら抗議っぽい様子であるが、たぶんあんなとこ呼ばわりしたのが不服なのだろう。母様や私といった精霊にとっては大自然溢れるあの場所で何ら不自由はないし、むしろ居心地はいいのだが人間にとっては実に住みにくい辺鄙な場所だ。そこは厳然たる事実なのでしょうがない。


「私はどこへでも行きますよ?」


 まだちょっと顔色が悪いまま言うヨルンさんに、私は即行で首を横に振った。


「いやいやいや。ヨルンさんお仕事どうするんですか。いきなり隊長さんが抜けたらマントの人たち困りますよ。それに母様の住処って本当に山の上で何にも無いんですよ?」

「マントの人たち……いえ。大丈夫ですよ。これでも鍛えていますし、仕事は私がいなくとも問題ありません」

「ありまくりです。私が気にします。無理です無理。植物だって森林限界超えてて草とか背の低い灌木ぐらいしか生えてないところなんですよ。それなら迷惑かもしれませんが私が砦にお邪魔させてもらっていた方がましです」


 さっきからナイスミドルが若干縋るような目で私を見ている。

 ヨルンさん、異母兄さんも辺鄙なところへは行って欲しくないそうですよ。


「それにぶっちゃけますと、母様とあの住処でいるというのもそれはそれで危険な気がするんです。前科がありますし……」


 ちらっと母様を見たら見事に目を逸らされた。


「という事で、どうでしょう? 駄目でしょうか?」


 と、今度はナイスミドルと隊長さんに視線を向ける。

 隊長さんは俺に振るなよという引き攣った顔をしていたが、ナイスミドルは落ち着いた面持ちで頷いてくれた。


「我々は何も問題ありません。力の限り、お守りする事を誓いましょう」


 はー……と、溜息をついたのはアルクティさんだった。


「その言葉、努々忘れるな。キヨに何かあれば貴様ら全て氷漬けにしてやる」


 ぅええ……そこまでしなくとも……

 目がマジのアルクティさんに、ちょっと焦る。


「半端者。貴様もだ。

 貴様が傷つけばキヨは拠り所を失い先のように不安定となる。それを自覚しろ」

「……はい」


 ヨルンさんは、静かに頭を下げた。


「キヨ。困った事があれば私の名を呼べ。天のは当てにならないからな」

「えぇと……はい。ありがとうございます」


 アルクティさんは最後にもう一度私の頭をポンポンと撫でると姿を消した。


「当てにならぬとはどういう意味だ。我ほど頼もしい者はおらぬであろうに……」

「えーと。母様は確かに頼りになるよ。ちょっと、かなり? おっちょこちょいだと思うけど」

「そうか? 頼りになるのは間違いないであろう?」


 首を傾げる母様に、ああもうとりあえずそれでいいかと私は頷いた。


「うんうん。頼りになるよ。だから母様、一度山に戻っていてもらえる? 危なかったらちゃんと母様を呼ぶから」

「せっかくそなたの可愛い姿を見れるというのに、もう戻れというのか?」

「後で会いに行くから」

「うーん……まぁ、そなたは独り立ちしたようなものではあるしなぁ……あまりうるさくするのも好かぬのであろう。あいわかった。そういう事であれば母は戻っていよう。ではな」


 思ったよりもあっさりと、母様は姿を消した。

 精霊二人が消えた空間で、誰ともしれない息が吐かれた。


「えー……その、お騒がせして誠に申し訳ありません」


 とりあえずぺこりと頭を下げる。


「私、精霊と人の関係がどういうものかわかっていないんですけど、たぶんあの二人が居たら普通にお話も出来ないんですよね?」


 なんとなく思っていた事を言えば、隊長さんがふはっと息を吐き出した。


「お前、精霊っていうより人間みたい――」

「ダルト!」


 おじさんが隊長さんの言葉に被せるように叱責した。


「あ、あの、大丈夫です。別に態度がどうのとか、口調がどうのとか、お前と言われても胴体鷲掴みにして握りつぶされそうになった事があっても、檻ごと叩き切られて怖かった事があったとしても、隊長さんをどうのこうのしたいとか怒ってるとか、そういうのないので」

「お前根に持ってるだろ!」


 いやいやいや。根に持ってるわけじゃないよ。ただの事実を公表しているだけだよ。


「いやだってあの時は本当にどうしようかと。暴れたら絞殺されそうで怖かったし。事あるごとに頭鷲掴みされるし、睨まれると怖かったし」

「次から次へと良く出てくるなぁをい!」

「でも本当に、隊長さんの事嫌いじゃないですから」

「本当かよ!」

「ダルト……」


 疲れたような声がナイスミドルから聞こえた。

 ナイスミドルはテーブルに肘をついて項垂れていた。


「お前、この子に感謝しろ」

「は?」

「それだけのことをしておいて、北の主と白峰の主に告げ口されてみろ」

「………」


 無言になって、ちょっと青ざめる隊長さん。


「敢えて言わなかった。そういう事でいいんだね?」


 ナイスミドルの問いかけに、私は頷いた。


「状況がいまいち私もわからなかったんですけど、母様もアルクティさんもすごく尊大な態度だったので、人と隔たりがあるのは理解しました。

 言動から考えて、言えば隊長さんが危ないだろうなと思って」

「という事だ。わかったか?」

「………悪かった。次はもうちょっと手加減する」


 鷲掴みは前提なのか……そこから止めて欲しいんだが。


「ところで、元々の作戦はどうなったんでしょう?」

「作戦?」


 ナイスミドルさんがオウム返しに聞いてくるので、思わずヨルンさんを振り返る。


「ヨルンさんが囮になるっていうあれです。もう、やらないで欲しいんですけど」


 あんな姿はもう見たくなくて縋るような気持ちで言えば、何故かヨルンさん含めて生ぬるい顔をされた。

 え。なにその顔。どういう意味?


「キヨ殿、とお呼びしてもいいだろうか?」


 おじさんが聞いてきたので、大丈夫ですと頷く。


「キヨ殿が精霊であったという事で、もう終わったのだ」


 終わった……?


「精霊に手出しする者は精霊の怒りに触れて滅ぼされる。それが私達人に受け継がれている言葉です。

 ですから、今回キヨに手を出したあの闇オークションの関係者全ては有罪となります。この国を危険に晒したという事で反逆者と同等の扱いとなるのです」


 後ろからヨルンさんが説明してくれたが……な、なるほど。触らぬ神に祟りなし的な扱いなのか。精霊って。


「精霊本人であるキヨの証言が取れますから、もう言い逃れはどうあっても出来ません。ですから、もう片がついてしまうのです。ですよね?」


 ヨルンさんの問いかけに、ナイスミドルは頷いた。


「ダルトの事もだが、闇オークションによって囚われていた事を黙っていてくれてありがとう。知られれば我が国は危うかったかもしれない」


 あぁ、それで。

 それであの二人を引き留めて話をしようとしていたのか。私からその話が出る可能性があったから、どうにかそれを阻止出来ないかと。

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