第12話 名前をつけてもらった

 目が覚めるとヨルンさんが寝ていて、一人じゃない事にほっとした。

 どうやらあのまま夜もぐっすり眠ってしまっていたらしい。どんだけ寝るんだ私は。

 さすがに二度も寝たからか、今は朝が早いらしく外もぼんやりと白じんでいる程度。まだまだ薄暗い。

 そっとヨルンさんを起こさないように窓へと近づくと、雨はもう降っていなかった。雨上がりの朝はどこもかしこも濡れていて、夜明け前という時刻も合わさってなんだかいつもと景色が違うように見えた。


「ぅ……」


 声が聞こえ振り向く。起きたのかなと思って首を伸ばして見るとそうではなかった。ヨルンさんが胸のあたりを掴んで苦しそうに顔を歪めて――え!?

 驚いて飛んでいくと、息が詰まったような変な呼吸をしていて焦った。思わず、どうした大丈夫か!? と救命講習の手順も忘れて尻尾でべちべち頬を叩いたら空いた方の手でいきなりその尻尾を掴まれた。

 んぎゃ! と内心叫ぶが、何故かヨルンさんは落ち着いたようで深い息を吐いた。そのほっとしたような様子を見てしまうと、無碍にも出来ない。

 うー……あー……ぞわぞわする……。

 仕方がなく必死になって耐えたのだが、駄目だ。やっぱり駄目だ。無理だ。ぞわぞわする。例えるなら身体の内側を擽られているような感じがすると言ったら人間的にも伝わるだろうか? いや、内側擽るって猟奇的かよと思うが、そういう感じなのだ。

 こ、これ以上は無理っす。と思って、いつも夜やっているように首と胴体を伸ばして、ほっぺにすりすりする。

 夢見が悪かったのかな? で、アニマルセラピーに慣れてたからついつい掴んでしまったと。そういう事でしょうか? もう大丈夫だよ~怖い夢は見ないよ~。と、すりすりすると、ちょっとだけ尻尾を掴んでいた手から力が抜けた。

 だがここでするりと抜いたらまた掴んできそうなので、耐える。もうちょいしてからの方がいいだろう。幸い力が抜けてきたので最初よりもぞわぞわはない。

 大丈夫~、いい夢見るよ~とすりすり。

 ふと、そうしていると何か嫌なものを感じた。

 何だろう? 変な匂いというのか、ヨルンさんのものではない違う匂いがした。

 いや、匂いって私……すっかり精霊的っていうか動物的っていうか。

 自分の感覚に戸惑いと切なさを覚えつつ、その匂いを辿ってみれば未だヨルンさんが掴んでいる胸元だった。

 つん、と鼻先で掴んでいる手をつつくと、ふわっと嫌な匂いが鼻に広がり思わず、くしゃん! とくしゃみを一発。ついでにバフン! と風も巻き起こしてしまった。


「!」


 さすがに気づいたのか、ガバリと身体を起こすヨルンさん。その瞬間、尻尾もついでに握りこまれて「ぴきゃー!」と叫ぶ私。


「え? ……あ、すみません!」


 慌てて手を放し謝るヨルンさんに、うーとなりながらくるくると尻尾を巻いて胴に隠す。


「あ? れ? え?」


 ヨルンさんはしかし、何か狼狽えたように自分の胸のあたりを触っていた。

 いつも落ち着いた様子のヨルンらしからぬ姿だったが、私は尻尾を慰めるのに忙しい。自分で尻尾をなでなでしてぞわぞわを消そうと奮闘していたのだ。


「消えてる……? でも、暴走してない……どうして」


 やっとこさぞわぞわが無くなり顔を上げたら、呆然とした顔で見られていた。

 ……なんでしょう? もしかして、なにか私はやっちまいましたでしょうか……?


「あなたが?」


 あなたが……? と、いうのは?

 首を傾げるとヨルンさんは「そんな筈はないか……」と呟やき力を抜いた。


「何がどうなっているのか……呪いが消えるなんて……」


 まじない? とは、なんだろう?

 さらに首を傾げると、こちらに気づいたヨルンさんは説明してくれた。


「私には呪いがかけてあったのです。魔力暴走を起こさないよう、魔力が周りに漏れ出さないように」


 ……。えっとー……私、前にあの三つ目の犬みたいなのも、寝てるのを起こしちゃったんだけど、これもなのでしょうか……そして、今回は不味かったのではないでしょうか……? 暴走を防いでいたとか、外しちゃ駄目な奴ではないでしょうか……?

 これは土下座案件かと、また頭を伸ばして蛇口のように放物線を描きベッドに突き刺す。すみません。本当、すみません。興味本位でつっついてすみません。


「あぁいえ、大丈夫ですよ。制御が当時より良くなったからか暴走はしていませんし、それにこの呪いはそう簡単に解けるようなものではありませんから。さすがにあなたでも出来ないと思いますし……たぶん」


 たぶんてヨルンさん……。

 ちらりと見ると、何故かいつもより表情が柔らかいヨルンさんがいた。心なしか頬の色づきもいつもよりいい気がする。神秘的と思っていた顔だったが、今は健康的なという表現の方が合いそうだ。


「それに、不思議と身体が軽いんです。気分もとてもいい」


 朗らかに笑うヨルンさんは、いつもより美人さん度が高かった。思わず眼福だと両手で拝んでしまう。動きが面白かったのか笑われたけど。


「こんな気分がいい時にしたくはないのですが、いずれはしないといけませんし……ちょっと話を聞いていただけますか?」


 やおら居住まいを正したヨルンさんに、こちらも居住まいを正す。

 なんだろうか。急に真剣になって。やっぱりさっきのは不味かったという事だろうか。弁償というか、直せと言われても直せないんだけども私。どうしよう。

 とドキドキしたのだが、違った。

 なんか例の闇市の後始末で、私も都とやらに行かないといけなくなってしまったらしい。

 捕まえた人の親がごねているようで、使用されていた薬の影響がどの希少種にも見られない事から保護のために集まっていたと苦しい弁論をしているのだそうだ。

 そこで影響を消したと思われる私に、もう一度同じことをして欲しいと。

 そういう事であれば消してしまった私にも責任があるだろう。なんだか悲痛そうな顔をして話すヨルンさんに大丈夫ですよ~と頷く。私にはその薬の影響とやらを消す意図は無かったのだが、たぶん同じ事は出来ると思う。あの嫌な匂いを飛ばせばいいって事だろう。


「それでですね。あちらに行くとどうしてもあなたが目立ってしまうので、もしもの時のために私と使い魔の簡易契約を結んでいただきたいのです」


 使い魔。って、アニメとかであったような? それの、かんいけいやく。とは……何か特別な事をするという事だろうか?

 私が分かっていないのを察してヨルンさんは説明してくれた。


「使い魔というのは、主人と使役のラインを結んだ魔物の事です。

 主人はラインを通して使い魔が見ているものを見る事が出来ますし、使い魔に指示を出す事が出来ます。使役される使い魔は主人の魔力を得て通常よりも大きな力を奮う事が出来るようになります。

 今回の簡易契約というのは、主人が使い魔が見ているものを見る事が出来るようになるだけです。指示を出す事は出来ません。また、使役される使い魔が主人の魔力を得る事も出来ません」


 えーと? つまり私の目をヨルンさんが使えるようになるって事か。


「もちろん四六時中視界を共有するわけではありませんよ。あなたに危険があると判断した時だけです」


 あー、まあ私ヘビなんでプライベートとか見られても特に問題ないというか。基本的に誰かにお菓子とかもらって餌付けされてるだけなので……実はトイレもしないんですよ。どうなってるんだろうこの身体。自分でもよくわからない。

 という事で、いいですよ~と頷くと、ほっとされた。


「それじゃあ名づけを行うので手を出してもらえますか?」


 なづけ? っていうと、名前を付けるという事? 私、一応名前あるんだけど。

 ブンブン横に首を振ると、へにょりとヨルンさんの眉が垂れた。


「やはりやりたくないですか?」


 あ、違う違う。そうではなくて、私名前があるんですよ。

 えーっと、木の板は。と、テーブルに飛んでいって、そこに置いてある木の板に木炭で「名前あるよ」と書く。

 後からきたヨルンさんはそれを見て、ちょっと残念そうな顔をした。何故に?


「名前があるのですね。という事は、既に誰かと使い魔契約を行った事があったのですか」


 え? いや、ないけど。ないよ、と書くと驚かれた。


「名づけをしていないのに、名前がある?」


 うん。と頷くと口元に手を当ててヨルンさんは考え込んでしまった。ひょっとしたら魔物には名前が無いのかな? おーいと目の前に行って、小さい手を振ってみると視線が合った。


「……あなたは、フェザースネークですか?」


 いや、たぶん違うと思いますけど。でも何かと問われてもなぁ……

 ちょっと考えて木の板に書いて見せると、苦笑された。


「人になんと呼ばれているのか知らない。それはそうですよね……」


 残念ながら精霊という綴りがわからない。精霊だよと伝えられれば早いのだろうが。


「……いえ、そうですね。やはり名づけにしましょう」


 少しの間考えていたヨルンさんは頭を振ってそういった。


「おそらく、その名前というのはあなたの真名です。無暗に他人教えていいものではありません」


 そうなんだ……母様、安定の説明不足ですよ。


「それでは手を貸していただけますか?」


 はーいと差し出されたヨルンさんの手に、ちょんと自分の手を乗せる。ヨルンさんはそっと私の手を握ると、目を閉じた。その瞬間、ふわりと薄い白光がヨルンさんから広がった。なんだかヨルンさんのいい匂いも一緒に広がったような気がする。太陽の下を吹き抜ける草原の風のような、ハッキリとした匂いではないのだが心が休まるようなそんな匂いだ。

 こんなフレグランスの洗剤があったら使っただろうな。と、犬のごとくクンクンしそうになる自分を戒めていると目を閉じたままヨルンさんが口を開いた。


「契約の掟に従い、汝に名を授ける。汝の名はレフコース


 名前を言った瞬間、ピンと私からヨルンさんに何かが繋がったのがわかった。例えるなら糸電話のような? 額の辺りからこう、ぴーんと糸が張っているような感じだ。だが、ヨルンさんが目を開けるとそれも消えた。あれかな? ヨルンさんが見ている時だけの感覚だとか。

 それにしてもレフコースって、びっくりだ。日本の漢字に直したら、それが私の名前になる。いやでも私全身白いし、犬に白と名付けるようなものか。そう考えるとヨルンさんの名づけってわりと安直?


「……名前、気に入りませんか?」


 あ、いえいえ。反応しなかったのは驚いていたからです。

 ブンブン首を横に振ると、ほっとした顔をするヨルンさん。


「それではレフコース。よろしくお願いしますね」


 はい、と手を上げると嬉し気に微笑まれた。

 美人さんの笑顔、眼福だわぁ。

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