第11話 闇市の長引く後処理(ヨルン視点)

 ふと窓の外の音に目をやれば、この時期にしては珍しく雨が降っていた。暗くなる外の様子に、部屋へ置いてきたフェザースネークは大丈夫だろうかと丸くなって眠る姿が頭を過った。


「どうした?」


 都からの連絡を聞いていた私はダルトに聞かれ、我に返る。


「あいつが気になるのか。随分と懐かれたもんな?」


 揶揄うように言うダルトに溜息をつく。

 こいつは私が近づきたくても近づけない事を知っているだけに、今回の事が相当面白いらしい。いちいち取り繕う事をしない男だから楽ではあるが、こういうところは面倒だ。


「おそらくレアで潜在的に魔力が高いのでしょう。だから私の魔力に恐れないのだと思いますよ。それよりも証拠の召喚とはどういう事ですか」

「どうもこうもない」


 砦に唯一ある執務室の机に行儀悪く足を乗せて、椅子にもたれるダルトは天井を仰いだ。


「あいつらはあの非合法売買の場を希少種保護の場だったと主張しだしたんだよ」

「そんな言い訳がまかり通るわけがないでしょう。押収したクレリナもあるというのに」


 あり得ない話にダルトの傍に控えているゲイツ副隊長へと視線を向けると、二十八という年の割に老けた顔で頷かれた。


「ヨルン隊長のおっしゃる通りです。普通ならばそのような世迷い事など通る筈がありませんでした」

「何があったのです」

「捕らえた者の中に、チェスター家の嫡男がいたのはご存知ですか?」

「知っていますよ。ですが今回のような事があればいくら侯爵家の嫡男といえど廃嫡になるのではないですか? あの当主が許すとは思えないのですが」


 チェスター家は現王妃の実家だ。当主は王妃の兄で高齢だが今も尚矍鑠かくしゃくとしており少々老獪ではあるが、一般的な貴族そのもののような御仁だ。親子の情よりもチェスター家当主としての判断を優先する筈だが。


「と、俺も思っていたんだがな」


 ため息をついて、ダルトはゲイツ副隊長に説明しろと顎をしゃくって見せた。


「残念ながら、廃嫡にしたくないようなのです。

 チェスター家は現在後継者がその嫡男しかいないようなのです」

「……確かに子は一人だったと記憶していますが、それなら一族から養子を取ればいいでしょうに」

「それも検討されたのでしょうが、残念ながらちょうどいい年ごろの者がいないようなのです。当主の年齢を考えればあまり幼いと継承時に他の家から舐められる不安が残るでしょうし、かといって丁度いい年齢の者は婚約済みや他家の後継者として決まっていたりと……おそらく今回の事をしのいで形ばかりの継承を行い、実権は配下に握らせ孫を育てさせる気なのではないかと」

「なるほど……」


 溜息が出た。心の底から厄介なと思う。


「だからな、あいつを連れていって目の前で見せるのが手っ取り早いんだよ」

「中央の好き者が多い場に、わざわざあの希少種を連れて行くのですか」


 フェザースネークなど、数十年に一度その姿を確認されればいいとされるぐらいの希少種だ。見つけた者は巨万の富を得るとも願いが叶うとも言われ、欲する者は後を絶たない。しかも、あのフェザースネークは目の色が金のレア。観衆の目に晒されればその希少性の高さに欲しがる者が絶対に出てくる。


「しょうがねーだろ? あいつがクレリナの影響を消しちまったんだから。違法薬物を使われていたって証拠が出せないんだよ。だったらあいつにもう一度クレリナの影響を消させるしかない。幸いあいつはかなり知能が高い。こちらの話も理解しているからお前が言えばやるだろ」

「そんな見世物をすれば塔の連中は飛び上がって喜ぶでしょうね」


 自分でも低い声が出たのがわかる。

 ダルトは面倒臭そうに頭を掻いているが、あれらの執念深さと陰湿さは誰よりも私が知っている。捕まれば二度とあのフェザースネークは空を飛べなくなるだろう。


「ヨルン隊長。懸念はわかります。しかし、そうしなければ今回の捕縛事態が誤りだったという事にされかねないのです」


 そうなれば目の前のダルトも自分もどうなるかわからない、か。誤りで侯爵家の次期当主を捕まえたとなればそれはそうだろう。

 良くて降格。ダルトは爵位返上になるかもしれないし、私の場合は塔の奴らが手ぐすね引いて待っていそうだ。ダルトは爵位などどうでもいいと思っていそうだが、私はさすがに塔の奴らのところへは行きたくない。

 取りなす様に言ったゲイツ副隊長に舌打ちしそうになるのを抑え、息を一つ吐く。

 そもそも、事前連絡なしの捕り物に否を唱えるべきだったのか……いや、その場合あのフェザースネークは間違いなく売られ、人間の手に落ちていただろう。

 こちらを見上げて首を傾げる姿を思い出し、ぐっと拳を握りこむ。そんな事例え可能性だったとしても許せそうにない。


「……わかりました。ただし、私も参ります」

「ぁあ? お前が?」


 ダルトと、横のゲイツ副隊長が目を見張る。


「よろしいので?」


 控えめに確認してくるゲイツ副隊長に仕方がないと首を振る。


「塔や宮廷魔導士に、ダルトやあなたでは太刀打ち出来ないでしょう」

「確実に手を出してくると決まったわけじゃないだろ」

「確実ですよ。あんな人懐っこいフェザースネークなどいいようにしてくれと自ら首を差し出し、どうぞ捕まえてくださいと宣伝して回るようなものです。塔はあの希少性から、宮廷魔導士はステイタスとして欲しがる事請け合いです」

「ですが……折り合いは大丈夫なのですか?」


 やはり控え目に確認してくるゲイツ副隊長に溜息を通り越して苦笑が漏れる。


「折り合いも何も、ただ向こうは私を潰したいだけですからね。こちらは興味もないので無視するだけです」


 宮廷魔導士長の座などどうでも良いし、都に未練も無いのだが。あれらにそれを言ったところで理解出来るような思考回路を有していない。言うだけ無駄ではあるが、どうにかならないものかとは思う。


「はぁ……じいさんが居た頃はもうちょっとまともだったのになぁ」


 私の養父ちちの事を思い出したのか、懐かしむように頭の後ろに腕を回すダルト。


「その関係者は今やこの砦に押し込められていますからね」


 ため息交じりに同調するゲイツ副隊長。

 魔導隊の副隊長のフォルツや、その部下のバートを始めとした魔導士達の事を言っているのだろう。確かに、あの当時養父に師事していたものはこの砦に多く集まっている。


「あいつらがここを何て言ってるか知ってるか?」

「墓場でしょう? 知っていますよ。例年魔物の討伐で被害が大きかったが砦ですからね。残念ながら我々がここに赴任してきてから亡くなった者はいませんが」


 それがまた気に食わないのだろう。なんとも稚拙な考えだ。


「俺らが魔物にやられて死ぬのを待ってるって、消極的な奴らだよなぁ」

「あなたに正面から立ち向かうような者は余程の馬鹿か世間知らずでしょ」


 二の刃要らずと言われ、一撃で全て蹴散らす化け物のこれとまともにやり合える人間はこの国にいない。これを国防の要に置いておかない上はどういう神経をしているのか……さぞやあの人も苦労している事だろう。


「俺だけみたいな言い方はやめろよな。お前だってそうだろうが」

「私はただ魔力が高いだけです。あとは他の魔導士と同じですよ」

「嘘つけ。詠唱破棄やら発動短縮やらで接近戦で戦える魔導士なんてお前ぐらいだろうが」

「修練不足なだけです。誰でもできます」

「言ってろ」


 はーっと盛大にため息をついてダルトは足を机から降ろした。


「で、お前が行くってのは本気なんだな?」

「ええ。それと、安全策として使い魔の簡易契約を結びます」


 一応指輪をつけているが、あれは魔導士が外そうと思えば外せる。だが使い魔契約をしておけばあの子の位置が常にわかるし、何か危険が迫ればそれも感知出来る。


「はあ? 契約なんぞ結んだらお前の魔力に耐え切れずに壊れるだろうが」

「そうならないように簡易契約にするのです」


 ダルトはあぁもうと面倒そうに身体を机に投げ出した。


「出来るんならやっとけ。保護した奴との使い魔契約については期限付き、特例として俺が許可する。どうせバレやしないだろうがな」


 それはそうだろう。あれは使い魔と主とのラインを作るだけのもので他人にそれを知られるようなものではない。

 だが一応とはいえ正式に国境警備隊長のダルトから許可が出るのならそれに越したことはない。基本的に保護した希少種を私物化するような事はご法度だ。


「出立はいつですか」

「あちらは急ぐようにと。ですがこちらにも仕事がありますからと言って猶予を二日頂きました」


 落ち着いた声でゲイツ副隊長は言うが、よくもまぁ都の奴ら相手にそれだけの猶予をもぎ取ってきたなと感心する。後先考えないダルトの副隊長はこの人しか出来ないだろう。少なくとも私では無理だ。

 承知しましたと執務室を出て、息をつく。

 あれこれと考えていても事態は好転しない。取れる対策を取っていくしかないと頭を切り替えて部屋へと戻ると、フェザースネークはまだ眠っているようだった。

 くるくると身体を巻いて身体の中に頭を潜り込ませる姿についつい笑ってしまう。

 ベッドに腰かけ、柔らかな毛並みの頭をそっと撫でると小さく「ぴぃ」と鳴いて頭をすりつけてきた。起こしてしまったかと思ったが、無意識だったようだ。まだ寝ている。

 昔、人の事があまりに信用できなくて動物なら自分を裏切らないのではないかと思った時期があった。だが、すべからず逃げられ怖がられ、子供心にも自分は何からも愛されない存在なのかと軽く絶望した。

 それは養父が否定してくれたが、やはり記憶に残る映像は頑固に心にこびりつき、どこか冷めた気持ちが残っていた。

 それがこんな今頃になって……。このフェザースネークは最初から恐れる様子など見せず、それどころかダルトから隠れるように引っ付いてきた。珍しい個体だと思っていたが、気づけば文字を理解し、さらには私の仕事を減らし食事をとるように促した。

 本当は味などもうほとんどわからないので、食堂で食べようが保存食を食べようが変わらないのだが……おねだりするように言われ気づけば頷いてしまっていた。

 夜も偶に昔の事がフラッシュバックして落ち着かないのだが、近くに小さくて柔らかなそれがいると不思議と落ち着いて眠れるようになっていた。

 人間の事をよく知っているようなのに、その割には警戒心が無い。知能が高く賢い筈なのに、どうもアンバランスな子で……だからだろうか、可愛く思ってしまったのは。まさか自分に可愛いと思う気持ちが残っているとは自分でも思わなかったが。

 どうにか無事に解放してやりたいものだが……

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