21回降臨に失敗した恐怖の大王

乙島紅

21回降臨に失敗した恐怖の大王


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1999年7か月、

空から恐怖の大王が来るだろう、

アンゴルモアの大王を蘇らせ、

マルスの前後に首尾よく支配するために。


――ノストラダムス『予言集』より

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 実際には恐怖の大王が降臨することなく、無事21世紀が幕を開けたことは周知の事実である。


 だが、その裏で恐怖の大王が何度も降臨を画策していたにも関わらず、失敗していたということは未だあまり知られていない……。




 ***




 1999年、7月――。


 恐怖の大王はGLAYの大ファンであった。

 7月31日に幕張で結成10周年を記念した野外ライブが行われる。

 人類を滅亡させる使命はあれど、その前に彼はGLAYの熱いパフォーマンスを見届けたかった。

 こっそり人間に扮し、20万人もの規模を動員したというライブで彼はGLAYに声が枯れるまで声援を送った。

 その後、ファン同士のアフターに参加していたら、いつの間にか24時を超えていた。終電も無くなっていた。ヤケになって仲間たちと共にカラオケ屋に乗り込み、音痴な彼は宴会芸として仕込んでおいた「だんご3兄弟」を熱唱した。


 人類は無事1999年8月を迎えることとなった。




 2000年、7月――。


 恐怖の大王は少し浮かれていた。夏祭りで買った「2000」の形をしたチープなサングラスをかけてみたり、この年発行された2000円札をへそくりとしてこっそりタンスの奥にしのばせてみたりした。

 21世紀も悪くない。だが、昨年機会を逃してしまったぶん、今年こそは使命を果たして人類を滅亡させなければ。

 決意を固めるも、とある新聞の見出しが彼の目を引いてしまう。

『高橋尚子、シドニー五輪会場へ』

 Qちゃんの勇姿を見届けたかった彼は、長年連れ添ったブラウン管テレビに別れを告げて、新たに薄型プラズマテレビを購入。オリンピック開催までそわそわして過ごした。


 人類は無事2000年8月を迎えることになった。




 2002年、7月――。


 恐怖の大王は参っていた。昨年9月に発生したアメリカ同時多発テロで人類は自ら滅亡への一歩を踏み出したからである。

 公園や駅からは徹底的にゴミ箱が姿を消し、世界中で何やら一触即発の不穏な気配が漂っている。

 こういう時は現実逃避に限る。

 恐怖の大王は昨年開園したばかりのディズニーシーのチケットを握りしめ、舞浜に向かった。


 人類は無事2002年8月を迎えることになった。




 2005年、7月――。


 恐怖の大王はクールビズデビューした。

 最近は温暖化が進みすぎて、空から降臨するにもオゾン層の守りが薄ければ太陽のダメージを直接食らってしまう。環境意識を高く持つことは重要だ。


 人類は無事2005年8月を迎えることになった。




 2009年、7月――。


 恐怖の大王は突如使命を休まなければいけなくなった。

「もしもし、アンゴルモア大王ですか? すみません、今年も人類滅ぼせそうにないです。理由は言えないんですけど、急遽予定が入っちゃって。本当に! 仮病とかじゃないけど言えないんです! 信じて!!」

 まさか裁判員制度が世界を救うことになるとは、ノストラダムスさえも想像できなかっただろう。


 人類は無事2009年8月を迎えることになった。




 2016年、7月――。


 恐怖の大王は運動不足解消のためポケモンGOを始めた。最初に出てくるヒトカゲ、フシギダネ、ゼニガメを無視するとピカチュウが出てくるという裏技は後から知ってショックを受けた。


 人類は無事2016年8月を迎えることになった。




 2019年、7月――。


 恐怖の大王は引退を考え始めていた。天皇陛下が生前退位をご決定され、人気アイドルグループの嵐までもが活動休止を発表する。平成の終わりとともに一斉を風靡した人々が自ら退く姿に、恐怖の大王の脳裏には有終の美という言葉が浮かんだ。

 自らも引き時ではないだろうか。考えている間に夏は過ぎていく……。


 人類は無事2020年8月を迎えることになった。






 さて、勘のいい人はすでにお気づきだろうか。

 2019年7月をもって恐怖の大王の降臨失敗は21回目となる。

 2019-1999+1=21 だからだ。

 では、22回目はどうだっただろうか。

 それは読者の皆さんのご想像にお任せしようと思う。




〈おわり〉


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21回降臨に失敗した恐怖の大王 乙島紅 @himawa_ri_e

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