二十一回目の告白

流々(るる)

KAC-20217

 窓から差し込む柔らかな光が春本番を告げている。今週末は百済菜くだらな市の名物である菜の花も満開になるだろう。市立中央公園では桜との共演が見られるかもしれない。

 事務所の壁に掛けてある年代物の時計へ目をやると二時になろうとしていた。

 そろそろ美咲さんが依頼者を連れてやって来る。

 そういえば先輩は美咲さんを中央公園へお花見デートに誘ったのかな。彼女が行きたがっているのに先輩はまったく気付かないから、みかねてはっきりと伝えたんだけれど。

 どうして恋人のいない僕が心配をしなくちゃいけないのか。でも手間のかかる二人だから仕方ない。


「先輩、もう美咲さんが来るころですよ」


 奥のミニキッチンで珈琲を淹れているのが武者小路 耕助さん。この探偵事務所の所長に声をかけた。


「ああ、そう。もうすぐドリップが終わるから、お客様が来たら鈴木くんが用意してくれる?」

「分かりました」


 そこへノックの音が三回響いた。時間に遅れたりしないのは、さすが。


「こんにちは、鈴木さま」


 扉を開けると白ブラウスにベージュのスカート、紺のピーコート姿の美咲さんが両手を前にそろえてお辞儀をした。自称、先輩のフィアンセという彼女はこの探偵事務所の一員も同然な、名門・豪徳寺家のお嬢様。ただ、僕と先輩が禁断の関係ではないかと疑っているちょっと面倒な一面もある。

 その後ろで頭を下げたのが今日の依頼人か。美咲さんの後輩だって聞いていたけれど、ショートカットにデニムのパンツ、ざっくりとしたセーターとカジュアルな感じのおとなしそうな女性だ。

 中へ案内してソファを勧めてから、ミニキッチンへ向かった。


「耕助さま、こちらがお電話でお話した波多野 奈未なみさんです」

「波多野です。よろしくお願いします」

「武者小路です。先ほど案内したのが鈴木です。それでご相談というのは?」


 波多野さんは美咲さんが大学時代に所属していた謎解きサークルの後輩とのこと。相談というのは、彼女の同級生で同じサークルに所属している阿久根という男性に関することらしい。


「先週の木曜日が私の誕生日だったんですけど、阿久根君に呼び出されて……」


 そこで波多野さんが言い淀んだ。


「今日で二十一回目の告白だから、これで最後にする! って言って封筒を渡してきたんです」

「そんなに告白されていたんですか⁉」

「それが……」


 僕の質問に言葉を濁した波多野さんに代わって、美咲さんが応える。


「奈未さんは身に覚えがないんですって。阿久根さまのことはわたくしも存じていますけれど、とてもまじめな方で軽いノリで告白するような人ではないんです」

「阿久根君とは二人だけで話したことも少ないし、思い出してみても動物園が好きとか、美味しいケーキを食べに行きたいとか、旅行に行くならどこがいいとか、そんな話くらいしか」


 初めは波多野さんが先輩並みに鈍いのかと思ったけれど、どうやらこれは阿久根さんの方に問題がありそうだな。この人にとっては「一緒にケーキを食べに行こう」というのが告白のつもりだったんだろう。


「それで、その封筒の中には何が入っていたんですか」

「これです」


 先輩の問いかけに、波多野さんがバッグから一枚の紙を取り出した。

 広げると一センチ方眼の罫線へ丁寧に横書きされた文字が並んでいた。



 二十一回目を割り切り

 今の僕の気持ちを贈る


 カモナベハ   アナタノコ

 イドホルト   カニラジオ

 コンナボク   イトヲオル

 ニナリッチ   イマステヨ

 モトキデモ   モッテイル



「またこれは、どう見ても暗号ですよね」

「謎解きサークルのメンバーだからね」

「奈未さんに解いて欲しいという思いも込められているんじゃないかしら」


 のぞき込んだ三人の視線が波多野さんに集まると、彼女はソファの背もたれに体を預けてあごを軽く引いた。


「もちろんわたしも挑戦したんですけど、邪念というか、阿久根君のことが頭をよぎってしまって一向に解けなくて」

「それで私に相談ということですね」

「はい。美咲先輩のお知り合いだと聞いていたので、ダメもとで美咲先輩に相談してみたんです」

「耕助さまならばすぐに解いてくださるからって、お連れしたんですよ」


 なぜか先輩よりも美咲さんの方が得意気にしている。


「よし、それじゃ各自で考えてみよう。波多野さんもよかったらもう一度。気分も変わって新しいひらめきがあるかもしれませんよ」


 そう言うと、先輩は手帳を取り出して考え始めた。

 僕もノートを取り出して暗号文を書き写す。

 まずは変換、が暗号解読の基本と教わったけれど今回はすべてカタカナになっている。逆に漢字も使ってみたらどうなるだろう。


 鴨鍋は あなたの子

 井戸掘ると 蟹ラジオ

 こんな僕 糸を折る

 ニナリッチ 今捨てよ

 元木でも 持っている


 余計に意味不明な文になった。これは違うな。漢字だけ抜き出しても、仮名だけ残してみてもピンとこない。


「これって十文字が五行あると考えればいいのかしら。それとも前のブロックと後ろのブロックで分けた方がいいのか……」

「それはいい着眼点ですよ、美咲さん」


 その上から目線はひょっとして。

 先輩を見ると愛用のペンにキャップをかぶせている。


「もう解けちゃったんですか⁉」

「うん。普通の探偵と違って、私は探偵だからね」

「それじゃ答えを教えて下さい」


 嫌味にも受け取れてしまう先輩のいつもの言葉セリフを気にするそぶりも見せず、波多野さんが身を乗り出した。


「いや、もう少しみんなで考えてみてください。できればあなた自身で解いた方がいい」


 そう言われて、波多野さんももう一度手に持った紙を見つめる。


 さっき先輩が美咲さんへ言ったように、前後のブロックで分けて考えた方がいいみたい。

 縦読みなのかなぁ。それぞれの一文字目は「解雇にも」「赤い芋」、これは愛の告白には程遠い。五文字目の「歯と口も」「凍る夜」、こちらの方がまだましかもしれないけれど。


「先輩、ヒントは……」

「もぉ、いつも言ってるでしょう。出題者だってヒントは必ず残しているんだよ。この謎にもはっきりと書いてあるじゃないか」


 ヒントが書いてある⁉ ……二十一か!

 二十一回目の告白と聞いていたせいで、そこは注目していなかった。ヒントらしいものと言えばこれしかない。

 でもこれをどう使って解けばいいのか。二文字目、さらに十文字目、さらに一文字目、と字を拾い出してみるのはどうだろう。さらに続けて二、十と行けば二十五文字目、つまり五文字×五行の最後の文字できっちり終わる。これは正解なのでは!?

 前のブロックがモンナクモ、後ろのブロックがナトヲルル、あとは並び替えかな。


「三と七」


 波多野さんが小さな声で言った。


「そうです! あなたの名前を考えれば……」


 先輩が身を乗り出して、波多野さんを見つめる。

 何だよ、三と七って。波多野さんの名前はたしか……奈未さんだっけ。


「解けました」


 顔を上げた波多野さんが静かに言った。

 先輩は大きく息を吐き、微笑んでソファにもたれかかる。


「わたくしも分かりました」


 美咲さんは波多野さんへ微笑みかけた。

 ちょっと待って、マジですか? 僕、おいてきぼりなんですけれど。


「あのぉ……僕だけ分かっていないようなので説明してもらってもいいですか」

「ヒントは最初の一文『二十一回目を割り切り』だよ」


 先輩が説明を始めてくれた。


「この文、少しおかしくないかな? そもそも二十回目ならまだしも、二十一回目で割り切るって。それに『二十一回目』と書いてある」


 たしかに。言われてみればそうだ。


「文の通り、二十一を割り切る数字を見つければいいんだよ」

「それで三と七なのかぁ」

「波多野さんの名前は奈未、おそらく語呂合わせで七三なみ。最後はこれをどう使うか。七文字目、さらに三文字目と抜き出してみたけれど意味を持つ語句にはならない」


 僕のアプローチ方法はありだったんだ。せめてもの救い。


「そこで、これが十文字の一行ではなくて五文字×五行のブロックに分けられたものじゃないかと考えてね。それぞれのブロックが一字を表すとしたら?」

「前のブロックが七、後ろが三ですね」

「書き順通りに文字を追ってみると……」


 ノートの文字を目で追っていく。

 こんな僕もどんな時でもコンナボクモドンナトキデモあなたのことを想っているアナタノコトヲオモッテイル

 七の重なるところを二度読むのと、三の真ん中は短めにするのがミソか。なるほど。


「きっと阿久根さんはこの謎解きのために『二十一回目の告白』だなんて言ったんじゃないかな」

「いや先輩、それは違うと思います。波多野さんには伝わっていなくても、彼としては精いっぱいの告白をしていたはずです。誕生日に二十一回目となるように」

「わたしもそう思います。まじめな阿久根くんなら嘘はつきません」


 波多野さんが謎解き文に目を落として微笑んだ。彼女も阿久根さんに好意を持っていたのかもしれない。


「鈴木くんが言うなら間違いないね。何せ鈴木くんは相手の思いを感じ取る達人だし。美咲さんが中央公園に行きたいってことまで見抜いちゃうんだから」


 あちゃー。先輩、ひとこと余計です。そこは言わなくてもいいこと。

 美咲さんも複雑な表情になっちゃったし。

 でも、これで僕への疑いが少しでも晴れるなら結果オーライだな。




―― 了 ――

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