21回目のデスゲーム【KAC20217】

冬野ゆな

第1話

 堅い床の感触に、身じろぎする。

 小さく呻きながら、俺は目を覚ました。


 目の前に見えたのは白灰色の床だった。床は冷たく、自分が倒れていた場所がくっきりとわかるほど。ずいぶんと同じ姿勢でいたのか、動こうとすると体が痛んだ。なんとか体を起こす。


「い……っててて」


 掠れたような声しか出なかった。

 喉はからからで、口の中は乾ききっている。

 ようやくあたりを見回すと、見覚えの無い部屋に驚いた。


 ――な……なんだ……。どこだ、ここは!?


 六畳一間の真っ白な部屋は、窓ひとつ無かった。真っ白なベッドが一つきり。誰かが座った跡がある。天井付近にはスピーカーのような円形のもの。なんとか立ち上がろうと床を指が這った時、指先が何かに触れた。注射器だった。

 途端に全身が怖気だった。ベッドの下にはゴミ箱が隠されていて、そこには沢山の注射器が捨てられていた。ぞっとして自分の体を確認する。真っ白な手術着のような服。ゆっくりと左腕を捲り上げると、注射の跡が残っていた。

 そもそも俺は自分が誰で、ここが何処なのかも忘れきっていた。混乱した頭で茫然としていると、不意にスピーカーからぶつぶつと音が聞こえてきた。はっとして見上げる。


『あー……あー。聞こえるかい? 聞こえているのならそのまま聞いてくれたまえ』


 どこかで聞いたような事のある声だと思った。


「……な、なんだ……だれだ?」


 なんとか声を上げたが、掠れたような声しか出なかった。


『きみにはこれからゲームをしてもらう。一歩間違えれば死が待っている。死のゲームだ』


 なんだって?

 死のゲームだと?


『きみには記憶が無いと思うが、きみはこれまで二十回のゲームを生き延びてきた。これが二十一回目だ』


 思い出そうとするが、記憶が無い。


『さあ、二十一回目も生き延びてみせろ。そこから脱出してみせろ。そして俺のところにたどり着いてみるんだな……』

「ま、待て!」


 掠れた声で言ったが、ふつふついう音も途切れてしまった。

 クソッ、俺をこんなところに閉じ込めたのもあいつの仕業か。


 ブーンという音がして、扉らしきものが開いた。昔のSF映画でしか見ないような扉だ。これでゲーム開始ってか。

 恐る恐る外にでてみると、廊下が続いていた。廊下は部屋と同じく真っ白。天井の灯りは生活感がほとんど無い。その廊下には、テープで矢印が書かれていた。まっすぐすすめってことか。

 しばらく進むと、「1」と書かれた扉が見つかった。下の矢印と同じテープだ。なんでこんなところはお手製なんだ。扉を開けると、中にはテーブルが置かれていた。

 テーブルには紙が一枚。


『正しい場所を開けろ』


 ……なんだこりゃ。

 部屋の中を見回すと、いろいろと開けれそうな棚や引き出しがあった。つまりこれを、なんとかしろっていうんだな。それから俺はヒントを探したり、ヒントをいじり回してみたりしながら、なんとか正解の引き出しをこじ開けた。中には「2」と書かれたカギが入っていた。

 ……たぶんこういうのがずっと続いていくんだろう。


 それから俺は、謎を解いたり、解く為に置かれた本から知識を入れたりしながら、ひとつひとつ進んでいった。簡単なものもあれば、体力を必要とするものもあった。基本的にはこの白い部屋の謎を解くタイプだが、危険な場所もあった。

 一度なんて、扉を開けた瞬間ナイフが飛んできたこともあった。危うく死ぬところだ。爆弾の解体をさせられたこともある。巨大な何かの動力炉のようなものの周囲を、ロープ一本でどうやって渡るか考えたときは、冷や汗が流れた。いったいどこなんだ、ここは。


 ――いつまで続くんだ……。


 緊張感とともに、ここがどこなのか気になってくる。しかもいままで矢印の通りに歩いてきたが、それ以外にも通路はあるらしい。

 ふと、廊下に貼られた矢印から外れてみた。こっちにはいったい何があるんだ。

 扉にはのぞき窓がついていて、中を見られるようになっていた。そろそろと硝子の向こう側を覗き込む。


「うわっ!」


 思わず声をあげてしまった。扉の中には死体が山積みになっていた。

 そのほとんどがミイラになっている。


「ま、まさか……」


 ゲームに失敗するとこうなっちまうのか。

 扉を開けようとしたが、どうやらカギが掛かっていて開かなかった。


 なんだ。

 いったいなんなんだここは。

 俺はいったいどこにいるんだ。


 この謎を解くには、俺を閉じ込めたあいつのところにたどり着かないといけないのか。

 俺は決意を新たにして、道を別れたところまで戻った。


 それからしばらくして――。


「ここかっ!?」


 俺は苛立ち紛れに声をあげて中に入った。

 最後の扉には、矢印だけが書かれていたからだ。

 中は、巨大なモニターのようなものがいくつも設置された部屋だった。その下には何かの機械があるが、椅子はひとつきり。監視部屋だろうか。

 人の気配は無い。

 あのふつふつ音が聞こえてくると、ぶつんという音が響いた。


『よくきた』

「おまえ……どこにいるんだ!? いい加減姿を現せ!」

『最後のゲームだ』

「……なんだと……」

『この部屋の入り口付近にある、ヘッドホンを付けられるかどうか。そのときお前は真実を知るだろう』

「勝手なことばっかり言いやがって。絶対に俺はここから出てやるからな! 二十一回目だと? 二十二回目は無いってことを、思い知らせてやる……!」

『さあ、真実を知りたければ……付けてみろ』


 俺は視線を巡らせた。

 部屋の扉の横には、人ひとりぶんが入れる装置のようなものがあった。何らかの機械に入って、ヘッドホンを付ければいいようだった。俺はふつうのヘッドホンのようなものを想像していたが、頭をぐるりと囲む作りになっている。

 恐る恐る、ヘッドホンを付ける。それから、俺は機械のベッドの中に入った。


 すると突如機械に拘束され、俺は呻いた。


「ぐううっ……!」


 あまりのことに悲鳴をあげる。


『――DNAを確認。船内E-122543と一致しました。記憶セーブデータを読み込み。3...2...1。記憶ロード完了。インストールします』

「な、なに?」


 その声は女性のものだったが、どこか機械的だった。

 途端に、俺の中に記憶が流れ込んできた。


「うっ!? ……そ、そうだ……俺は……」


 そのとき、全ての記憶が流れ込んできた。


 この船は地球から出発した移民船だった。貴族や金持ちのものとは違って、多くの人間をぎゅうぎゅうに詰め込んで冷凍睡眠させるものだ。船員は都度ランダムに起こされ、一年間交代で船の雑務をこなすのだ。

 船は移民星に着くまで止まらない。

 船員のほとんどは移民星に着くまで、長い時間を冷凍睡眠で過ごす。……はずだった。


 しかし、事故は起こった。俺が起きたときには冷凍睡眠のほとんどが壊れ、中でミイラ化したり死んでいた。俺は生きている人間を探して歩いた。生命活動の停止を示すランプが虚しく点いたものばかり。広い船内をどれほど探そうと、鼠一匹見当たらなかった。

 俺はこの巨大な宇宙船の中で、一人きり。最初のうちは娯楽用に詰まれた本やゲーム、運動に至るまであらゆることをした。それでも本を読み切り、ゲームをクリアし、同じ運動サイクルに飽きると、わけもわからず喚いた。叫び、むせび泣き、壁を殴っては転がり、茫然とするのを繰り返した。発狂寸前だった。

 だがそんな中で――俺は迷い込んだ動力炉の中で、足を踏み外してしまったのだ。


「う、ううううっ……」


 必死に捕まりながら、俺は呻いた。


 ――死にたく……ない。


 絶望の中でも覚えた恐怖。

 それは、俺の中で生に対する執着心を呼び起こすのに充分だった。


 俺は正気を保つために、自分の記憶を消してゲームをすることにした。

 ここには、薬の類も多く保管されていた。幸いなことに、それらの幾分かはまだ生きていた。俺は何度かテストを行い、罠をセッティングした。

 そうしてイチから学ぶことの楽しさ、生きる上での脅威を、人為的に作り出すことにした。


 俺だけしかいない、デスゲーム。


 俺が死ぬまで続く、記憶を消したゲームだ。


 あの声は、俺の声だ。


 記憶が戻ってくると、俺は目の前に広がるモニターを見た。

 映し出されたのは、真っ暗な空間だった。ときどき船によって照らし出される星々が、虚ろに漂っていた。







『あー……あー。聞こえるかい? 聞こえているのならそのまま聞いてくれたまえ』


 どこかで聞いたような事のある声が、スピーカーから流れる。


「……な、なんだ……だれだ?」


 なんとか声を上げたが、掠れたような声しか出ない。


『きみにはこれからゲームをしてもらう。一歩間違えれば死が待っている。死のゲームだ』


 なんだって?

 死のゲームだと?


『きみには記憶が無いと思うが、きみはこれまで千二百七十一回のゲームを生き延びてきた。これが千二百七十二回目だ』


 思い出そうとするが、記憶が無い。


『さあ、千二百七十二回目も生き延びてみせろ。そこから脱出してみせろ。そして俺のところにたどり着いてみるんだな……』

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