21本目のサメ映画

武州人也

マーダーシャーク21 終末のシャークデミック

 2021年のクリスマスも一人ぼっちで過ごすことになった私の住まいに、一本のDVDが届いた。いそいそと包みを破り、ケースを覆うビニールを剥がした。


「マーダーシャーク21 終末のシャークデミック」


 おどろおどろしい字でタイトルが印字されたディスクを取り出し、DVDプレイヤーに挿入した。このシリーズもとうとう21作目と考えると、何だかしみじみとした気持ちにさせられる。


 ごく一部の映画ファンに熱狂的な人気を誇るアメリカ発のサメ映画「マーダーシャーク」シリーズ。その一作目である「マーダーシャーク」は2001年に公開され、それ以降一年に一作というハイペースで作品が公開され続けている。まさに21世紀という時代とともに歩んできたシリーズだ。

 このシリーズがコアなファンを抱える理由は、その突飛な発想による。以下、作品ごとの簡単な特徴を書き連ねていこうと思う。


 初代「マーダーシャーク」は、南アフリカを舞台に巨大人食いホホジロザメと漁港の人々が戦う、オーソドックスなサメ映画だ。タイトルにナンバーが付かないことから、ファンの間では「無印」と呼ばれることもある。

 「マーダーシャーク2」は、ミシシッピ川を舞台にしている。淡水環境に生息できるオオメジロザメが主役のサメ映画だが、内容は初代同様オーソドックスで、特に変わったところのない普通のサメ映画だ。大きなアリゲーターガーをそれより巨大なオオメジロザメが捕食するシーンは圧巻の一言。

 「マーダーシャーク3」は沖縄の美しい海を舞台にした映画だ。日本でロケが行われたのはこの作品が唯一である。登場するサメはイタチザメ、オオメジロザメ、レモンザメの三種で、サメ同士の戦いも見ることができる。

 「マーダーシャーク4」は、湖をのぞむアメリカの田舎町をオオメジロザメが襲う話だ。シリーズでは最も地味な作品と評され、ファンの間から「もうネタ切れではないか」という声も聞かれた。合計21作品も作られるシリーズになろうとは、この時誰も想像していなかったであろう。

 「マーダーシャーク5 フライング・タイガーシャーク襲来!」。ここからシリーズが妙な方向にハンドルを切り出す。米海軍によって遺伝子改造を施され飛行能力を得た「飛行イタチザメフライング・タイガーシャーク」が軍施設から脱走し大暴れするという奇天烈な作風は、シリーズを追ってきたファンを大いに驚愕された。実は作品そのものの評価も高く、「マーダーシャークは5が一番面白い」と語るファンも少なくない。

 「マーダーシャーク6 ファイヤーシャークの恐怖」は、ソ連海軍の兵器として生み出された火を吐くホホジロザメが米軍と戦うという内容だ。意外にもシリアスな作風で、その悲劇的なラストはファンの間で評価が分かれている。

 「マーダーシャーク7 機械鮫の帰還」は、初代「マーダーシャーク」で死んだと思われたホホジロザメがテロリストに捕獲され、体の殆どを機械化されたサイボーグシャークとして蘇るといった内容である。派手な爆破演出が素晴らしい映画で、サイボーグシャークのデザインもかっこいい。

 「マーダーシャーク8 スペースシャーク誕生」は一転、宇宙SF作品となった。テラフォーミングのために火星に送り込まれたホホジロザメが宇宙空間を泳ぎ回るスペースシャークとなり、宇宙船のクルーたちと対決するという話である。過去の宇宙SF作品へのオマージュ溢れる作りになっている。

 「マーダーシャーク9 アナコンドルVSフライング・タイガーシャーク」は、一言で言えば怪獣バトル映画だ。「マーダーシャーク5」で登場した飛行イタチザメの生き残りが、アナコンダとコンドルの遺伝子を持つ合成生物アナコンドルと戦うのである。両者の白熱した戦いはファンを大いに沸かせた。アナコンドルの出自にまつわる悲しいエピソードも見ものだ。

 「マーダーシャーク10 ランド・グレートホワイト」ではマモンツキテンジクザメの遺伝子をホホジロザメに組み込んだ合成ザメが登場する。陸上を歩行できるマモンツキテンジクザメの遺伝子を受け継いでいるため、サメが陸を這い回って人間を食べるのだ。「人類に逃げ場はない」というジャケットの煽り文が何ともおかしい。

 「マーダーシャーク11 超空の虐殺王」は全長70メートルという巨体の怪獣ザメをナチスが蘇らせ、サイボーグ化を施し航空兵器として使役するという話だ。コバンザメ型爆弾で地上を爆撃するシーンは迫力満点で末恐ろしさを感じる。

 「マーダーシャーク12 シャーク・フロム・スマートフォン」は、サメ型コンピューターウイルスに感染したスマホの画面からサメが飛び出して人を襲うという、これまで以上に突飛な内容の映画であった。何を食ったらそんなものを思いつくのか。

 「マーダーシャーク13 悪夢のマーダー・サーティーン」は、忌み数である13と絡めて13匹の悪霊ザメが寒村を恐怖に陥れるという、ホラー色の強い映画だ。銃や爆弾の利かない悪霊をどうやって倒すのかと思っていたが、結末は意外なものであった。

 「マーダーシャーク14 騎士王VS殺人鮫」は前作と打って変わって騎士道ファンタジーな世界観のお話となった。アーサー王がブリテンを守るために聖剣を引き抜き、ホホジロザメと戦うという内容である。ギャグテイストが強く、色々な面で前作の逆張りをしているような節がある。

 「マーダーシャーク15 侵略! サメ人間」はホホジロザメの遺伝子を人間に加えた「サメ人間」が米軍と戦う話だ。サメそのものは少ししか出てこないため、シリーズの中では評価が低めなのだが、アクションシーンは結構よくできている。

 「マーダーシャーク16 リベンジャー」は老作家が元妻への復讐のためにオオメジロザメを使うサスペンス映画だ。今まで一貫してサメの恐怖を主題に据えてきた同シリーズだが、今作は「人間の執念こそ最も恐ろしい」という作風であるため、ファンの間では評価が二分されている。暗く救いのない結末で、シリーズ屈指の後味の悪さを誇っている。

 「マーダーシャーク17 アリゾナ砂漠の死闘」は砂を泳ぐシュモクザメが登場する。どこかの狩猟ゲームにでも影響を受けたのだろうか。それでいて内容は意外にも手堅くまとまっており、プロットは初代のそれを一部踏襲している。

 「マーダーシャーク18 バトルライジング」は巨大人型ロボットと現代に蘇ったメガロドンが戦う映画だ。どう考えても同年に公開された、ロボットと怪獣の戦う大作映画に被せてきたとしか思えない。

 「マーダーシャーク19 サメと海の女王」またしても便乗ネタ。某CGアニメとは何の関係もない。アリのような習性を持つ新種のサメの群れが海水浴場を襲うという内容なのだが、サメの群れが景気よく人を食っていく様はなかなか恐ろしげであった。女王ザメって何だよ。

 「マーダーシャーク20 シャーク・オン・グレイス」は反社会的組織同士の抗争を描いたマフィア映画で、片方の組織の殺人道具としてカマストガリザメの群れが登場する。新型ウイルスによって一時撮影中断という困難に見舞われながらなんとか完成に漕ぎ着けた。


 そうして2021年12月に、シリーズ21作目となる「マーダーシャーク21 終末のシャークデミック」が公開となった。例によって劇場公開はされず、ソフトのみの流通となる。


 私は今までのシリーズの歩みを噛み締めるように、「マーダーシャーク21」を視聴した。実はこの21作目を持って「マーダーシャーク」シリーズは完結になるということが事前に知らされている。そのことで私は、今までとは違った心境で「マーダーシャーク」の新作を見ることになった。

 内容は世界中を騒がせる新型ウイルスを早速取り入れたものであった。ホホジロザメの幼魚に噛まれた人間が新型ウイルスに感染してしまい、しかもそれが人から人へも感染するものであったため、海水浴客で賑わう島が大パニックに陥ってしまう。ウイルスの特効薬にはホホジロザメの幼魚からとれる成分が必要で、島の若者たちと漁師が共同でサメの幼魚を捕獲しようとする……といった話だ。

 お話自体は感染症パニックとサメを組み合わせたようなものであった。そのハチャメチャさが面白いのだが、荒唐無稽と言ってしまえばそれまでだ。そもそもこのシリーズは限られた予算とスケジュールでサメ映画を乱発してきたことが目を引いたのであって、芸術的評価を得ているわけではないのである。

 だが……本編を見た後の特典映像で、私は涙を禁じえなかった。シリーズ21作品のすべてに出演し、重要な役を演じ続けてきた俳優マリオ・クロースが、ファンに「お別れの挨拶」をしたのだ。


「こうして撮影をするのもこれで21回目と思うと感慨深いよ。振り返ってみると遮二無二走ってきた21年間だった。マーダーシャークともこれでおさらばと思うと、もっとサメと戦いたいだなんて考えちゃうな。」


 それを聞いて、 私はじわり、と目頭が熱くなるのを感じた。初代から21までの彼の活躍を振り返るように過去作の映像が流されたが、それを見てみると、マリオの容姿に時の流れを感じてしまう。五十歳で初代「マーダーシャーク」に出演した彼は、現在御年七十一である。白髪も増え、顔も皺だらけになっているが、それでも酒やタバコを一切やらない彼は依然として健康そうだ。

 

 本編と特典映像の全てを視聴し終えてディスクを取り出した私は、しばらくの間ソファにもたれ、余韻に浸っていた。初代からずっと追いかけてきた作品が終わる……私は一緒に手を繋いで歩いてきた相手がふっと消えてしまうような、そんな感覚に陥った。しんと静まり返った部屋には、ただ寂寥のみが立ち込めていた。









 その一年後、私は「マーダーシャーク・リターンズ」という、タイトルとジャケットを似せただけの無関係な映画(業界用語でモックバスターという)をうっかりレンタルしてしまうのだが、それはまた別のお話……


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

21本目のサメ映画 武州人也 @hagachi-hm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ