妖は世につれ

結葉 天樹

妖怪たちの憂鬱

「みんな、久しぶりじゃのう」


 深夜の都内某所。誰もいないはずの稲荷神社の境内に妙齢の女性の声があった。その声に応じるように神社には不気味な気配が漂い始める。


「今日来てもらったのは他でもない。どうやら人間たちの方でまた妖怪ブームとやらが来ておるようじゃぞ?」


 狐の耳と尻尾を持つ女性が姿を現す。それに合わせて次々と闇の中から妖怪たちが姿を見せていく。


「ぬらりひょんの爺さん、妖怪ブームってこれで何度目?」

「日本の戦後に限れば、ワシが覚えておるだけで二十一回目じゃ」

「そういえばお孫さん活躍したのって第三次ブームの時だっけ?」

「懐かしいのう。あの頃はまさかワシらぬらりひょん一族が取り上げられるとは思わなんだわい。お主は二次の頃じゃったかな、口裂けの」

「だんだん時代に合わせて私、怖がられなくなってるのよね……特に人間たちの間で伝染病流行った時は何? 右も左もマスクしてるし、挙句『マスク美人』とか妙な称号付けられて怖がってもらえなかったわ」

「ありゃあ、時代が悪かったの。アマビエは代わりにエラい信仰を集めたそうじゃな」

「でも、私たちは姿形があまり変わらなかっただけましかもしれないわね……」

「まったくよ」


 ぬらりひょんと口裂け女の会話に不機嫌な声で割り込んだのはおかっぱ頭の少女だった。


「最近のトイレは奇麗すぎるのよ。昼夜関係なく明るいし、不気味感ゼロよ、ゼロ!」

「落ち着きなさいな花子」

「これが落ち着いてられますかっての! 清潔感上がりすぎてたまにいかがわしいことをおっぱじめる男女まで出るし……トイレを何だと思ってんのよ!」

「……子供になんてもの見せてんだか」


 花子は真っ赤な顔で地団太を踏んだ。住居ともいえる出没場所がどんどん人間生活の利便性が上がるにつれてカスタマイズされ、一番割を食っているのは彼女かもしれない。

 座敷童やぬらりひょんなどは家屋に憑くので家が豪華になって行くのを喜んでいる節はあるが。


「私メリーさん。花子ちゃん、落ち着いて欲しいの」

「ああメリー、あんたもなの?」

「私メリーさん。最近、後ろに立つどころか家に入れないの」

「最近のセキュリティ凄いからね……でも西洋人形は需要高いからまだ動きやすいでしょ?」

「私メリーさん。髪の伸びる市松人形ちゃんはもう重要文化財扱いだから博物館に行かないと会えないの」

「そういえば、歩く二ノ宮金次郎像の奴も二十一世紀に『あるきすまほ』のとばっちりで座らされとったのう」

「アイデンティティ潰されて凹んでたわね、あいつ……そういえば、稲荷様も会うたびに姿が違ってない?」

「時代ごとにわらわの姿も変化していてのう。自分自身で本当の姿がわからなくなってしまったわい」


 そう言って宙返りすると妙齢の女性が愛らしい子供に変化する。


「昔は狐顔だったんじゃが、二十一世紀にはさっきのの姿かこのとやらがウケてのう。いやはや人間の求める姿は多岐に渡っておる」


 数百年前はまだ自由があった。しかし時代に連れて妖怪たちのスタイルもどんどん帰られていった。特に人間のイメージが強く影響するタイプのあやかしは姿もどんどん変化してしまう。


「ワシらの扱いも畏怖、敵対と来て、途中で使役されたこともあったのう」

「私メリーさん。六次では人間が妖怪に転生してた覚えがあるの」

「それ、死んで化けて出ただけじゃない……?」

「厳密に言うと違うみたいよ。さすがにトイレそのものに転生された時はビビったわ」

「あたしらが言えた立場じゃないけど……人間の業って凄すぎない?」


 口裂け女のため息に花子たちも苦笑した。昔の妖怪は果たされない想いを遂げるための『執着』が根底にあった。しかし第五次ブーム辺りからは妖怪が生まれる原因の中に妙な要素が加わってきた気がする。


「まあわらわたちは世の中の流れに沿わねば生きていけぬ身。時代に適応していくしかないのじゃ」

「……それでも、恐怖の対象が愛らしい姿に変えられるのはどうにかならないのかしらね」

「そうじゃのう……ジジイのワシはまだしも、人面犬と人面魚の奴らは第十三次ブームで主役になったお陰で今じゃイケメンのイメージが強くなってしまったわい」

鬼女きじょ姐さんなんて第十六次ブームで湧いた角フェチのせいでずっと引き籠ってるって聞いてるわ」

「私メリーさん。聞けば聞くほど人間が怖くなってきたの……あ、でも十八次ブームでできた『ホストクラブがしゃどくろ』はちょっと気になるの」

「キャッチコピーで『君に素の僕を見せたい』とか言ってた……あれ?」

「ありゃ当時からツッコミ待ちかと言われとったのう」

「……人間たち、どんだけヤバい性癖拗らせてんのよ。二十一次は何がメインか誰か知ってる?」


 口裂け女がマスクの裏で裂けきった口元をひくつかせた。しかしその問いに誰も首を横に振る。


「あー、ワリィ、遅れたね!」


 そこへ、陽気な声と共に一人の女子高生が駆けて来る。一見、人間にも見えるが妖怪たちが普通に見えているところから同族だと一行は安堵する。


「連絡は来てたんだけどアニメの取材とか受けててさ」

「あんた、何者?」

「あれ、わかんない? あ、そうか。昔と姿違うからねー」


 そう言うと、おもむろに少女は頭部に手をやる。そして平然と首と胴を切り離した。


「ぎゃー、お化けえええ!?」

「怨霊探偵マサカドちゃん。飛ばした首で何でも空からお見通し……ってね!」

「お、お主。まさか平将門たいらのまさかどかえ!?」

「性別まで変わっておるからわからんかったわい」


 この場にいる妖怪たちの中でも古参の二名も思わず目を向く。どこからどう見てもやや粗野な雰囲気の現代の女子高生JKだが、新参の妖怪たちを圧倒する格と妖気を漂わせている。


「いやー、祟りやべーって言われてたから長年モチーフにしづらかったみたい。でもだんだん畏怖より敬う気持ちの方が強くなったみたいで。あ、そういえば眼鏡スガ御嬢様ストクの二人も後で来るって」

「……この国、本気で祟られんじゃないの?」


 この国と、そして自分たちの行く末を想い、頭痛がしてくる口裂け女だった。

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妖は世につれ 結葉 天樹 @fujimiyaitsuki

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