俺は書き手であり、読者であり、仲間の一員になる。 【KAC20216】

江田 吏来

なんちゃって袋回しの会

 町内会長さんから面白い会に誘われた。

 その名も『なんちゃって袋回しの会』

 袋回しとは俳句のお遊びで、参加者全員に封筒を一枚渡して、それぞれが封筒のおもてに俳句のお題を書く。お題が書けたら、それに沿った句を書いて封筒のなかに入れて、時計回りに渡していく。

 次のお題を受け取ったらすぐに句を考える。書けたら封筒に入れて次の人へ。それをくり返して一巡したら終了。

 終了後は封筒を開いて集まった俳句を鑑賞したり、評価し合ったりして句会をはじめるそうだ。


 俺は俳句など詠まないし、袋回しもしたことがない。文系の妻の方が良い句を思い付きそうなのに、俺が参加することになった。

 その理由は二つある。

 ひとつは、「町内の付き合いが面倒くさい」と妻が参加を拒否。しかし外面の良い妻は「夫(俺)が川柳で賞を貰ったことがある」と告げ口したのだ。

 まあ、川柳に関しては文才のある妻より入賞数が多い。

 家にあるホットプレートもバーベキューコンロも川柳の賞品だ。

 そこを町内会長さんにうまく褒められて、おだてられて……。


 それでも俳句は国語の授業でチョロッと習った程度。

 俳句のことはよく分からないからと断ろうとしたら、今回の会は袋回しではなく『なんちゃって袋回しの会』だと説明してくれた。

 これが二つ目の理由。  

 ガチの袋回しなら参加しなかったが、『なんちゃって袋回しの会』は俳句でも川柳でも大丈夫。短歌や自由詩もOKなので、集まるメンバーは言葉遊びを楽しむ人たちばかりだと教えてくれた。

 お題にも参加しやすい工夫があった。

 

 本来の袋回しなら季語を書くのだが、お題はなんでも良い。季語以外の名詞や、「躍る」「咲く」などの動詞でも良い。もちろん「春らしいもの」「昨日の夕食」のようなテーマでもかまわない。

 ようはなんでもOK。みんなで楽しもうという会で、豪華景品も用意されているとのこと。

 景品や参加賞もあってなんだか楽しそうだったので参加してみた。



「それじゃ、はじめましょうか」


 町内会長さんの静かな声を皮切りに、最大三十五文字以内のバトルがはじまった。


「よし」


 俺は封筒にスラスラとお題を書き、川柳を入れた。

 最初のお題は自分で決められるから余裕。お題は『肉』にした。

 コロナ禍でマスクばかりだが、そのマスクを外してかぶりついた肉の話を川柳にしたためて封筒の中へ。

 書けたら次の人に封筒を渡して、新しいお題を受け取る。


 この頃はまだ、なごやかに打ちとけた空気が流れていた。二つ目、三つ目とお題を受け取るにつれて地獄がはじまる。


「むむむっ」

 

 五つ目のお題が『恥ずかしい過去』だった。

 自慢じゃないが、恥ずかしい過去ならいくらでも紹介できる。しかしそれを川柳で表現するのは難しい。

 指を折りながら五、七、五を数えていると、ものすごいスピードで封筒を渡してくる人が現れた。

 主催者の町内会長さんだ。

 

 何度も『なんちゃって袋回しの会』をしているから慣れているのだろう。

 題詠を自慢するかのように涼しい顔をして、次のお題が来るのを待っている。

 そう、これはお気楽に参加できる『なんちゃって袋回しの会』だが、早く書いて次に回さないと、封筒がどんどんたまっていく。

 重なっていく封筒に焦りを感じているのに、町内会長さんは暇そうに茶菓子を食って雑談をしていた。

 とてもくやしくて、やる気が出てくる。


「次のお題は――」


 簡単なお題が来ますようにと、祈りながら封筒を手にした。

 お題は『春の猫』

 なんじゃこりゃと思ったが、これは書きやすい。サラッと書いて茶菓子をいただく余裕が生まれると、なんとも言いがたい楽しさに包まれた。

 

 だが、書けないときのプレッシャーは凄まじい。推敲をする時間もない。どんどん書いて次に回して、クオリティーもへったくれもない。

 しだいに余裕が失われて、場が荒れはじめた。

 苦悶のうなり声や小さな悲鳴も当たり前。頭を抱えて笑い出す人もいれば、愚痴をこぼす人も現れる。でも、難しいお題を書いた人はしめしめとほくそ笑んで嬉しそうだった。


「はい、お疲れ様でした」


 封筒が一巡して、書くのは終わった。

 いきなり出されたお題に沿って書くのは難しい。産みの苦しみを味わった気分だ。

 早く書かねばというプレッシャーから解放されてホッとひと息ついても、本番はこれからだった。

 次は全員が読者になって書かれた文章を読む。そして点数を付けて優勝者を決めるのだ。


「この詩は良いね」

「こっちの句は……」


 ――肉、うまい。ああ、肉うまい。肉、うまい。


 俺の句ではない。

 苦し紛れに松尾芭蕉の「松島や ああ松島や 松島や」を真似したようだ。


「毎回、芭蕉もどきが現れますね」

「今度から芭蕉禁止にしましょうか」


 そのような話をしながら和気あいあいと語り合う。

 この時間も楽しかった。

 もちろん俺の川柳にダメ出しをする人もいた。ムカッとするようなことを言う人もいる。

 しかし根に持ってはいけない。俺だってひとりの読者となって言いたいことは言う。

 誰がどれを書いたのか分からないようにする工夫もされているから、場の雰囲気は明るかった。

 およその評価が終わって優勝者が見えてくると、町内会長さんが立ちあがった。


「それでは今回の景品を発表します。優勝者には近江牛すき焼きセット。八千円相当です」


 おおー、と喜びの声がうねりとなって響いた。

 当然、俺は豪華景品をゲットできなかった。参加賞のボールペンをいただいた。

 帰り際に「柴田さん、次回も参加する?」と聞かれたから


「もちろん!」


 と、笑顔で答えた。

 

 書くのは難しい。

 封筒がどんどん重なるプレッシャーも言いがたい苦痛だったのに、完全に恨みっこなしでの評価は笑いあり、涙ありで充実した時間を過ごせた。

 けなされても、それ以上に褒めてくれるから居心地が良かったのかもしれない。

 そして今日、はじめて『なんちゃって袋回しの会』に参加したはずなのに、もう何回も参加している仲間のような気分で終われたのも良い。


『なんちゃって袋回しの会』 の参加した俺は、書き手でもあり、読者でもあり、もう仲間の一員。

 結果は散々だったけど、次こそは! と思える、とても楽しい一日だった。



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