覚えのある痛み【KAC2021】

えねるど

覚えのある痛み


 ■電撃ブロンティ

 危険度:★★★☆☆

 ――指先に魔力を集め、大気中の冥系の魔成分マナとの反作用を利用して直線状に電光を飛ばす中級電撃魔法。被弾者は接触面を重点的に広範囲に筋肉痙攣、麻痺の症状が広がり、最悪の場合意識を失う。

 詠唱法:前提として初級の――



 筆のインクが良く馴染む良質な洋紙に文字を書き連ねていた私は、気づけば数時間経っている事に気付き、両手を天に伸ばして全身の凝り固まったすじや筋肉を伸ばす。

 窓からは既に黄昏色の日差しが入っている。四季のあるこの街に戻って来てから、数年が経った。


 私の名前はアルネリア。周りからは『大魔道士メガロメイジ』と呼ばれるまでになった魔法使い。


 この街に戻って来る前までは、勇者と他の仲間数人と共に魔王討伐の旅に出ていた。

 今は現役を引退して、子供向けの魔導書を書いて魔法を後世に広めている。


 窓の外を眺めながら、私は現役時代の事を思い出す。


「あいつ、元気にしてるかな」


 勇者――リオンとは喧嘩ばかりであった。

 リオンは、真面目の塊とよく言われる私とは正反対の性格で、魔王討伐の為に常に優先事項を目指す私とはよく対立し、その度に口論になった。

 私のすることにすぐに突っかかってくるし、自由気ままで好奇心や欲望にも勝てないだらしのない男。


 だったけどね。

 一緒に長い間旅をするうちに、ひそかに私は勇者リオンの事が好きになっていた。


 ある宿屋で、寝ぼけた私がつまづいた時、身をていして床との接触を庇ってくれたリオンと、唇が重なってしまったことがあった。

 ただの事故。それだけ。

 私は驚いてリオンの頬を平手打ちしてしまったけど、あの瞬間のことは今でも忘れない。私の心の大切な場所に深く刻まれている。

 彼の記憶にも、深く刻まれていればいいな、なんてね。


 数年掛かりで、私たち一行は遂に魔王を討伐することはできなかった。

 代わりに、主にリオンの活躍で魔王を封印することに成功した。人類の大きな一手、だなんて言われたわね。


 その後、リオンは勇者を引退して、私を含む皆がそれぞれ自分の村に帰ることになった。 

 別れ際にも私とリオンはやっぱり口論ばかりで、意地を張ってしまった私とリオンは喧嘩別れみたいな感じになってしまった。


 それから五年。


 リオンには一度も会っていない。


 いくら喧嘩したとはいえ、共に平和を手にした戦友でもある私に一切連絡を寄越さないってのはどういうことなの?

 相当嫌われちゃったってことなのかしら。


 一度、私はリオンの住む村に出向いたことがあったけど、既にリオンは居なかった。

 苦楽を共にした仲間に一報もなく勝手にどこかに行くだなんて……やっぱりリオンは自由気ままでどうしようもない。

 喧嘩ばかりだったから、仕方がないのかもしれないけれど。


 五年間――取り戻せない長い月日。その間に私も少し歳をとったし、リオンも今頃……もしかしたら家庭なんか持っているかもしれない。


 変わる空の色を眺めながら、想い耽っていると、


「すいませーん!」


 窓越しに話しかけてくる小さなお客さんが居た。

 十歳になるかならないかくらいの小さな男の子。きっと私の書く魔導書の読者さんね。


大魔道士メガロメイジさん、恋の魔法についての書物はないですか?」


 洟を垂らした男の子の素っ頓狂な質問に、私は口角が上がった。


「坊や、そんな魔法はないのよ」

「え、でもあるって言ってましたよ?」

「――誰がそんなことを?」


 無責任な人もいるものね。魔族なら魅了の類の魔法を使う者も居るとは聞くけれど。


「師匠です! 僕の師匠が言ってました!」

「師匠って、坊やの魔法の師匠?」

「いえ、剣技の師匠です!」

「それじゃ、きっとその師匠さんの勘違いね。人間が扱える魔法に、そんな魔法はないのよ」

「えー。でも師匠はあるって。師匠、嘘なんか絶対つかないですよ!」


 男の子はあまりにも迫真の表情だった。

 恋の魔法……何かの暗喩ならまだしも。


 諦めた男の子が帰った後、私は仲間の魔道士メイジ達に心情カーディア・伝達ゼフューラを使って聞いてみたが、誰一人恋の魔法など知っている者はおらず、挙句に「欲求不満?」などと笑われてしまう始末。


 馬鹿馬鹿しいと、記憶をぶん投げるように忘れようとしたが、数日後経ってもずっと引っかかってしまっていた。

 そんな私の元に、再度同じ男の子が現れた。


 今回は普通に私の魔導書を買いに来たと言った少年に、気が付けば私は「師匠はどこにいる人?」と訊いていた。昔から気になることはとことん追求する質なのよね。


 笑顔で「よければ案内しますよ」と言ってくれた男の子にしばらくついていくと、街外れの森林に足を踏み入れた。

 最近の子供はこんなところまで一人で行くのか。危ないったらありゃしない。

 魔王は未だ封印されているから、魔物の勢力はかなり弱まってはいるけども。


「この先の小さな家に、師匠は住んでます」


 そう言って少年が指差した先に、確かに小さな家……と言うより納屋のような建物があった。

 少年はノックもせずに扉を開け、「師匠お邪魔します! 言われた魔導書、買ってきました!」と大声で言いながら中に入っていった。


「お邪魔します……」


 恋の魔法などと、メルヘンをのたまう奴はどんな奴か顔を拝んでやろうと、控えめな挨拶を漏らすように吐きながら納屋に侵入して、私は心臓が口から飛び出るかと思った。


 たくさんの本に囲まれながら小さな椅子に座っていたのは、かつて一緒に旅をした、勇者。

 ほんの少しだけ歳をとった顔の、リオンだった。


「リ、リオン、あ、あんた!」


 私の中で唐突に溢れ出る恋心。

 恋の魔法って言うなら、あなたのその顔が私にとって……なんちゃってね。


 そんな運命のような再会にしどろもどろな私に、リオンがかけた言葉は、私から言葉を奪うには容易かった。


「えーと? 初めまして、どちら様?」





 淹れてくれた紅茶の味も分からぬまま、リオンの話を聞いて、リオンは記憶の多くを失っているということが分かった。


「魔王を封印したってことは覚えているんだ。その封印の際に跳ね返ってきた呪いが、僕の記憶部分を蝕んでいるらしくて。だから、僕にはあまり昔の記憶ってのが無くてさ」


 あの時とはちょっと違う笑顔で、私を真っ直ぐ見て話してくれるリオン。

 私は両手が震えるのを必死で押さえている。


 ひどい。こんなのは残酷すぎる。

 魔王を封印した英雄であるリオンが受けるべき仕打ちではない。


 そして何より……私の事も覚えていないなんて。

 証拠に、リオンは先程帰っていった少年と同じく、私の事を大魔道士メガロメイジさんと呼んだ。

 

「そんなことより、大魔道士メガロメイジさん、どうしてここへ?」


 きょとんとした顔でリオンは聞いてくる。その呼び方は私を苦しくさせる。


「……が恋の魔法はあるなどと言っていたと聞いたもので、どういうことかハッキリさせたくて」

「はは、聞かれちゃったか、恥ずかしいな」


 そう言ったリオンは、あの時のような笑顔を作った。私は胸がさらに苦しくなった。


「どういうこと?」

「ああ。俺は、かけられた恋の魔法の解除方法を知りたくてね」

「……」


 何言ってるのこの人。やっぱり、記憶が無くてもリオンはリオンなのね。

 呆れと懐かしさで目尻が下がる私に、リオンは続けた。


「昔、ある人物にかけられたのさ。恋の魔法ってやつをね。霞む記憶に間違いが無ければ、一緒に旅をした仲間――だった気がする。誰だったか、どこにいるのか、名前も容姿も思い出せないが、心がきつく覚えている。記憶を失い、会いたくても会えなくなった今、その魔法のせいで俺は苦しくて仕方がなくてね」

「え」

「思い出せる限りの記憶の中のそいつは……クソ真面目だし、すぐ突っかかってくるし……多分おちゃらけだった俺のことは相当嫌いだったんだと思う」


 まさか、そんな。

 そんなわけないじゃない。


「でもな、俺はそいつと旅をして、徐々に惹かれていったって記憶だけは残ってる」


 私もよ。あなたとの旅は楽しかった。あなたに惹かれていった。


「でも今現在、思い出すことができないし、嫌われていたんじゃ仕方がないとも思うんだ。もう会うことが叶わない今、俺は忘れたくても忘れられず、思い出したくても思い出せないこの呪縛のような恋の魔法を解く方法ってのが知りたいんだ」


 嬉しい。まさかリオン、あなたもそう思ってくれてたなんて。


 もし本当に恋の魔法なんてものがあるなら、かけられているのはきっと私のほうだ。


「なあ大魔道士メガロメイジさん、解き方を知らないかい?」


 私は精一杯の笑顔を作って涙がこぼれないようにしてから口を開く。


「……あなたが私にかけた魔法を解いてくれたら、解く方法を教えてあげてもいいわよ」

「どういうこと? 俺は魔法なんて使えないよ」

「そんなにたくさん魔導書を持っているのに?」

「ああ、これね。なんかこの文字を見ていると懐かしい感じがして。よく覚えてないけど、無意識に身体が魔王討伐の頃のことを思い出しているからかな」


 いいえ。それは私が書いたからよ。


「そう。でもそれが分からないなら、方法は教えないわ」

「はー? どういう意味だよ、魔法なんてかけてないって」

「相変わらず、勘が鈍いのね。歳をとっても頭は良くならないのかしら」

「なにぃ? ちょっと下手したてに出りゃ……お、お前に言われたくねーよ! この魔法馬鹿!」

「はー? 脳筋よりは百倍マシですぅ」

「筋肉舐めるなよ! 魔法にしか頼れない貧弱よりは一万倍マシだ! ……ってあれ」


 懐かしいやりとりの後、リオンは怒った表情のまま、両目から大きな雫をこぼしていた。


「どうして、俺泣いて……なんだろう、この感覚」


 私ももう我慢できなかった。歪んだ視界、瞬きと同時に頬に流れ落ちる涙。


「恋の魔法を解く方法はあきらめてね。その代わり、失った記憶を埋める魔法なら、唱えてあげられるわ」


 そう言って、呆ける彼の唇にキスをした。

 リオンの記憶に深く刻まれている事を祈って。


 その直後、リオンは驚いた顔のまま、自分の頬に手を当てた。




 私は書物にはこう記す。

 ――恋の魔法など存在しない。


 子供向けの魔導書に書く事ではないものね。

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