私のお兄ちゃんは壊れちゃった

とざきとおる

おにいちゃん、こわれた?

 昔は格好いいお兄ちゃんだったことは覚えている。


 運動も勉強もそれなりにできて、それなりの大人になるだろうと言われていたお兄ちゃんは、現在壊れてしまった。


 部屋に閉じこもり、1人しかいないはずの部屋で何かを話している。

「ところで先輩。ここ間違ってますよ」

「ああ、そうだな。……よし、これで投稿だ。やれ、TMRY」

「よく俺をここまで追いつめたとほめてやりたいところだ。だが、今楽にしてやる!」

 カチ

「いいぞぉ! TMRY」

「やりましたねぇ、先輩」

「苦節3か月。悲願は達成されました……」

 もう一度言う。部屋の中にはお兄ちゃん1人だ。


 お兄ちゃんは高校の終わりごろに小説に出会って以来、大学では小説を書くサークルに入り、学業の傍ら小説を書いていた。


 馬鹿なことをしているもんだと呆れかえる。いい大人の24歳になった今も、部屋の中で子供のヒーローごっこみたいなことをやっているのだ。


 絶対に付き合わない。ノーコメント。この趣味だけは絶対に私は認めないし関わりたくもない。

 そう思っていた。




 学校で出た課題で、身近な誰かを題材にレポートを書けと言われた。 

 お父さんかお母さんでいいかなって思ったんだけど、どうやらレポート作りに付き合ってくれる様子ではない。


 共働きの父と母の負担を増やしたくないとなれば、後題材にできるのはお兄ちゃんしかいないだろう。

「マジか……」

 そう思いながらもお兄ちゃんのことをレポートに書くことに決めた。


 どうせなら、いつも部屋の中で暴れていることを記事にして恥をかかせてやろう。

 そう思った。



 結論から言うと、私は返り討ちにあった。

 もしかしたら父と母が聞けば何らかの攻撃手段があったかもしれないが、私には無理だった。

 いや、別に論破されたというわけじゃなく、普通にレポートが埋まりそうなほどの題材を頂くことができた。

 妙な敗北感を覚えている。




Q いつも独り言を言っているのはなぜ?


「お兄ちゃんはいつも妄想のお友達と話してるじゃん」


「もしかして俺の独り言聞いている?」


「『いま楽にしてやる』とか。バカみたい」


「ああ、あれか。でも小説っていうのは書くのすごく大変なんよ」


「黙ってかけ」


「無理」


「はぁ?」


「あのね。自分の頭の中のことを文字にすることだけでもめちゃくちゃ大変なのに、その上で、その文を見た目面白くしろっていうんだから、頭めっちゃ使うのよ。当然まず問題になるのは、モチベーションね」


「それでイマジナリーフレンドにでも助けてもらってるの?」


「そうだよ。テンションが下がったときには、やっぱり応援をもらいたいだろ。だから自分の想像上でも一緒にやってくれる奴がいればやる気も上がるもんさ。もちろん、現実に仲間がいればそれに越したことはないんだけどな。俺まだ無名だから仲間はいないんだ」


「ふうん。つまり、辛い現実と向き合うためにイカれちゃったわけね」


「まあ、そう言うな。この方法は実はすごくメリットもある。自分で当然その友達を演じるわけだが、別人格を演じると自然と今までの自分と気持ちや頭、思考の切り替えもできてな」


「それがなんなのよ」


「例えば、小説って書いた後に校正作業って言って、誤字脱字を見つけたり、表現が合っているかとかを見なきゃいけないんだ。でも、一度書き終わった頭で見直しても、何だだろうな、どこかで『これでできた』っていう、バイアスがかかっちゃってて、なかなか見落としてしまうんだよ」


「それが、TMRYがいるとどうなるのよ」


「意外と聞いているなお前……。それはともかく、別人格だから多少は今まで書いていた自分とはちょっと違った気分になる。そうすると自分が書いた作品でもちょっと違った見え方になることもあって、そこで誤字脱字にも気づきやすくなるんだ」


「へえ」


「それだけじゃない。やっぱり自分で誰かを演じるってのは大事だよ。俺はよくその別人格を、作品の登場人物にすることもあるけど、その人物の心情描写とかは、理詰めで考える時もあれば、やっぱ演じて感覚でつかむことで、さらに表現に厚みが出るね」



Q そもそも兄貴に読者とかいるの?



「いるよ?」


「へえ、いるんだ」


「ああ。俺が今書いているのは少年漫画的バトル物に近いから、アツイ展開が好きそうな、漫画、ゲーム、ライトノベル好きな小中高の男子に向けて書いてる」


「へえ、メッセージとかもらえたの?」


「いや、本当にいるわけじゃなくて、そういう子が見るって前提でね」


「はぁ? 馬鹿なの? そこもイマジナリーなの?」


「これにも訳があるんだよ」


「本当?」


「結局、物語って結構好き嫌いが別れるんだよ。ほら、去年めっちゃ話題になった映画あったでしょ。おもろかったでしょあれ」


「うん。ヤバかった」


「それでも人によっては駄作っていうんだよ。なぜか、それは作品のせいでもあるときもあれば、単純に、その作品のターゲット層に当てはまらないということもある」


「たーげっとそう?」


「どんな人に向けて作品を書くかは非常に重要だ。それによって同じ内容を書くにしても書き方を変えないといけないからね」


「へぇ……」


「だから、読者は作者が決めるものだ。当然それ以外の人が見に来て面白いって言暮れれば嬉しいけど、やっぱり万人受けする物語はない以上は、誰かに刺さる物語であればいいからね」


「でも、そうやって読んでもらう相手を決めてたら、窓口が狭そうだけど」


「いいんだよ。誰しもに刺さらなくても。コンセプトがしっかりしている方が、刺さる人には刺さるし、作品のクオリティを上がるってもんだ。だから、俺が考えている読者は、基本的に1人。だけど、それに当てはまるのは、世の中に1人だけじゃないってこと」






他にもいろいろ聞いたが、レポートの4000字を超えそうなのでこの辺りにしておく。


まあ、趣味も本気でやるあたり、あのお兄ちゃんの人柄は変わっていなかったということか。それが分かっただけで、まあ、今日はよし、としよう。



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