底辺小説書きの苦悩

@owlet4242

底辺小説書きの苦悩

「うへぇ……なんだこのテーマは! 私に対する挑戦か? 挑戦なのか?」


 KAC2021、6つ目のお題が投下された瞬間に私は頭を抱えた。


「テーマが『私と読者と仲間たち』だとぉ? 私の小説に読者なんておらんわい!」


 そう、底辺web小説書きである私の作品はカクヨムに投下しても読者が付くことなど稀、その上に評価など望むべくもないのだ。


「これでストーリー作れなんてキッツいことおっしゃるなぁ……かといってエッセイに逃げるのも負けた気がするしなぁ……」


 私が今こぼしたように、手っ取り早いのは「エッセイ」のジャンルに逃げ込んで、自分の「読者」や「仲間たち」に対する価値観をつらつらと書くことだろう。

 しかし、苦手な「お題」が投げられたからといって、別のジャンルに逃げるのは創作家としての引き出しの浅さを露呈するようで辛い。

 特に、私の「仲間たち」はそのような意志薄弱を決して許しはしないだろう。


ピロピロピロ……


 私のスマホに着信があったのは丁度そんなことを考えている時だった。


「ん? 電話か……嫌な予感がするなぁ」


 「弱り目に祟り目」というように、良くないことに良くないことは重なるものだ。だから、こんな風に煩悶する私の下にかかってくる電話がろくなものな訳がない。


 そもそも、私にろくな電話をかけてくる奴なんていないのだが。


 無視を決め込もうと思ったのだが、いつまで経っても鳴り止まないので諦めて通話ボタンを押す。番号は非通知だった。ますますろくな予感がしない。


「あー、もしもし?」

「やぁ、○○君。今日も元気に書いているかね?」

「なんだ、部長か……」


 電話の主は私の所属する文芸部の部長だった。私が返事をしたのを確かめると、部長はからからと元気よく笑い声をあげた。


「いやいや、○○君。今日の『KAC2021』のお題は見たかい?」

「あー、やっぱりそのことですか。見ましたよ」

「ほほう、それでは書けてるかい?」

「んな訳ないでしょ……」

「うん、知ってた」

「切りますよ?」


 予想通りの部長の反応に、私はがっくりと肩を落とす。

 実は今、私たち文芸部は「KAC2021」にみんなで話を投稿し合うという投稿勝負をやっているのだ。

 ルールは単純で、投下される全てのお題に対して作品を投下し、一番評価をもらった人間が勝ちという身も蓋もないものだ。


 しかしこの勝負、実は始まった瞬間から私の敗けが決まっているのだ。


 まず、私の所属する文芸部には部員が二人しかいない。そう、部長と私である。

 昔はもう少しいたのだが、部長の辛口評価に耐えきれず、部員がどんどん出奔していった結果、残ったのは私だけになってしまったのだ。

 そして、もう一つ歩が悪いのは、部長はなんともう既に出版社から書籍化の依頼を受けて物理書籍を出しているプロ作家だということである。

 必然、彼の作品には投下された瞬間に多くのコメントや評価が入るので、私の貧弱な作品では太刀打ちできようはずもないのだ。


 それが分かって部長は楽しそうに私をからかうのだ。


「ははは、すまぬすまぬ。今回のお題は難しそうだと思ったがゆえに激励の言葉をかけようと思ったのだよ」

「うへぇ、余計なお世話ですね」

「ははは、そう照れるない」

「いや、素で余計なお世話だと思ってますよ。もう切りますね?」


 いつもと変わらぬやり取りを交わして、なんとか部長との交信を終えようとするも、部長はまだまだ食い下がってくる。


「まぁ、待て。今回のお題は『私と読者と仲間たち』な訳だが、○○君は何のジャンルに投稿する予定だね?」

「あー、最初はエッセイにしようと思ったんですけど、なんか違うなって思って、現代創作ものに変えました」

「なるほど、いつもの君の作風というわけだな」

「そーなりますね」


 私の作風は現代社会を舞台にしたヒューマンドラマ的なものだ。いわゆるネットで流行っているハイファンタジーとはずれているので、読者の絶対数が少ない。

 でも、部長は私と全く同じフィールドでものを書き作家デビューしているのだから、そんなのはただの言い訳に過ぎない。私ではまだ読み手の心を掴める文章がかけないだけだ。


 己の未熟に思わずため息を溢しそうになる。


 しかし、そんな私に対してスマホの向こうの部長はしごく真面目な答えを返してくる。


「ふむ、そうやって自分の領分を守っているのは君らしい。いいじゃないか」

「そっすかね? まぁ、誰にも読まれてないから守ったところでって話ですけどね」


 そう言って私が自嘲気味に笑うと、「それは違う」と、部長が真面目な声で否定した。


「部長……?」

「自分を曲げて誰かに媚びるような作品を書くなら書かない方がましだろう。俺は自分を曲げない○○の作品は、それだけで大衆に迎合した作品よりも価値があるとおもうよ」

「部長……」


 思わぬ援護をもらった私の口からはそんな言葉しか出なかった。


「そもそも、大衆に迎合した作品では結局後が続かん。やはり作品とは自分の知識の泉から湧き出る言葉で紡ぐべきなのだよ」

「……確かに」


 部長の言葉に私が納得すると、部長は「うむ」と頷いた。


「だから、君。君はそのままの調子で書き続けたまえよ。なに、読者はいずれついてくる。なんならここに最低一人は、読者がいるわけだからな」

「部長……ありがとうございます」


 部長が見せてくれた気遣いに思わず目頭が熱くなる。この会話がスマホ越しでよかったと思う。生で言われたら間違いなく涙がこぼれてただろうから。


「それじゃ、私、今から頑張りますからもう切りますね」

「おう、頑張れよ!」

「はい」


 部長の激励の言葉がまだ耳に響いている内に、私はスマホを耳から離す。

 なんだか無性に今は作品が書きたい気分だ。


 たくさんの読者がいなくたって、仲間が一人しかいなくたって。


 そのたった一人が私を認めてくれるなら、私はまだ作品が書けるのだ。


「さて、じゃあどんな作品にしようかな? ……そうだ、私と同じように『KAC2021』に応募しようとしてネタが思い浮かばない作家の話にしよう。プロットは……」


 そんなことを考えつつ、私は再び創作の深みへとはまっていくのであった。


 

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