愛で花咲く異能者たち――超能力少女は、運命の貴女に恋してる

真己

夢見るボクっ子【予知能力者】×巻き込まれツッコミ【未開花者】

01 君との出逢いを、ボクはずっと夢視てた

◇◇◇

~キュプリス女学院 生徒手帳~

第一則:力ある乙女は、この学院で健全なる庇護を受けねばならない

第二則:恋する乙女は、芽吹いた【超能力】を育てなければならない

第三則:愛得た乙女は、開花した【異能】を己が欲で使ってはならない

◆我が学院は、愛のため【同性交際】を賛美します。

◇◇◇



「初めまして、ボクの花嫁」

 ショートカットの女の子が、わたしに手を差し出す。イタズラっぽく唇をつり上げて、職員室の前でうやうやしく。


「えっ、は? なんて??」

 実家から転がしてきたスーツケースを取り落とす。

 転校初日に、口説かれたんですが???



 学院都市の最奥にそびえ立つ、キュプリス女学院。

 私、古野々こののひよりは、ここに転校してきた。


 【超能力】、【異能】、あるいはその素質を持つ女子が集められるこの都市で、今日から寮生活を送るはずだったんだけど……。


「と、とりあえず、説明してもらえませんか?!」

 私は先を歩く背中に向かって、叫ぶようにお願いした。


 寮へ続く廊下を早歩きするのは、さっき爆誕発言をした先輩(校章の色で判断した)だ。


 ふんふふんっと鼻歌まじりのその人は、スーツケースを拾い上げると、「ついておいで」と言ったきりで、困ってる。


 昨日読んだ生徒手帳によれば、この学園の寮は二人部屋だ。

 ということは、この先輩は私と同室の人……なのか。


 だから、迎えに来た?

 だから、「ボクの花嫁」とかいうトンデモ発言も、先生はスルーした……?


 な、わけあるか!!


 先輩じゃなかったら、とっくに胸ぐらを掴んでる。

 おかしいでしょ。うん、おかしい。


 まだ教室にすら行っていないのに、この学院都市に来たのを後悔しだした。

 いや、全国異能潜在調査に引っかかった私が、転校を拒否できるわけないんだけど。


 仕方ない。まずは、この先輩の名前を聞こう。一呼吸、置く。


 ――すみません、私は、古野々ひよりというですが、先輩のお名前は?


 振り返った先輩が、オレンジ色の唇を動かす。

「ハルカ」


「……え??」

「ボクは、あずまハルカ」

 それは、どう聞いても自己紹介で。


 思わず、立ち止まった。

 だって私、まだ、喋ってない。


 私の動揺を知ってか、スーツケースが転がる音が止む。

 赤茶の髪が、さらりと風で揺れる。出会ったときと、同じ笑顔だった。猫のような茶目が、愛おしそうに私を見つめる。


「好きだよ、ひより」

 硬質な声色は、じんわりと熱があった。初めて会った私にも伝わる、愛おしさ。何年も待ちわびたような、狂おしさ。


 それは、恋だ。これは、恋だ。


 何も分からないのに、頬が赤くなっていく。


「やっぱり」

 くすりと、笑われた。

「ひよりは、何でも顔に出るね」


 うんと恋しいものをみるように、東先輩が目を細める。

 そのまなざしは、初めて会った後輩に向けるものじゃない。まるで、ずっと前から私のことを知っていたみたいで。


「も、もしかして、先輩、心が、読めるんですか……?」

 この学院都市にいる女子なんだから、超能力【精神感応サイコメトリー】の持ち主だとしてもおかしくない。


 失礼な反感を持っていたこともバレてしまっていたのか、と動揺しながら尋ねる。

 焦る私とは対照的に、先輩はゆったりと首を振った。

「違う、違う」


「僕はレベル4の【予知能力者プリコグ】だよ」

「レベル4って……、すごいじゃないですか!」

 能力者は、この学院で七つの段階に分類されるって、生徒手帳には書いてあった。


 レベル1は、一般人とほぼ変らない能力。

 レベル2も、日常生活に影響を与えない程度の能力。


 レベル3から、生活に利便性をもたらす能力。

 レベル4は、社会で実践的と評価される能力。


 レベル5は、多くの学生が目標とする段階。世界をより良くする、数少ない能力。

 レベル6は、現在の学院の最高段階。この段階に至るのは、ほとんどいない。一人で、戦争を終わらせられるほどの能力。


 レベル7は、まだいない。これから研究が進めば、いずれ現れると言われる幻の存在。


 頭の中で、私は復習したものを思い返す。レベル4とレベル5では大きな隔たりがあるらしいけど、未来予知とかすごすぎるでしょ。


「あはは。ありがとう。でも、そんなにすごいものじゃないよ。自分と、自分にごく近い家族に限って、不規則に未来を予知できるだけだ」


「それでもすごいですよ! 私、まだ超能力を持ってない【未開花者みかいかしゃ】ですから」

 能力の素質がある、と連れてこられたけど、私にそんな力があると思えない。


 自分を送り出してくれた両親を思い出して、私はため息を吐いた。


 目の前の人が、レベル4の予知能力者と知った。

 なら、少し前まで、一般人だった私としては気になることがある。


「先輩。どんなこと、予知するんですか……?」

「そうだなぁ。例えば、」


 そう問いかけると、先輩は唇を指の腹でなぞった。うーん、と唸ってから、ぱっと笑顔になる。


「明日のひよりが、碓氷峠うすいとうげ先輩と炎城えんじょう先輩のバトルに巻き込まれる未来とか?」


「バトル?!」

 ここ、学校のはずだよね??


「うん、互いの【異能】で戦ってるんだ」

「そんな恐ろしいことしてるんですか」

「うちで有名なケンカップルだから。ほかの人間は手を出さないよ」


 ケンカップル?? そんな恐ろしいもの、初めて聞いたんですけど?!


「でも、私、巻き込まれてるんですよね??」

「うん、事故で。ひよりが、二人の逢瀬場所に近付くからだよ。氷と炎に巻き込まれて、『こんなところ、来るんじゃなかったーーーー!』って叫んでる光景が視えた」


 あ、私にも想像できる。やらかしてそうー。


 これから先、そんなハードモードな学院生活を送れと??


「もう、だめじゃん、私」

 肩を落とす。やっていける気がしない。


 そうやって暗い顔をしていたからかもしれない。

 先輩が、そっと私に近づく。


「ダメじゃないよ」

 ポンポンと、頭を撫でられた。でも、不思議とそれがイヤじゃない。


「大丈夫。助けるよ。どんな【超能力】や【異能】が相手だとしても。ひよりのことが大好きだから」


 見上げた顔は、キリっと自信に満ち溢れている。予知が出来れば、準備もできるもんね。


「うらやましいな……」

 恋をしたこともない私じゃ、恋心から生まれる超能力すら、芽生えさせるのはムリな気がする。


「私も、能力者になりたい……かも」

「ならボクが、ひよりを、ボクからの愛で咲かせるよ」

「先輩が?」

「うん」

  

「どうして、そんなに私を気にかけるんですか」

「ボクは、ボクがひよりに恋を教えるって、三年前に予知をしたんだ」

 そんな昔に?

 だから、私をあんな熱っぽい瞳で見つめてくるの?


「そのときからずっと、ボクはひよりのことを、予知してきた。何度も、何度も、何度もね」

 大事な思い出を宝箱から取り出すみたいに。楽しそうに先輩は語り出す。


「予知に現れるひよりは、いつも違う表情をしてた。笑ったり、泣いたり、怒ったり、全部ぜんぶ魅力的だった。視るたびに、胸が高鳴ったよ。もっと視たい、早く会いたいと思った。ボクは、いずれひよりと出逢うのを、ずっと夢視てたんだ」


「だって、ボクが予知できるのは、家族だけだから」


「これって、ボクとひよりが家族になるってことだろ?」


「予知で視たから、花嫁、だって。そんなの、勝手すぎる……」


 今日、初めて会ったのに。まだ出会って10分も経ってないのに。なんでそんなに、自信あるの??

 言いたいことは一杯あるのに、私の声は小さく震えてた。


「ごめん、一方通行なのは知ってる。でも、ボクはこれから、もっと、もっとひよりを好きになるよ。何しろ、ひよりが一言喋るたびに、ボクは心かき乱されてるから」


「うそだ」

 反射的に答える。否定しないと、この先輩に流されてしまう気がした。認めちゃったら、


「ウソじゃない」

 真剣なまなざしが私を貫く。

「ほら」


 先輩が、自分の左胸を掴ませた。指には、弾力よりも骨の固さを感じて、身を引こうとした。


 でも、先輩は手を離してくれない。

 低い声が、私を諭す。

「よく聞いて」


 指先に伝わってきたのは、とっても早い振動。

 薄い胸の奥で、心臓がドクン、ドクンっと高鳴っている。先輩の表情と違って、心音は余裕がない。


「これで信じてもらえない?」

 なんて人だ。こんなの、こんなの……っ。


「しんじ、ますよ」

 口がうまく動かない。喉の奥が熱くて、短い言葉だって出なかった。


「ありがとう、ひより」

 うっすら、涙も滲ませていたらしい。先輩が拭ってくれた。……うれしい。気遣ってもらって、なぜかドキドキする。



 初対面なのに、私、もしかして惚れっぽかったの……?



 私の胸のうちを知ってか。先輩は、にっこり私に笑いかけた。


「さて、部屋に帰ったら、制服に着替えよう。ボクとお揃いのセーラー服は嬉しいだろ?」

 パチっ、とウィンクが決まって、クールな容貌に茶目っ気が混じる。


「何しろ、これが最初のお揃いだって、ボクは予知ってる」

 そっと、左手が差し出される。


「沢山思い出を作ろう。二人で楽しいことをしよう。予行練習はばっちりだから、ひよりをしっかりエスコートできるよ」


 この先輩の目には、いったい何が視えているんだろう。

 ――知りたい、もっと、もっと知りたい。教えてほしい。


「エスコート、してくれますか?」

「もちろん」

 手を乗せた。肌が触れ合って、接するところが熱い。


 何かが、始まる予感がした。これからの学院生活が、とんでもないことになっていく予感。


 そして、東先輩と一緒にいるなら、なんとでもなるような期待感。

 流されてしまう。


 これからずっと、先輩の押しに飲まれてしまいそう。


 片足を引いた先輩は、私の前で膝をつく。


「ボクの花嫁」

 左の薬指に、キスされる。 


 理解かった。

 この人、視る未来。

 きっと私は、お揃いのウェディングドレスを着てるんだ。

 ――今みたいに、真っ赤な顔で、



【END】



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