ある勇者たちの出版祝い

ラクリエード

ある勇者たちの出版祝い

 その日、露店にはうず高く積まれた本があった。

 これは何だい、と手近な一冊を手に取った客が尋ねるが、店主はにやりとする。


「『あの』魔王を倒した勇者の書いた本さ。王都の方では、今大人気の読み物だよ」


 絶対に買ってくれる。そう言わんばかりの笑みを浮かべつつ小麦との交換でどうかと身を乗り出す。だが首を傾げた客は、遠慮しとくよ、と本を戻す。


「字、読めないからいらんよ。それで、いつものあれ、くれよ」


 それは残念、と店主は眉尻を下げ、香辛料の入った包みを取り出した。




 かつて、世界には魔王がいた。とはいっても、王都を治める王が倒せねばならぬ、と繰り返し宣言していたばかりで、それが本当に実在したのか、どのような脅威を持っていたのか、それは知る人ぞ知る存在である。

 だが勇者という存在が王都を出立し、長い年月を経て帰還したことは事実であった。無事に脅威は去ったと報告した彼らは、王様から、貴族、国民に歓迎されて、数日に渡るお祭り騒ぎを楽しんだ。

 それが終われば、世界が平和になったと、皆が穏やかに生活を取り戻す。

 いつしか、あの時は何に怯えていたのだろうと首を傾げる頃、一つの物語が市場に出回り始めた。

 勇者の辿った冒険を描いたそれは、飛ぶように売れて王都中に普及した。というのも、紙の大量生産が可能となり、印刷技術が急速に発展したためだ。当然、それを好機と見た商人たちは本を広めようと躍起になっているらしい。

 これもまた国王の狙い通りであることは言うまでもない。魔王という未曽有の脅威を取り除いたのは、ここを治めている自分であり、我こそ王としてふさわしいと広めるためである。本の最後には予見の才を持つ王への感謝で締めくくられている。その子である王子にも才はある、という一言も添えて。

 では、その魔王を倒し、この本を書いた当人である勇者は、今は何をしているのかと言えば、


「はあぁぁー、酒がうめぇ……」


 かつての冒険仲間と共に、ちょっとしたパーティーを楽しんでいた。


「料理もうまくなったもんだな。焦がしまくっていた頃とは大違いだ」


 ガハハと唾をまき散らすのは、魔王の作り出した傀儡、魔物をその身で薙ぎ払い、斧で一刀両断していた大男。その視線の先には魔法支援を得意としていた、今や勇者の妻である女性が、大盛りのおかずの乗った大皿を持って台所から歩いてくるところだった。


「そりゃ、あれだけの死線をくぐったら、腕をあげなきゃって思うじゃない。ずっと、ろくな食事も取れなかったことも、一度や二度じゃ、なかったし」


 長机に並べられている料理は、早くも十となってしまった。既に初めの数皿は平らげられており、気が付いた彼女はそれを台所へと運んでしまう。


「確かに十日近く、連続で燻しもの、なんていうときもありましたしね。それと比べれば、王都はなんと恵まれているのでしょうか」


 小食なのか、あまり手をつけていない聖職者らしい穏やかそうな男。こう見えて魔法など一切使用できず、魔物相手に棒術で前衛を張っていたというのだから、事実は物語より奇なり、とはよく言ったものである。


「そうそう。王都って物が集まるのがズルいよねぇ。まだ田舎は、お金も流通してないのにさぁ」


 もう一人、ソースのよく絡んだ芋を口に運んでいる、諜報を得意としていた町娘。魔物との戦闘はからきしだったが、初めて訪れた村であっても、そこにあるものならどこからか調達してくるという、影の立役者だった。時として治療のための薬から、煙の消えてしまった情報の入手まで。


「まぁまぁ、その恩恵に今、預かれているってのは事実なんだから、楽しみましょうよぅ」


 そして赤い顔で肉にかぶりついていたのは、彼らを率いていた勇者。国王から託された槍を握り、強力な魔物を連続で退ける偉業を、平然とやってのけた青年だ。そして、暇さえあれば紙へと自身の冒険譚をつづり続けていたのも彼だ。


「おいおい、楽しむのはまったくもって同意だが、こうやって集まったのはそうじゃないだろ?」


 大男が骨付き肉にかぶりつく。溢れる脂を服にこぼしつつ、じろりと勇者に視線をやる。


「なんで書いてたやつをお国直々に出すなんて、教えてくれなかったんだよ? 格好よく、俺たちのこと書いてくれてるのか確認できねぇじゃねぇか」


 もしゃもしゃと咀嚼しながら続けると、大丈夫でしたよ、と男が。


「よく冗談を言う人ですが、書かれたことに嘘偽りはありませんでした」


 すると、ゲラゲラと機嫌を良くして、先ほどよりも大きな一口で肉にかぶりつく。香ばしい香りさえもうまそうにいただいているその隣で、軽く視線を逸らすのは町娘。


「確かに嘘は書いてなかったけどさぁ」


 パンをちぎりながらぼそりと小さく呟く。だがその様子に気づいているのか、男は向かい側から黙るようにハンドサインを出す。


 物語の一節にはこうあった。斧を振るう蛮勇は、消耗しきった身体で迫りくる骸の魔物迎え撃つ。一撃で致命傷を与える意図だったのか、思い切り斧を投げる。だがそれは明後日の方向へと飛んでいってしまい、最終的には泥沼の拳で勝利するというものだが、得物を自ら手放し、それで有効打も与えられていないなど、笑い話にもほどがある。


 はたまたある行には、貧しい町娘は盗みを働いていて、それを検挙した勇者と女性は、国に告げ口しない代わりに、その諜報能力を活かしてほしいと同行することを求めた。今では英雄の一員であるとして無罪放免となっているが、顔と実名が明かされていないとはいえ、肩身が狭いと言えば狭い。


 さらに男については、聖職者であるにも関わらず、神という存在に懐疑的な意見を述べた時のことまで記載されている。魔法が使えないのもその信仰心の問題じゃないか、と問えば、あれは才能の問題ですよ、と彼は今でも考えを改めることはなかった。


「さ、皆さん。今日は飲み明かしましょう!」


 台所から再び戻ってきた女性は両手の酒瓶をテーブルに置き、にこやかに席に着く。おうとも、と笑う大男のジョッキに、勇者が持っていた酒が注がれる。


「おう、飲もうぜー。本の報酬も来たことだしよー」


 ではこの酒豪、もとい主人公である勇者と女性はどうか、というと、勇者の視点から描かれた物語には、ひたすらに前向きな意気込みばかりがつづられている。女性については、勇者が惚れ込んだ理由がさんざんと書かれているばかりで、強いてあげるなら一時の喧嘩についての記載があるくらいだ。


「もう過ぎたことだし、別にいいけどさー」


 女性が町娘、男のジョッキへと酒を注ぐ。


「そうですよ。私たちもおこぼれが預かれるなら、これくらいは付き合いましょう」


 はははと笑い合う、かつての勇者パーティー。

 彼ら、彼女たちは、その日は夜遅くまで、語り明かした。




 勇者たちが成し遂げた、魔王の討伐。

 それは、彼らに富と名声をもたらした。

 勇者たちが辿った、仲間との冒険譚。

 それは国民に、刺激と好奇心を与えた。

 やがて、これがかつてあった史実であると知る読者はいなくなる。

 だがいつしか耳にしたことはないだろうか。

 この、破天荒なメンバーなどいない英雄の冒険記を。

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