ドタキャンの理由


「どうして? ゴールデンウィークの初日だよ?」

「ほ、本当にごめん! その日だけ、どうしても外せない用事が出来ちゃって……」

 谷本新太は肩をすぼめて手の平を合わせた。

 春風が校庭の木々を揺らす。梢の向こうは青々とした晴天だった。

 北村穂乃果は先程まで、冬服の厚ぼったい制服に暑苦しさを感じていた。だが、目の前で頭を下げる恋人を見て、急速に身体の芯が冷えていくのを感じる。

 ゴールデンウィークの初日は、二人でディズニーランドに行こうと決めていた。昨夜もフェアリーテイル・ホールを午前にするか午後にするかで、遅くまでラインで話し合っていたのだ。

「ねぇ、夕方からなら遊べるから、映画とか行かない?」

「……馬鹿じゃないの?」

 穂乃果は、信じられないと怒りに震えた。そのまま新太を置いて校内に戻る。

 新太は慌ててその後を追った。

「ねぇ、穂乃果ちゃん、本当にごめん」

「もういいってば」

 初日の予定をドタキャンするなんて、ほんとありえない……。

 穂乃果は上履きに履き替えると、新太を突き放すように背中を向ける。抑えようのない不安と怒りが穂乃果の胸の中に渦巻いていた。

 新太の方からデートをキャンセルするのはこれが初めてだった。いつもは穂乃果の方からデートを取り止めにしていたのだ。

 何か理由があるのだろうとは思った。だが、聞きたく無かった。くだらない理由なら腹が立つし、もし自分とのデートを面倒くさいと思うようになったのだとしたら、耐えられないくらい悲しかった。

「穂乃果ちゃん待って!」

「……何?」

「実はちょっと理由があるんだ……」

 理由って何? 

 穂乃果は背中を向けたまま心の中で呟く。

 好きな人が出来たとかじゃないよね?

「……そ、その、ディズニーランドは危ないんだってさ……」

「はぃ?」

 穂乃果は振り返った。新太は顔を真っ赤にして俯いている。

「……その、カップルでディズニーランドに行くと、何か高確率で別れるらしいんだ……」

 くだらない理由だった。

 だが、腹は立たなかった。

「ねぇ、そんな事で別れるなら、そのカップルは元々上手く行ってなかったんだよ」

「……そうかな?」

「そうよ、そんな理由なら絶対にディズニー行くからね。もしそれで駄目になったら諦めて」

「えー、やだよー」

 新太は困ったように眉を顰めた。

 穂乃果は何だかほっとして、クスリと笑った。

 

 


 

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