作家が選んだ読者

大月クマ

最初の読者

 私は作家だ。

 この手で作る物語を皆が待っている。


 だから、書き続ける。書き続ける。そして、この先も……


 ――だが、不安なことがある。


「ダメねぇ……貴方、本当にこれを世の中にだすの?」


 ウチの奥さんだ。

 大学時代のサークルからの付き合いではあるが、私の最初の読者である。どんな作品でも……私の物語だけではない。コラムやらブログ、果ては公式なSNSの内容でさえも。


 作家としての私のイメージは、すべて彼女が作り上げている。


 そもそも私は、SF作家を目指していた。

 彼女は恋愛作家を目指していた。


 だが、私はたまたま新人賞を取り、そのままプロデビュー。

 彼女のほうは、大学卒業後そのまま一般世界に溶け込んでいった。


 数年はひとりで新人SF作家としてもてはやされたが、気が付けばスランプに陥り、キーボードの前に座っても、カフェでアイデアノートを広げても何も浮かばなくなった。


 そんなときにあった、久しぶりの同窓会。


 そこで彼女と再会した。

 そして、気が付けば意気投合。彼女の発言に耳を傾けてくるうちに、スランプから脱出した。SFばかり書いていたが、別のジャンル。ライバルの多いファンタジーへと足を踏み入れた。しかも、彼女の指摘は的確であった。彼女がいなければ、私の作家としての人生は折れ、忘れ去られた作家になっていたことであろう。


 ――彼女がいなければダメだ。


 彼女を離したくない。私も、作家の私もそれを望んだ。だから、彼女と結婚した。


 一緒に生活して、執筆活動は彼女のいうとおり、書き続けていれば、作家として生きていけた。意見も感想も的確。


 しかし……しかし、最近、疑問に思う。

 今、書いているモノは、本当に私が書きたかったモノなのだろうか?


「お前さんは、恵まれているんだよ」


 唯一、私自身の言葉で話せる仲間。SF作品を発表していたときの、先輩や後輩であり、ライバル達であった作家仲間のサークル。

 数ヶ月に1度、居酒屋の一室を借り切って、情報交換と称しての飲み会だ。


「キレイなかみさんもらって、しかも悪いところをズバズバ言ってくれるんだろ? そんな恵まれた環境が、どこにあるってんだ」


 ほろ酔い気味の友人Aはそういう。


「うちなんか「先生はいつも素晴らしいです」って、ズッと言い続けているだけだぞ。後からの編集者からの指摘が怖い」


 友人Bは確かファンであった若い子を嫁さんにした人だ。


「あたしのところなんか、何を見せても「うむ」しかいわないのよ。あんな奴のどこがよかったのかしら……」


 友人Cの旦那は私も知っている、とある編集部の人間だ。仕事のことは全く言ってくれないと、この後ずっと愚痴をこぼしていた。


 ――そうではないのだ。


 確かに恵まれているのかもしれない。表面的には……

 私は……私が書いてあるモノかかどうか知りたい。


 ――ひょっとしたら、私は単なる文字を起こす機械であって、彼女が本当の作家ではないだろうか?


 自分の叶わなかった夢。作家になる夢を私で実現させているのか。



 ***



「ダメねぇ……貴方、本当にこれを世の中に出していいわけ?」


 いつもこれだ。

 この言葉が、最近、気になって仕方がない。

 彼女は、最初の『読者』ではない。作家だ。そして、私は彼女のゴーストライターだ。


 ――ゴーストライターが、作家に取って代わることは出来ないか……


 彼女の首筋を見ながらふと思った。



<了>

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作家が選んだ読者 大月クマ @smurakam1978

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