005 無敵神話


[:――喋った?]

[:ついに音声を実装したのか]

 2001年のサービス開始以降、ゲーム内の音声はプレイヤーキャラクターの掛け声や、モンスターのうめき声くらいだった。


 NPCのすべての動向はシステムメッセージ枠のログで実況されており、基本的に〈アースガルズ〉におけるNPCは音声による台詞を実装していなかったのだ。


[:にしても、えらく鮮明な音声だな]

 トールの台詞と思われる音声は、パソコンのスピーカーやイヤホンから聞こえるにしては鮮明すぎるほど聴き取りやすい。


 しかし、パソコン画面の前に居るのは自分だけ。喋っているのは画面内のゲームキャラであるとしか考えようがない。

 不思議な感覚がレイドパーティの参加者たちを包み込む。


『我はトール。汝らが神話と崇める神が一柱』

『我は〈アース神族〉最強の雷神』

『我は強き者を探している』


 凝った演出だなぁ――。などと思いながらも、自分達はレイドボス討伐に参加している身。

 個人的に興味はあるが、下手に演出に気を取られると「あの時ああしておけばよかった、こうしておけば倒せた」など後悔するのは目に見えている。皆、周囲の足を引っ張りたくは無い。


 今すべき事は、目の前のトール討伐に向け全力を出し尽くすのみである。


『貴様等は確かに強い。しかし貴様らの中に強き者は居ない。我は強き者を探している』

 ゆっくりとした口調。不気味な音程で独り言を続けるトール 。


[:意味わからん事を喋っているな]

[:こういう演出をするボスなのか]


[:……だとしても、どんな展開の伏線なんだろう?]

 文字ではなく音声であるため、いつもよりも臨場感がある。


『――従って我は汝らを滅ぼし、別の地へ征こう』


 レイドボス討伐において、HPがある程度減ったところでNPCが特殊な行動に移る事は珍しくない。


 この言動もそんな特殊行動の一環ではないだろうか。だとすれば、これからもっと強力な攻撃を繰り出して来る事も想定しなければならない。


[:……何か来るかもしれんぞ。プロボークイージスのリキャストが可能な人は全員使っておいてくれ――]

[:ちょっと距離を取ろう。初撃よりもすごいのが飛んでくると思う]

 パーティメンバーへ注意を促すアルフレッド、そして第5パーティリーダーの魔術師ウィザードも警戒を強める。


[:タンカー以外の方は全員離れて下さい。これまでの範囲攻撃の時よりも広い間隔を空けるようお願いします――]

 ピティアも指示を出す。まずは警戒が優先だ。多少ペースが落ちるのは致し方ない。


『……距離を取るか。小賢しい童どもめ。情けない』


[:えっ]

 プレイヤーの動きや思考を読み取っているとしか思えない反応を見せるトール。


[:なになに、流行りのAIってやつ?]

 皆、見たこともない演出に興味津々だが、ここで手を止める訳には行かない。

 今はトールを討伐するためにここに居るのだ。


 しかし、明らかに行動パターンを変化させているトールに対し、各々の不安が募っているのも事実。集中力が掻き乱されて行く。


 このまま討伐できるのだろうか――。


『――斯程の鎖、我には効いておらぬ』

 突如、トールはそう言い放つと、第1パーティメンバーが展開している〈ハーデス・チェーン〉を容易く引き裂いた。


[:うっそ!? 効いてないのかよっ]


 あっさりと破られる〈ハーデス・チェーン〉。


 立て続けに〈プロボーク・イージス〉のターゲット誘導も無効化され、トールが縦横無尽に歩き回り始めてしまった。

 今までの頑張りは何だったのか――。第1パーティのタンカー達に虚しさが漂う。


 やがて、トールはあっちこっちと動きながら無慈悲な範囲攻撃を繰り返し、瞬く間に第6回復パーティが全滅。これにより、臨機応変な回復や蘇生が一切できない状態となった。


「……嘘でしょお。こんなの無理だよ」

 ピティアは泣きそうだ。いや、実際にパソコン画面の前で眼に涙を浮かべている。


 しかし、まるで次元の異なる高難度なボスを相手にHPゲージを3割も減少させた。

 先ほどとは異なり、これは充分な功績として讃えるに値するだろう。


[:……あぁ、無理だね]

 第5パーティリーダーがチャットで呟く。


[:ピティアさん。お疲れ様。こりゃあ参ったね。また一緒にやってくれるかな?]

 トールへ貫通スキルを連発しながら、トリケルがチャットでピティアを労う。


[:ラ・ピュセルの盟主さまと一緒にレイドに参加できたんだ。それだけで自慢できるぜ]

 ユウゾウもまた、ピティアに感謝の言葉を投げ掛ける。


 そのまま2人のキャラクターはトールの範囲攻撃に巻き込まれ、死亡した。


[:うーん! ドラコ弓は惜いけど、楽しかったよ!]

 残る弓使いアーチャーはシンビーナのみだが、もはや為す術は無い。

 ありったけのスキルを撃ち込みながら、2人と同じようにトールの前に沈む。


 ――討伐は失敗したけれど……楽しかったな!


 ピティアの指揮は非常に素晴らしかった。

 的確な指示、タイミング。スムーズに連携が取れ、自分達は全力で攻撃に専念できたのだ。


 自分なんて武器を借りただけで手が震えてたのに――。と、自分とピティアが抱えていた重圧を比べれば頭が下がる思いである。




 程なくして第5火力パーティも全滅。

 残りのパーティもかなりの死者が出ており、ほぼ壊滅といえる状況だ。


 第1パーティは全員持ち堪えているものの、レイドパーティの主だった火力要員が居なくなってしまった為、状況が好転する可能性はもう無い。


[:ピティアさん――]

[:――そうだね]

 アルフレッドの一言を皮切りに、ピティアからレイドパーティへ最後の指示が下される。


[:もう背水の陣です。総攻撃で1パーセントでも多く削って、盛大に散りましょう……!]

 各パーティの生き残りプレイヤー達が一箇所に集まる。

 防御・回避を一切捨て、全員で渾身の総攻撃を開始するのだ。


『うむ。それで良い。弱き者達よ、貴様らの絆は強い物であったぞ』

 トールは右手の槌を頭上高くに掲げる。そこに上空から巨大な雷が落下し、バチバチと激しい雷光を纏い始めた。


[:……それにしても、喋りすぎだよな、このボス]

[:そ、そうだね。やっぱり何か変よね]

 あまりにも流暢な対応を見せるトールに対し、プレイヤー達はやはり違和感を拭えない。


{トールの雷まで20秒……19……18――}


 大きな文字でシステムメッセージが画面中央に出現する。トールの必殺技のカウントダウンだ。


[:へぇ、今までのは大技ではなかったと]

[:無理無理。300人は必要だったね、これは]

 地面に突っ伏し、気楽に実況している第5パーティの魔術師ウィザードとユウゾウ。

 もはや討伐作業に集中する必要は無く、皆で冷静にトールの動向を観察し、この場を楽しむ。


[:しかし、やりたい放題だな]

 槌に纏い始めた雷光は少しずつ輝きを増し続けるが、依然としてトールはこれまでと同じ動きでプレイヤー達を薙ぎ払って行く。


[:まさか、この構成で倒せないボスがいるなんて想像できる訳無かったよなぁ……]

 これまで、様々な構成で多様なレイドボスと戦ってきた上位プレイヤー達。

 これまでのワールドボスが一斉に飛びかかってきたほうが全然マシだったと思える程、トールは強かった。


{10……9……8――}


[:……はぁ。皆さん、本当にありがとう。アルフレッドさんも]

[:いやいや。正直、名指しにされた時はムカついたよ。でもまあ、良い経験が出来て良かった! ありがとう、ピティアさん]

 結果は敗北だ。しかし、お互いに親睦を深める良い機会となったし、実に有意義な敗北であったと認識できる。


{4…3…2――}


[:……このまま黙って全滅するのも癪じゃないすか? 第1パーティ全員で防御して、誰が生き残れるか試してみましょうよ]


[:おっソレ面白いね。ザシチータでいこうよ]

 第1パーティメンバーの提案に全員が賛同し、自身の防御力を極大化させるスキル〈ザシチータ〉を一斉に発動させた。青白いオーラが全身を包み込み、波紋のようなエフェクトが内側から外側へ絶えず放出されている。


{……1……0――}


 縦横無尽に暴れ回っていたトールは移動を止め、槌を大きく振り上げる。同時に、槌から周囲へ向けて激しい雷のエフェクトが飛散した。


{トールの雷}


 カウント0と同時にトールのいかづちが発動。

 振り下ろされた槌は半分ほど地面にめり込み、今度は地割れのエフェクトと共に周囲の地面から激しい雷が沸き起こる。


[:うおお]

 眩い閃光。パソコン画面が真っ白になる程の激しいエフェクトだ。


[:アルフレッドさん……! すげぇー]

 トールの攻撃によりってプレイヤー達は再び地面へ突っ伏すが、アルフレッドだけ辛うじてHPヒットポイントが残っている。


[:……はっは! 俺の勝ちだっ]


[:アルフレッドさんが優勝だね]

[:さすがシークレットポイズン]

 プレイヤー達は気楽に馴れ合い、勝ち誇っているアルフレッドを讃える。

 ただ、トールはそんな事などお構いなしにアルフレッドへ向けて追撃を開始した。


 流石のアルフレッドも次は耐えられないだろう。


 今回の〈ビザンツサーバー〉での神話級レイドボス討伐はこれで終了――。


[:――ううん、楽しかったね]


 トールに向けて放たれた貫通スキル。




[:――ユト!]


 これまで一貫して高みの見物を決め込んでいたユトだが、今は自身が持つワールド武器〈熾天使弓セラフィムボウ〉をトールへ向けて構えている。

 白く細い枝のような形状で、根元から先端にかけて金の装飾が施されている。神々しい雷を彷彿とさせる見た目だ。


『効かぬ。貴様も弱き者か』

 トールはユトを一瞥し、再びアルフレッドへ向かって槌を振り上げた。


[:アルフレッド、俺をパーティに入れろ]

 高みの見物は楽しかったが、結局のところ単なる全滅では面白く無い。せっかくの新ワールドボスが目の前に居るのだから、このまま逃すのも勿体ない話だ。


 しかし〈アースガルズ〉の仕様として、レイドボス討伐は最初に攻撃を加えたレイドパーティのみしか討伐を遂行できない。

 そのまま外野が攻撃を加えてもダメージが通らない為、ユトもメンバーへ加わる事にしたのだ。


[:そんじゃ、ちょっくら神話級レイドボスとやらを倒しちゃいましょうかね――]

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