第三話 初めてのレイドボス戦

「ブレスが来るぞ! 散開しろ!」

「いかん! コリン殿、御免!」

「ぶへぇっ!?」


 最前衛で戦っている影拳えいけんが注意を促すと、パラディン職のガウェインというプレイヤーがコリンを十字盾で側方に弾き飛ばす。

 レベル七十二のガウェインのタックルを受けたコリンは、大きな放物線を描いて遠くに落下した。


インスタンスダンジョン【鋼毒竜こうどくりゅうの巣穴】。彼らがいるのはその最深部だ。

 センティアにある【燎原百火りょうげんひゃっか】のクランハウスで一泊したコリンは、影拳や他のクランのメンバーとともに合計二十名のレイドパーティーに組み入れられ、鋼毒竜ファーヴニルの討伐に臨むことになった。

 鋼毒竜ファーヴニルは、その名の通り鋼のような鱗を持ち猛毒のブレスを吐く巨大な竜だ。ただし、翼は退化しており、空を飛ぶことはない。レイドパーティーによる推奨攻略レベルは五十。中堅どころのレイドボスである。


「ナイスだ、ガウェイン!」


 ファーヴニルの足元で影拳がサムズアップを見せた。

 ファーヴニルの奥の手である猛毒のブレスは全体攻撃に近い範囲攻撃であり、最後衛にいても安全とは限らない。しかも、今回ファーヴニルは明らかにコリンらのいる最後衛に狙いをつけていた。


 コリンにレイド戦に参加してもらうため、影拳とミルフィはいくつかの条件を申し出た。

 一つ、パーティーの最後衛にいてもらう。

 一つ、タンク職の護衛をつける。これがガウェインである。

 一つ、万一の場合に備え、蘇生魔法が可能なヒーラーをコリンの近くに配置する。

 一つ、その上で、コリンが死亡する事態は可能な限り避ける。NPCの蘇生は可能と言われているが、前例が少ないため、何か特殊な条件でコリンが蘇生できないとも限らない――と、【燎原百火】の者たちは判断した。

 このような手厚いサポート体制を得て、コリンは渋々レイド戦に同行することを承諾した。また、報酬として影拳は戦利品の評価額の一割を提示したが、そこはコリンが固辞し、他のメンバーと同じ扱いで構わないとした。なぜなら、影拳が話した一般的なレイド戦の報酬が、『初心者の館』に勤めるコリンにとっては想像がつかないような大金だったからだ。

 「『迷い人』の方々はお金持ちなんですね」と思わずつぶやいたコリンは、若干、金に目が眩んでいた。


「あたたたっ……」


 ガウェインに弾き飛ばされたコリンが、よろよろと立ち上がる。

 そこに、ブレスでダメージを負ったミルフィが駆けてきた。


「コリンさん、回復出して! 早くっ!」

「ハ、ハイッ!」


 コリンが短杖型たんじょうがたのアーティファクトをかざすと、地面に魔法陣が描かれ、白い光が立ち昇る。ミルフィがその中に飛び込むと、瞬く間にHPが全快した。


「くぅ〜、やっぱこれよね! じゃあ、行ってくるね!」

「は、はい。お気をつけて」


 回復したミルフィは、ファーヴニルに立ち向かうため、再び前線に戻って行った。

 その後もコリンのもとには、ダメージを負ったパーティーメンバーが入れ替わり立ち替わり現れた。


 一方、ブレスを吐き終えて無防備となったファーヴニルの周囲には近接アタッカーが纏わりつき、ここぞとばかりに強力な武技のコンボを重ねて大ダメージを与えていた。


「そろそろ終局かのう」


 いつの間にかコリンの傍に若いエルフの女性が立っていた。古風な口調の彼女の名は甘露かんろ。このパーティーで唯一、蘇生魔法を行使できるヒーラーだ。


「……すごいですね。災厄級の魔物を圧倒しています」


 ファーヴニルがアタッカーの攻撃に悲鳴を上げ、ひるむ頻度が増えていた。

 その様子にコリンが感嘆していると、甘露は「ふむ」と顎に手を当てた。


「ファーヴニル程度で『災厄』とは、言い過ぎじゃろう。いいとこ、『準災害級』というところじゃ」

「そ、そうなんですか」


 コリンには違いがよくわからなかったが、甘露の口ぶりでは、「災厄」よりも「災害」の方が脅威度が低いらしい。

 実際のところ、コリンを除くパーティーメンバーの平均レベルは七十。このレイドの推奨攻略レベルを大きく上回っている。影拳たちにとってファーヴニル戦は、安全マージンを取ってコリンにレイド戦を体験させつつ、コリンを加えたパーティーの動きを確認するための肩慣らしに過ぎなかった。


 やがて、一人のアサシンの武技がファーヴニルの顎下がっかを貫き、巨竜の目が光を失った。

 前衛を中心に、パーティーメンバーの歓声が上がる。


「やりましたね!」

「うむ。さすがはタブリスじゃ。うちの主力じゃからな」


 止めを刺した黒衣のアサシンの名はタブリスというらしい。


(おや? あのダークエルフの人は……)


 コリンはタブリスの姿に見覚えがある気がした。ちょうど彼のような出で立ちのダークエルフが、『初心者の館』のコリンの元を頻繁に訪れていたのだ。


 フィールドに展開していた【燎原百火】のメンバー達が、ファーヴニルのいた前衛に向かって集まっていく。

 コリンと甘露も、その輪に加わるべく歩き出した。


(……とにかく、無事に生き残れてよかった)


 コリンは五体満足で生還できたことに安堵していた。ファーヴニルは、【燎原百火】の面々にとっては比較的容易な相手とはいえ、コリンにとっては恐怖の対象だった。ファーヴニルの攻撃が間近に迫る度に、コリンは何度となく死の危険を感じていた。


 ファーヴニルのドロップアイテムを確認していた影拳は、コリン達が近づいてくるのに気づくと、片手を上げた。


「おー、コリン先生。お疲れさん。無事だったみたいだな」


 影拳がねぎらいの言葉を掛けると、コリンは頷いた。


「ええ、おかげさまで。……終わってしまえば、あっという間でしたね」

「まぁな。俺もそうだが、今回はファーヴニル戦の経験者が多かったからな」


 影拳はコリンの言葉に答えた後、視線を甘露に移した。


「甘露、コリン先生はどうだった?」


 「うむ」と、甘露が軽く顎に手で触れて話しだす。


「やはり回復ポイントの性能はピカイチじゃな。何より優れておるのが、アレで回復してもヘイトを取らんということじゃ。発動中にコリン氏が動けぬという欠点はあるが、アーティファクトのキャストタイムは短く、リキャストタイムも無いようじゃから、その分コリン氏が動けば実質問題はなかろう」


 『エザフォス・サーガ』の世界では、回復系スキルを用いるとモンスターのヘイトを買うことになる。そのため、戦闘中に無闇に回復を行うと、ヒーラーが敵に狙われやすくなってしまうのだ。

 また、スキルが発動するまでのキャストタイムと、一度使用したスキルが再度使用可能になるまでのリキャストタイムにも注意する必要がある。よく考えずにスキルを使っていると、肝心なときに必要なスキルが使えなかったり、発動が間に合わなかったりする。


 影拳は甘露の分析に目を丸くした。


「すげーな。ヘイト取らずにHPもMPも全回復って、完璧チートだな」


 彼がそう言うのも無理はないことだ。コリンの持つ回復ポイントを生成するアーティファクトは、上述のようなヒーラーの苦労を無にするほどのものだった。


「やっぱ、タブリスの目のつけどころは確かだったな」

「……先生には、いつもお世話になっている。レイドが終わったら、狩りにも付き合ってもらいたい」


 いつの間にか、影拳の隣に黒衣のダークエルフが立っていた。先ほどファーヴニルに止めを刺したアサシンのタブリスだ。

 そう、コリンの回復ポイントの可能性に最初に気づいたのはタブリスだった。

 現実世界における深夜帯にゲームをプレイすることが多いタブリスは、ソロで活動することも多い。都合よく同じ時間帯にプレイできて、回復を掛けてくれるヒーラーの知り合いを持たない彼は、ふだんからコリンの回復ポイントを頻繁に利用していた。


「まあ、そこは今回の作戦が一通り終わってから、個別交渉だな」

「……わかってる。レイドの方が稼げるから、問題ない」


 影拳の言葉にタブリスが同意を示した。

 その後、二十名のレイドパーティー一行は、報酬の分配を行った後にインスタンスダンジョン【鋼毒竜の巣穴】を脱出した。

 談笑しながら次の目的地について話す【燎原百火】の面々を他所に、コリンはいち早く帰途に向かって歩き出す。


「それではみなさん、お疲れ様でした」


 すかさず、影拳が待ったを掛ける。


「待ちなよ、先生」

「ぐえっ」


 巨漢のオーガがコリンの襟首を掴むと、彼はうめき声を上げた。


「……は、離して下さい! もう私の役目は果たしたでしょう?」


 じたばたと手足を動かすコリンだが、影拳の拘束を解くことはできない。


「いやいや、ファーヴニルは前哨戦だから。本番はこれからなんだって」

「え! い、今のって前哨戦だったんですか!?」


 コリンは耳を疑った。レベル二十の彼にとっては、ファーヴニルの巣穴は死地だったのだ。


「生きた心地がしませんでしたけど。……ま、まさか、これから別の災厄に挑むとか言いませんよね……?」

「いや、そのまさかだけど。それも、もっと強いやつ」


 なんでもないことのように影拳が言う。むしろ、お前は何を言ってるんだと言わんばかりの態度だ。


「もっと強い……」


 「始まりの町」フレッシェルでぬくぬくと暮らしてきたコリンにとっては、ファーヴニル以上の災厄など想像できなかった。

 気が遠くなったコリンは、そのまま意識を失い、影拳の方に倒れ込んだ。

 影拳は咄嗟に腕を添えてコリンの体を支える。


「あれ、先生……? ……参ったな。気絶しちまったぞ」

「……ふむ。意外とぎりぎりの精神状態じゃったんじゃな」


 甘露が推測を述べた。

 影拳は辺りを見回して、コリンのお守り役であるパラディンのタンクの姿を探した。


「おい、ガウェインよ。コリン先生を運んでくれるか? この際、今の内に次のレイドのダンジョンまで移動しちまおう」

「心得た」


 ロールプレイ好きのガウェインは、騎士のような礼の姿勢を取って見せた。


 空を見上げれば、まだ日が昇りきっていないほどの時間帯だ。

 『エザフォス・サーガ』の世界の中では、この日は安息日だ。丸一日レイドに費やしても、コリンの仕事には影響しない。


「もう二、三戦は行けるかな」


 影拳はニヤリと笑った。

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