星丸李徴は読者の敵だ!

ヒトデマン

読者は敵だ!

「ふむふむ、今日のPVは3、しかし増えているのは1話目のPVだけ。ということは……」


 その男は、パソコンの前でニタニタと下卑た笑みを浮かべている。


「1話目で読むのを挫折したということだ!フハハハ!そうだろうそうだろう!なにせ俺の小説は非常に難解だからなぁ!」


 彼の名前ペンネームは星丸李徴、拗らせに拗らせたカクヨム作家である。彼の書いている作品は『ラ=ヴォイド星系における人類の興亡史』というSF作品なのだが、これがまた彼の精神性を映したかのような作品で、初っ端から語られる独自のSF設定、読み進めるのを阻害する難読熟語の数々、夢も希望もない陰鬱なストーリー、これらの要因で大半の人は1話で読むのをやめてしまうのだ(1話だけで3万文字もある)。そして当の本人はそれを見て悦に浸るというどうしようもない作家なのだった。


「俺の作品の良さがわかるのは俺だけでいい……まあ、ラノベの平易な文章に脳が溶けきった読者にはもとより期待なぞしていないがな……」


 彼にとって読者は敵であった。読者の予想を裏切ることに心血をそそぎ、読者が気持ちよくなるような展開にはしないことを信条としていた。そんな作品なので星もハートもつかないまま話数が50話を突破しようとしていた時、彼の作品に唐突にハートとコメントが付いた。


「なんだ……?なんだこれは」


 彼の目に映ったのはサクヤという人物からの長文の感想であった。


『初めまして!とても良い作品だったのでコメントさせていただきます!最初に説明されていたSF理論は量子力学に基づいたものでしょうか?物語にしっかりと落とし込んでいて見事です!それで1話の中盤で主人公が言っていたセリフはシェイクスピアからの引用ですかね?間違っていたらすみません。あと1話最後の伏線回収も見事で〜(中略)これからも読ませてもらいます!』


 星丸はかつてないほど熱のこもった感想に困惑する。感想の内容も見事に的を射たものであった。


「ふ、ふん。見事な感想と褒めてやる。だがどうせ、背伸びをして難しい作品に挑戦したくなっただけだろう。最後まで読み進められるか見ものだな」


 だが星丸の予想を裏切り、サクヤは毎日1話読み進めて長文の感想を寄越してくるのであった。


「まさかここまでついて来るとはな。おそらくはコイツも俺と同じ難解なSF大好きの拗らせた作家なんだろう。仲間が見つかって大喜び……と言ったところかな。そうだ、コイツの作品を一目見てみよう。SF設定に破綻があったら指摘してやらんとなぁ」


 SF警察になる気満々で、星丸はサクヤの小説欄に飛ぶ。その時星丸の目に映ったのはとんでもない光景だった。

 とある作品についた多くの星とフォロワー、それは問題ない。問題なのはその作品のジャンルとタイトルだった。


『腐女子の私が聖女転生!?17人の王子様に求婚されて困ってます。〜王子同士のCP妄想の邪魔をするな!』


「なんっっっっっだこれはああああああああ!!!!!!!!!!??????」


 星丸の絶叫が部屋中に響き渡る。


「こんなコテッコテの長文タイトル異世界転生ファンタジーを書いているやつが!俺の作品の唯一の理解者だというのかああああああ!!!!???というか17人だとカップリングしたとき一人余るだろ!」


 変なところにツッコミを入れながら、星丸はサクヤからの感想コメントにとある返信文を入れる。


『サクヤさん。感想をありがとうございます。ところでサクヤさんの著作を確認したのですが、見たところSF作品には興味なさげだったのになぜ私の作品を読むに至ったのですか?』


 星丸はネットの上では礼儀正しい男であった。

 そのような返信を行うと、次回の感想コメントにP.Sでこのようなことが書かれていた。


『私、書くのは異世界モノが好きなんですけど、読むぶんにはSFも好きなんです。というか面白いものはジャンル関係なく色々読んだりしてますね』


 そのコメントは星丸にとっては衝撃だった。SF好きはSFしか読まず、書かず、そして異世界モノなどは読まない、書かない。逆もまたしかりだと、そう考えていたからだ。星丸の心になんとも形容し難い感情が浮かんでくる。それはことへの怒りであり、自分にはない寛容さを持っていることへの嫉妬であった。星丸は衝動に駆られて返信を書き込む。


『読者に媚びた作品なんて書いてて楽しいですか?』


 *


「終わった……」


 書き込んだ後星丸は天を仰ぐ。これはあまりにも失礼すぎると。おまけに嫉妬心が丸見えでダサい、あまりにもダサい。


「もう俺の作品を読んではくれないだろうな……」


 だが、次の日もサクヤは変わらず星丸の作品に感想を残した。そしてP.Sにはこのようなことが書いてあった。


『媚びている、とは思ってはいないです。私はもちろん、自分が面白い!って感じる作品を書いているつもりです。星丸さんだってそうでしょう?』


「……そうだ。俺もこの作品が最高に面白いって思って書いてるんだ。たとえ他人に理解されなかろうと……」


『私はそれと同時に読者が楽しんでもらえるかなって思いながら書いてるんです。自分が最高に面白いって感じる自分の作品を、他の人にも面白いと感じてもらいたいなって』


「……ああ、そうか。俺は恐れていたんだな。他人につまらないと言われることを恐れていた。だから難解な文章と設定で読者を寄せ付けまいとしていたんだ」


『私、星丸さんのファンタジーを読んで見たいです』


 サクヤの言葉で、星丸の中の何かが吹っ切れた。


「……くくく、いいだろう。書いてやる、書いてやろうじゃないか!俺が考える最高に面白いファンタジーで、凡夫どもを楽しませてやる!」


 星丸はまずリサーチから開始した。どんな内容を読者が読んでて楽しいと感じているか。伝わりやすく読みやすい表現とはどんなものか。


「設定は捻っても、展開は捻らないようにしよう。読者が見たいのはスカッとした勧善懲悪だ」

「設定はダラダラと書きつらねず、ストーリーの要所要所で出していくことにしよう」

「難しい熟語を使わず、読みやすい文章を心がけよう」


 こうして星丸は初の異世界ファンタジー作品、『エラー・ブレイドワールド』を立ち上げる。ステータス上では最弱な筈の主人公が、世界の終焉を防ぐために強敵を相手に戦っていくというストーリーだ。


 星丸持ち前の破綻のないストーリー構成力と、入念なリサーチ、そしてサクヤのSNSでの宣伝によって、『エラー・ブレイドワールド』は徐々に人気を博していった。


「ユーザーからの面白い!って感想は、こんなにも心を温かくさせるものだったんだな」


 そして、『エラー・ブレイドワールド』は遂に最終回を迎えようとしていた。サクヤは最終話のひとつ前の回にコメントを残していた。


『とうとう次で最終回ですね!まさか星丸さんがこんな王道なストーリーを書けるとは!……でも星丸さんらしさが無くなって、ちょっと寂しい気もしますね』

『ありがとうございます。挑戦しようという気になったのはサクヤさんのおかげです。実は最終回は少しばかり自分らしさを出そうと思ってまして、でもここまでついてきてくれた読者なら、最終回の展開と受け入れてくれると信じています』


 そして俺は最終回を投稿した。


 *


 結果。


 荒れに荒れた。


『星丸さん……いくらなんでも主人公とヒロイン死亡。世界はシミュレーション上の存在でこれまでやってきたこと全て無駄でした。は星丸さんらしさ出し過ぎですよ……。コメント欄が阿鼻叫喚じゃないですか』


「うーん……ご都合主義じゃないし、ラスボスの世界は救われたし、タイトルと主人公の設定の伏線回収ができたいい終わり方だと思ったんだけどなぁ……」


『でもまあ、私は面白いと思いました』


 サクヤの感想を読んだ星丸は、溜め込んでいたものを吐き出したような、スッキリした穏やかな表情で、阿鼻叫喚のコメント欄を眺める。


『鬼畜!』

『これほど主人公とヒロインに厳しい作者を見たことがない』

『上げに上げに上げといて最後に叩き落としやがって!』


「クックックック、結局俺は前と変わっていないのかもしれないな」


 星丸は目についたとあるコメントが妙にツボに入り、いつまでもそのコメントを見つめていた。



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