第23話 真相

 加奈と巧一朗は、表面上は冷静さを維持しているものの、心の内では混乱が生じていた。


「どうして、お父さんがここに? それに朧さんまで……」


 麻依は心を失った人形のようにだらりと腕に力が入っていないように見えた。動揺を隠せていないのは彼女も同様だった。


「麻依、大丈夫だ。安心しなさい」


「そ、そんなこと言われても……」


「現状を知るものは我々しかいません。麻依さん、どうか落ち着いてください」


 麻依はもしやと考えたのか、自身の通信端末を調べる。すると電波が圏外を示しており、外部の人間が傍受する可能性が低いことを確かめ、どうにか納得しようとしている。


 修司と朧は宙に舞った問いかけをただ受け止めるように真顔を貫いている。


 加奈は麻依の父親が目の前にいる修司だという事実を受け止められず、冷静な表情とは裏腹に混乱が続いていた。


「どういうことだ? どうして麻依の父親が私たちの討伐対象になっている?」


「そうっすよ。麻依ちゃんの情報通りならユニットや幻覚機を販売しているんじゃなかったんすか?」


 隣にいる巧一朗も同じように言葉の節々に疑問符を付けている。


「確かに我々はそれらの売買を行っている、いわば小規模な商店を営んでいます」


 加奈は目線でそれを疑ったが、修司と目が合うと嘘をついているようには見えず、困惑を隠せない。


「本当だよ。表向きはね」


 加奈と巧一朗が「本当か?」と問いただすより先に修司たちが答えた。


「『表向きは』ってことは、守護士協会おえらいさんに言えない秘密があるんすね?」


 巧一朗の問いかけに、修司は頷く。


「とびきりのね。もしかすると僕たちだけでなく、君たちの首まで飛ぶかもしれない」


「お父さん! それ以上は言わない方が……」


 麻依が修司を止めようと手を伸ばしたが、彼が優しく彼女を受け止めるように制止する。


「いいから。僕に任せなさい」


「……」


 麻依は修司の言葉に素直に従った。


 加奈から見た麻依の表情を読み取る限り、彼女も共通の事実を知っているかのような面持ちでいる。


 修司は畏まった表情を見せ、真面目な話をするという意思表示をしていた。


「協会に何を隠している?」


 加奈は単刀直入に質問を切り出した。彼女の問いかけに、修司はほんのわずかに目を伏せて答えた。


「僕たちは探しているんだ。人を殺める電妖体を作り出した、守護士協会の実態をね」


 修司の発言を受けた加奈と巧一朗は思わず我を疑った。人を守る立場にいるはずの協会が悪しき電妖体を創造している? 手柄を作っているだけのマッチポンプを行っているというのか? 修司の告げた言葉は根も葉もないうわさ話にしか聞こえなかった。


「協会が電妖体を創造している……だと!?」


「そんな話はどこからも聞かないっすけど、どうしてそう言い切れるんすか……?」


 修司の独白を受けた加奈と巧一朗は受け入れがたいほど複雑に表情を歪ませた。二人は信じて忠誠を誓ってきた協会に対する疑念すら罠だと思っている。


 そんな二人に構わず、修司は立て続けに理由を話し出した。


「簡単なことだ。守護士サイディアンという仕組み自体、欠陥が多すぎる。元々は優秀な人間の頭脳や身体能力を更に強化するために各国の政府が極秘で施行した人体実験の計画なのだからな。マウスでの実験が失敗したのにも関わらずに当時の上層部が人体実験を断行して当然のように失敗を繰り返してしまった。それが電妖体という敵の誕生だった」


 加奈は心臓の奥に何かが突き刺さったような感覚に陥った。彼女自身も人体実験に同意した過去を思い起こし、思い当たる実験内容まで行き当たり、冷や汗が止まらない。


「な、なら、人工知能が電妖体を創り出したという協会の説明も嘘だったのか?」


「いや、それは嘘ではない」


「どういうことっすか? 人為的な発生じゃないんすか?」


 修司の打ち明けた事実と疑わしき内容に巧一朗が食らいついていく。彼は巧一朗の睨みをあしらうように話を続けた。


「こんな話を教えてあげよう。人工知能を搭載した二つのロボットに人の言語を学習させ、お互いに会話が成り立つかという実験があった。最初は様々な国の言語を話していたロボットたちを見ていくうちに研究者は直ちに実験を中止した。なぜだかわかるかい?」


 修司のたとえ話を聞いた加奈は、考えていくうちに事態が予測不可能な方向へと向かう引き金に繋がったのではないかと考察を深めていく。


「そのロボットが、反乱を引き起こした……?」


「結果的にはね。本当の正解は、新しい言語を生み出して会話を始めたことだ。人間には理解しえない言葉を乱発し、研究者たちを困惑させた。ロボットたちの言語の翻訳に成功した時の言葉はこうだった。『私たちは人間から自由を取り戻す』とね」


「未然に防いでいたら人工知能による反乱は起きなかったということっすか?」


「残念ながら言語を翻訳した時点で他の人工知能に情報を共有されてしまった。電妖体は絶えず生産が続けられ、人類の手には負えないほどの勢力を維持している」


「それは承知の上だ。私たちは戦うしか道が無い。だが、これのどこに協会が絡んでいる?」


「誕生した電妖体が最初から敵意を持っていると思いますか?」


 朧が新たな問いかけを生んだ。


「百パーセントとは言い切れないっす。戦う意思を持たない平和的な電妖体もいますけど……あれ、ちょっと待ってください。おかしいっすよ?」


 進化体の中でも決して戦わず友和を求めてくる存在も過去にはいた。十中八九の電妖体が敵ではないことを、現場を知る加奈たちは承知している。


「巧一朗の言う通りだ。確かに私たちは電妖体を倒すが、いずれも協会が指定した者のみだ。つまり、敵意を持った電妖体を創造しているのが……」


「その通りです。守護士協会の上層部が意図的に悪意ある電妖体を創り出しています」


「そういうこと、なのか……」


「ああ。後は君たちがそれを信じるかどうかだ」


 加奈たちは開いた口が塞がらないというよりも、言葉の節々からある程度の予測はできていた。数珠のように完全に物事が一つに繋がったと納得したわけではない。しかし、修司と朧の証言には一定の理にかなった説明がなされており、すべての言い分を拒めない。


 この先の選択に苦悩する加奈の視界には、物憂げな眼をした麻依の姿が映り込んでいた。


「加奈さん、言えなくてごめんなさい」


「やっぱり、君も知っていたんだな」


「あたしはただ、加奈さんと一緒にいたくて、ずっと言うことができなかったんです」


 麻依が悲壮な声と共に加奈に詫びると、加奈は頷いた。


「いいんだ。私は君に救われた恩がある」


「どうする? 頼みを聞いてくれる気にはなったかね?」


 加奈は固唾を飲んで見守る巧一朗と目を合わせ、もう一度修司たちと視線を合わせて告げる。


「保留だ。私たちの立場では判断しかねない。ただ……」


「ただ?」


 修司が聞き返すと、加奈は少しだけ顔を伏せ、何かを決意したように向き直った。


「その頼み、研究所を通じてなら不可能ではない」


 加奈の言葉を聞いた修司は満足にも似た表情を見せている。


「そうか。それが聞けただけでもいい。ならば話そう、君たちに見せた夢の意味を」

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