6.お仕置きと沁みる痛み


「お嬢さまと同じなのでしょうか?」

「まあ! 私とカブラが同じわけないわ! おまえはなんて馬鹿なの。ほら、さわってみるといいわ、違うから」


 そう言ってほおをこちらに向けたお嬢さまに心底おどろきました。私の胸をちらりとかすめた、いやらしい考えがお嬢さまにはお見通しなのかと怖ろしくなり、脇から汗がにじみます。私のような下男がお嬢さまにふれるなど、ましてこのような汚れた気持ちでふれるなど、とうてい許されるわけがありません。


「それはどうかお許しください」


 私は土にひたいをつけて、怖ろしいお嬢さまの目から逃げました。うぶ毛が光る真白いほおに私の薄汚れた指でふれるなどということが許されるはずもないのに、お嬢さまの目にひたと見据えられてしまえば私の意思など残らず消えてしまい、お嬢さまの言いなりになってしまうからです。


「わたしの言うことがきけないの!」

「お許しください。汚れてしまいます。私などがお嬢さまにふれるなど許されるわけがございません」

「カブラごときでわたしが汚れるはずないでしょう。おまえは馬鹿ねぇ。本当に。うふふ」


 笑い声が聞こえ、ああよかった笑っていただけたのだから、これで満足してもらえたはずと安堵あんどして顔をあげましたら、優しさとは縁遠いほほえみを浮かべたお嬢さまが私を見ておりました。足をもがれて、もがく虫をながめているときと同じほほえみを向けられる私の背中はゾクリとふるえ、自分が人なのか虫なのか分からないような気持ちになります。

 お嬢さまは、目をそらすことすらできず冷や汗を流しながら縮こまる私の目の前で、小さな白い手につかんだ木の棒を振り上げました。


「わたしに失礼なことを言った馬鹿なカブラにはお仕置きがひつようよね?」


 そんなことを言われてしまえば、うなずくしかへんじのしようがありませんので、私は頭を下げてお嬢さまにお仕置きを願いました。


「はい。お願いいたします」

「うふふ、お仕置きされたいのね。馬鹿なカブラ」


 楽し気にそう言って土下座した私に近づき両肩を一度ずつピシリと打ち据えました。これだけで満足したのでしょうか、ほほえんだお嬢さまは着物のそでで隠してももれる笑い声を私の耳にのこし、お屋敷のほうへ戻っていきました。


 私は肩の痛みを感じながら、木の棒をにぎるお嬢さまの白い花びらのような手を思い出します。可愛らしいお嬢さまの小さな手が私のために動くのです。お嬢さまのひどい物言いも、振りおろされた手も、それは私に向けられた私だけのお嬢さまだと思いますと、肩にのこった少しの痛みもジンとみるような、そんな心持ちになるのでした。




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