アアン?

マリィの火葬を終え、ホヅミとリリィの二人はアルストロメリアの城内へと案内されていた。

火葬が終わる頃にはシュウも戻ってきていて、シュウが代わりにアリスへと口添くちぞえをしてくれたお陰で、二人の処遇しょぐうが軽く済んでいた。本来であればルノーラと結託した敵で、魔物である事からほぼほぼ処刑、もしくは地下牢へと再び閉じ込められるところであったので、シュウには感謝すべきだった。だがそれでも二人には封魔錠スペルオフをかけられて、再び捕らわれの身と逆戻りだ。


「すまぬの、無体むたいな扱いで。お主らの素性すじょうには少し問題があるでな。許しておくれ」


緩い表情で陳謝ちんしゃするアリス女王の座すのは、アリスの寝室。いくつもの宝石があしらえられた屋根付きの豪勢ごうせいなベッドだ。著大ちょだいで柔らかな羽毛布団はアリスの小さな体を抱き込む。


「お主達は入れ替わっておると聞いた。片や魔物の血を有しており、片やシュウと同郷どうきょうであると……まずは何から話そうかの……」


胸元に光る大きなダイヤモンドを手でいじくりながら視線を落として思慮を巡らすアリス。眼前でひざまずくリリィとマリィへの今後について決めなければならない。


「リリィ……といったか……お主に二つ、訊ねねばならぬ事があるのじゃ」


神妙しんみょうにリリィの頭に向かって言葉を放っていく。


「リリィ、お主……ハイシエンス王都を滅ぼしたじゃろう?」


リリィとホヅミの肩には力が入り、顔は青ざめる。一変した二人の雰囲気に傍で立つシュウがぎろりと睨みを利かせた。


「やはりそうなのか……そうと分かれば、妾も国を守る立場故、お主をこのままにしてはおけぬ」

「待ってください! リリィはわざとじゃないんです! あの時リリィは……リリィと私は気を失ってたらしくて、リリィ自身も自分の意思でやった事じゃないんです! だから、だから!」


焦燥に駆られるホヅミ。このままではアリスの判断によって、リリィはどうにかされてしまうと、悪い想像をしてしまう。


「まぁ待て落ち着け。別に命を奪おうと言う訳ではない……ただこれも確認させてはくれぬか? リリィよ。魔物と人間の血を有するお主は人間の敵か? 味方か?」


その問いを耳に、リリィの心に芽生えていた思いがつつかれる。それは魔物に対しての肯定心。今までもそうだが、特にゼロとの出会いやデスドラゴンと相交あいまみえた一件、二体に存在した心というものをリリィは知ってしまった。魔物は横暴で邪悪で卑劣というどこかの誰かの受け売りが、今では呆れる程に荒唐無稽こうとうむけい妄言もうげんと思えていた。だがそうとも言い切れないふしもある。ホヅミを襲った魔物がそうだ。けれどもし理由があるのだとすれば。リリィは魔物を知らない。知らないからこそ決めつけるべきではないと、魔物が人間よりも優しい心を持っている可能性を信ずるべきだと、リリィの心が言っている。


「ボクは人間の味方にはならない」


その発言を聞きシュウは身構えるが、戦意が感じられず、拳を作ろうとはしない。


「ほう、では敵であると?」

「ううん……ボクは魔物にも、人間にも……もちろん魔族にだって心があるって信じる。それを、これから確かめていく。だから人間とか魔物とかじゃない。信じた者の味方をする」


その返答に場は静粛せいしゅくする。ふとアリスの口元がゆるみ、綻んでいく。


「ふ……ふふふふふ……ふっはっはっはっ! ………そうかそうか、それは面白い考えじゃ! 気に入ったぞリリィよ! そうじゃの、妾も見てみたい。魔物と人と魔族……他種族分けへだてなく仲良く交流をする世界を」


愉快に胸の前で手を合わせてにこやかに話す。その目線をシュウへと移すと、シュウは何だか分からず眉を顰めた。そしてアリスは再び二人へと目線を戻す。


「これは提案じゃ。リリィ、そしてホヅミよ。お主ら二人、このシュウと共に旅をせぬか?「なっ!?」」


シュウは組んでいた腕をほどいてアリスへと突っかかろうとするが、アリスは片掌をシュウに突き出して触れずにそれを制す。


「まあ旅と言うても、実際は妾からの任務じゃ。任務の内容は、世に起こる人や魔族の魔物化、その既往と仕組みを探る事じゃ。どうじゃ? 何ともお主ら向きの提案だと思うのじゃが」


傍で歯を剥き出して物言いたげにしているシュウがいたが、気にせずに怪訝なリリィが答える。


「その……良いんですか? ……ボクは………王都を滅ぼしたんですよ」

「どの道戦争で多数の犠牲者を出しておったのじゃ……魔物の血を有するお主であれば、無意識に魔物の血が騒いだという事もあるのじゃろう。その意味でも、シュウはお主の抑止力となるじゃろうて………………だがのリリィ、これだけは覚えて置くのだ。手配書にてお主の素性を少なからず知っておる者も多い。妾も口を利かせて置くが、その影響力はこの城内だけと思っておいた方が良いじゃろう」


表情の曇るリリィ。アリスの言う事はもっともだろう。そして自身の力の暴走について。それはリリィの中でも懸念の一つだ。それに関しては先のルノーラ戦で圧倒的な強さを持っていると判明したシュウが、抑止力となってくれるというのだから心配はないだろう。


「おい待て! 俺は認めねぇ! 何でこんな弱い奴らが仲間なんだ! 足でまといじゃねぇか!」


その言葉には、リリィと同様に先行きに不安を感じていたホヅミがかちんと来る。


「シュウよ……これは命令ぞ」

「いやだから「命令ぞっ!」」


シュウが上手にアリスに酷い言葉遣いをしていたにも関わらず、肝心な時のアリス女王としての発言には、シュウも下唇を噛む。


「女王様ありがとうございます」

「ありがとうございます」


リリィとホヅミが口々に言うと、アリスは良い良いと言って気を良くする。


「ではお主らに部屋を用意させよう」


パチンパチン。

アリスが両掌で二拍手、アリスの部屋の大扉が開いて一人の若い執事しつじが姿を現した。黒い正装で白手袋をつけており、腕で体を折る様にしてお辞儀をする。部屋の中へと入ってきて、驚いて振り向く二人の元で屈むと、端正な顔立ちが真近で見られ、二人は顔を赤くする。するといつの間にて封魔錠スペルオフは外されて二人の両手は自由になった。


「それはそうとお主ら……少々汚れが酷いの。どうじゃ? 城の湯浴みで綺麗にしてきてはどうじゃ?」

「えぇ!? お風呂!? やったぁ!!」


はしゃぐリリィはお風呂が好きであったと、ホヅミは苦笑い。


「私は魔法で体を洗います」

「魔法ならば使えぬ。妾の血統は民を守るために魔法の使用を制限する結界を国に張っておるのじゃ。妾もそうじゃ。小さな術式ならば作動はするが」


と言われてホヅミは一層に苦笑い。それとおかしな点に気づく。魔法が使えないのであれば、なぜ封魔錠スペルオフをかける必要性があったのか。


「そうでしたら、封魔錠スペルオフってかける必要なかったんじゃ……」

「念の為じゃ念の為。ほほほほほ」


とアリスは軽く笑い流す。



二人は執事に連れられて一室へと案内される。一室というのはアリスの気遣いが見える。二人別々の部屋というのは、リリィもホヅミも異国の地にては不安だったろう。

部屋に向かう途中で、執事しつじから浴場よくじょうの場所を教えていただいた。男湯、女湯と二つ並んで配置されている。


「では、ごゆっくり」


二人は一室に案内される。


「それじゃボクお風呂行くけど、ホヅミんどうする?」

「私は後で行くね」


リリィは執事と共に部屋のドアを閉めて去った。

ホヅミはというと少し催していたため部屋のかわやに入る事になる。



リリィは執事と分かれて、お風呂へと向かっていた。


「そういえば、ボクって女湯? 男湯? ………んーホヅミんの言葉で言うなら……心は女だから女湯で良いよね」


リリィは女湯へと足を踏み入れる。そこは広い脱衣場だった。壁に沿って縦長の棚がずらりと並ぶ。それから都合の良い事に、下位水魔法スプラッシュの術式を施された自動式洗濯ボールも存在していた。衣服と洗剤を入れて術式作動させれば三十分後には着用可能にまで仕上がる便利な道具だ。


「おお、来たか」


そこには三人いた。三人中二人は、恐らく付きの侍女だろう。そしてリリィに声をかけたのはアリス。着替えは終えているようで素っ裸だ。これから湯浴みに行くのだろう。


「待っておったぞぉ。妾は親睦しんぼくを深めたいと思っておったのじゃ。どうじゃ? 着替えを手伝ってあげようぞ?」


とアリスは小さな胸を揺らしながらリリィの元に寄る。アリスの怪しい笑みにリリィは一歩後退りするが、断ったら断ったでアリスの機嫌を損ねてしまいそうなのでとどまる。


「えっと……女王様」

「アリスで良い。ほう、リリィお主はぺったんこじゃのぉ……可愛らしくて良い」


とリリィの体を確認する様にやんわりと剥ぎ取っていく。ただ手つきが怪しく変な気分になるリリィ。


「あの……女王様」

「安心せい。妾が全部脱がしてあげようぞ」


とリリィの下着に手をつけたアリス。するととある感触にアリスは不思議に思った。


「ん? 何じゃこの出っ張りは」


アリスは気になって下着のパンツをゆっくりと下ろしていく。


「ん? これは……これは………これはぁあ………!」


アリスは気が動転する。衝撃の事実に当てられて、くらくらとその場で尻もちをついて倒れかかるも、侍女達に受け止められる。


「女王様お気を確かに!」

「女王様いったい何が!」


アリス同様に動揺する侍女二人は、アリスの脱がし切れなかったリリィのパンツを引きずり下ろす。


「「なっ!? お……お………男!?」」


リリィはきょとんとした顔をしてアリス達を見る。


「あ、えっとね。これはホヅミんの体で、ホヅミんもちょっと訳ありなの。ホヅミんは心が女の子で」

「そんな事はどうでもいい!! 不埒ふらちな! そんなものをぶら下げて女湯に入ってくるな!」


と侍女の一人が叫ぶ。もう一人の侍女はリリィのもつに怯えて腰を抜かしている。リリィはそこまで驚く事だろうかと自身の股を見る。それは小さな小さなもつであったが、自身も初めて見た時には驚いて我を失っていた事を思い出した。


「リリィはおとこで……おとこではなくて……心がおんなで……でも入れ替わってて……」


アリスは未だくらくらと思考が働いていないようだった。リリィはさすがに不味い事をしたとその場を離れようとする。


「ご、ごめんなさいっ!」


リリィは駆け出して女湯を去った。



ジャー。

自動式水流。魔力を込めるだけで催し物が全て水で流されていく。

厠を出て気が進まないながらも早速お風呂へと向かおうとするホヅミ。今は女の体であるとは言え、もし男の体であるとバレたらどうしようと、バレれば切腹させられるかもと例え予想で不安になる。


「あ、そういえばリリィ、どっちのお風呂行ったのかな? たぶん分かってると思うし、男湯だよね」


リリィが男湯に行くという事はそれはつまり、自身が元男であるとバレるという事。出来ればバレないで欲しいが難しいかもしれない。


(ううん。もういっそ開き直って、事情を説明するしか!)


とホヅミは女湯へと辿り着く。女湯へと入っていくとそこには誰もいなかった。脱衣場で着替えて、洗濯ボールと書かれた場所に衣服を入れる。使い方は製品表示の部分を読めば一通りは理解出来た。と言っても洗剤を入れて魔力を込めるだけだ。


「便利だわー。日本よりも便利。これで三十分後に着れる様になってるんでしょ? 全自動じゃん」


と一人ブツブツ零しながら着替えを終えてお風呂の方へと向かっていく。

大きなガラス扉を開くと白い湯気が蔓延。しばらくして目が慣れるとそこは大浴場。壁に沿って取り付けられたシャワーに、ど真ん中に位置する洪大こうだいなお風呂。更にその真ん中に聳える巨大な柱の周囲にはライオンのオブジェが顔を出しておりお湯を吐き出し続けている。ホヅミは歩いて、掛け湯をしにシャワーへと寄るとふと三人が目に入り驚き仰け反る。


「お、お主はホヅミ!」


アリスが叫んだ。


「あ、女王様……その……えっと……」


湯気のせいで人がいるとは思いもよらず、ホヅミは慌てて弁解を試みる。


「こ、これには深い訳がありまして!! その、私は心理学的と言いますか脳科学的と言いますか、中身が女性なんですはいっ」


とホヅミの言い分は聞かずに三人でコソコソと何かを話し始めた。


「やっぱり付いてない方がいいわよね」

「こっちの方がしっくりくるわ」

「妾も初めて見て驚いたが、あっちのも可愛いぞ」


自身を放置して自身について? 話を始める3人に困惑しながら、話の締めくくりを待っていた。



リリィは男湯へ入ろうとしていた。


「お邪魔しまーす」


気弱に男湯をそっと覗くリリィは中に誰もいない事を確認するとほっと一安心。


「良かったぁ……やっぱり男湯ってちょっと緊張するよね……お風呂に入らない訳にもいかないし……今は男の子の体だけどさ……」


リリィは衣服を今度は自身で脱ぎ始める。そして改めて自身についているもつを確認する。手で触ると妙な感覚に浸るのですぐに止めた。


「でも不思議だなぁ。この袋みたいなの何だろう。これも何かちっちゃなホースみたい」


リリィは知的好奇心による考察を止めてお風呂へと向かっていった。

大浴場には湯気が立ちのぼるが次第に目が慣れて、シャワーのある所にまで向かう。


「あ、誰かいる」


シャワーには人影があった。ちょうど髪の毛を洗っているところの様だ。リリィはまずいと思ってその場を離れようとするが、逃げればいつまで経っても先に進まないと意を決する。


(そうだ、ホヅミんのだけど、今は男の子の体をしてるんだし大丈夫。逆に逃げたら怪しいよ)


とリリィは敢えてその人影の隣に座った。


「ごほんっ……あーえー、先輩! 今日も一日お疲れ様です!」

「んあ? おーお疲れぃ」


と聞き覚えのある声だったがリリィは気にしなかった。


(そうそう。こうやってお城勤めの兵士のフリをしておけば大丈夫)


とリリィはシャワーを手に取り体の汗を流し始める。


「でも今日は大変でしたよね! いきなりルノーラ帝国が攻め入ってきて、妙な連中を連れて」


と自身らの事を妙と表現して軽い自虐を混ぜながら、いかにもお城の兵士であると言わんばかりな発言をする。


「妙? おいてめぇ、死人が出てんだぞ。不謹慎と思わねぇのか!」

「そ、それは……すみません」


マリィの事だ。リリィはこの男の人が思っているより自身がずっと不謹慎であると思った。そして触れられたくない傷をほじくり返されてしまう。


それからしばらく二人は体を洗うのに夢中になる。ふとリリィは、隣の男の人が背中を洗おうとしていることに気がついた。体が硬そうで随分と洗いにくそうにしている。


「あの……良ければお背中、お流ししますよ」

「んあ? ああ、良いのか?」

「はい、先程不謹慎な発言をして気分を悪くさせてしまったため、お詫びです」


とリリィは言って立ち上がり男の人の後ろへと移動する。


「んじゃ頼むわ」

「はい……あ「あ」」


壁に取り付けられた鏡。そこにはシュウとリリィの顔が映し出されて二人は息を揃える。


「シュウ!?」

「おめっ、え、おめぇぇえええ!?!? 何でおめぇがここにいんだ! おめぇは女だろうが!!」

「女だけど……体は……男?」


リリィ自身にも男であるというのが未だ不思議なくらいだ。それはシュウの反応が示す通り。


「ふざけんなよっ! 女湯は向こうだ! 出てけ!」

「だから男の体だってば」


とリリィは立ち上がって振り向くシュウの眼前に股の物を見せる。


「な、何ぃぃぃいいいいいい!!!!?」


シュウは口をぱくぱくとさせて面食らっている。


「ね? だから言ったでしょ?」


リリィは再びしゃがみこんで、シュウを下から覗き見上げる。


「お、俺はもう出る」


ふらふらとシュウは立ち上がろうとすると、バランスを崩して、リリィに覆いかぶさる様にして倒れ込む。


「ぬぉ!?」

「きゃっ……痛ったぁ」


するとシュウがリリィを押し倒した様な姿勢になって、シュウは顔を赤らめ、リリィはそのシュウの様子に疑念を浮かべる。


「シュウ?」


唖然として動かないシュウ。リリィはとある事に気がついた。太ももに生暖かく硬い大きな何かが当たっている様だった。


「シュウ? どうしたの?」


おもむろにシュウは顔をリリィの元へと近づけていく。気づけば自身の右の胸に左手を当てて揉む様な仕草までしていた。そしてリリィはとある事に気づく。


「ねぇシュウ? そのお腹の傷は? ボク達で戦った時に傷つけられたの?」


シュウの腹部には大きく横線状に傷痕きずあとが出来ていた。シュウはリリィの言葉で慌てて飛び起きて、リリィから離れる。


「う、うるせぇ! 違ぇよ!」


シュウはお風呂の方へと向かっていった。リリィも立ち上がるとお風呂の方へと向かっていく。


「てめぇ! 何で着いて来やがる!!」

「いや、だってボクもお風呂入りたいし」

「なっ! ……ああ、そうだったな」


シュウは体の前面をリリィに向けないようにして話す。奇妙な態度にリリィは首を傾げた。



二人はお風呂に隣同士で浸かっていた。シュウが少し距離を取ろうとすると、リリィはそれを追いかけるように距離を詰める。


「てめぇ………離れろよ」

「良いじゃん。これから一緒に旅するんだから、仲良くしようよ」


リリィがそう言うとシュウは渋々距離を取るのを止めて大人しくする。


「ねぇシュウ。お腹の傷ってどうしたの? さっきの戦いじゃないならいつ? その傷新しいよね」

「んあ? ……何だ、分かるのか……………はぁー……………ルノーラの残党を倒してきた」


シュウは追悼の間ずっといなかったのはそれが理由だった。敵討ちに行ってくれていたのかと、リリィは少し舞い上がる。


「もしかして敵討ち? シュウって言葉は酷いけど、何だかんだで優しいんだね」

「あんっ! 違ぇ! 残党をあのままにしておけば、今後アルストロメリアに被害をもたらすと考えたからだ!」

「ふーーーん?」


腹立たしい相槌にシュウは怒りを通り越して呆れ、肩を落とした。


下位回復魔法ヒール下位回復魔法ヒール増幅魔法バイリング!」

「なっ、何すんだよ」


水面から緑色の光が揺らぐ。


「分かるでしょ。治してるの」

「何で治す!」

「だーかーらー。これから一緒に旅をするんだから、親睦を深めてるの!」


しばらくすると、シュウの腹部に出来た大きな傷痕は綺麗に消えてなくなった。


「ちっ! つーかまだ一緒に行くなんて決めてねぇよ」

「な、何それ! 女王様の命令だよ?」

「うるせぇ。だから何とかして一緒に行かなくて良い方法を考えてんだろうが」


なかなか心を開かずに喧嘩腰のシュウには黙っていられず、自身もと喧嘩腰になるリリィはある思案を考えついた。


「ボク達と行きたくないのは、ボク達が弱いからだとか言ってたけど、あれって物凄く心外。そんなに嫌なら、ボクと一つ勝負しない? ボクが勝ったら大人しくボク達一緒に旅をする。どう?」

「んあ? 勝負? おめぇ聞いてなかったのか? このアルストロメリアは、アリスの力で魔法が使え」


シュウの口を遮る様に人差し指をシュウの眼前で立てる。


「魔法なし、で勝負だよっ?」




それから三十分後。ホヅミ達とアリス達は仲良くお風呂に入っていた。ホヅミが事情を何とかアリス達に説明を試みて、理解を示してくれたのだ。


「そうじゃったのか。そんなに辛い事が」

「ホヅミさん……苦労人ですぅ」


意外にも寛容に受け入れてくれたために、ホヅミは嬉しく思う。アリス達の様な反応を皆が示してくれれば良いのだが、日本ではなかなか上手くいかなかった。異世界でも酷い人間達ばかり見てきたが、やはりシュウが居着くだけあって良い人達ばかりなのだろう。

談笑をしながら四人は仲良く大浴場を出た。洗濯ボールの衣服洗濯も終わっている様で、皆体の水気を綺麗に拭き取って、綺麗でいい匂いになった衣服を身につける。ここでなんといっても、皺が何一つ見当たらない所が良い。素晴らしい異世界発明品だ。


「そういえば、男湯の方にはシュウが行ったはずじゃが」

「え!」


唐突なアリスの発言にホヅミは驚く。


「ひょっとして……まずいかの?」


着替えを終えていた四人は慌てて男湯の方へと向かう。男湯はオブジェから流れ落ちるお湯の音で満たされていた。着替えは洗濯ボールの中に洗い終わった衣服が二人分各々に残されている。

四人は走る。大浴場への扉を開けて、白い湯気の中を突っ切ると、お風呂には茹で上がった何かが二つ浮かび上がっていた。


「シュウ!」

「リリィ!」


アリス、ホヅミの悲鳴は大浴場で大反響する。





風呂場で逆上せてしまったリリィをホヅミが、シュウをアリスが、別々の部屋で看病かんびょうをする事になっていた。

連れてくる途中でリリィは白目を向いていたが、今では羊毛のふかふかベッドでスヤスヤと寝息を立てている。そんなリリィを見ていると何だか自分も眠くなってきて、ベッドの傍で膝を折って、上半身はリリィの邪魔にならないところに潜らせる。


「あのさ……リリィ」


眠っているはずのリリィに声をかける。返事などする訳もなく、独りごちた様に問いかけが空間を彷徨う。


「私が入れ替わりを使えていたら……リリィのお母さん、マリィさんは生き返ったのかな……」


ホヅミは後悔と罪悪感に苛まれていた。自身がシュウの様に固有能力を使えないばかりに、救えるはずの命を摘み取る事になってしまったのだと、ホヅミは自責の念でいっぱいだ。


「ごめんね……ごめんね……うっ……」


濡れる羊毛。不快な感覚が顔の表面から伝う。

泣くの謝るのもホヅミにはお手の物だ。そんなもの何の役に立つのだろう。そんなものよりも潜在する能力を器用に扱える事の方がホヅミには大切なのだ。



「マリィさん……まだお礼……言ってないよ」


特訓によってホヅミの魔法技術は巧みになっていた。応用魔法はリリィいわく誰もがすぐにでも使える様にはならない。そして常人であれば一日数回の練習が限度なのだ。それをリリィの体を用いて何百と繰り返してホヅミは魔法を習得していた。


「リリィ……?」


ふと無造作にしていた左手に感触。リリィの温かな小さな手が、ホヅミの手を優しく握る。


「おはよ……」

「その……おはようリリィ……」


泣いているところを見られたとホヅミは急いで腕で涙を拭ってにかりと作り笑って見せる。


「ホヅミん………ママの事を悲しんでくれてありがとう」


だがリリィの言葉はぐっとホヅミ胸を抉っていた。作り笑いもすぐに失せ、暗い面持ちになる。


「リリィ……私……私が無力なばっかりに……」

「気にしないでホヅミん。ホヅミんはこの世界に来てまだ浅いんだもん。あのシュウって人とは違うのは目に見えて分かるし」


そういえばシュウはこちらの世界に来てからどれくらい経つのだろう。そんな疑問がホヅミの頭を過ぎる。



シュウの寝室にて。そこは日本より来たシュウのためにあしらえた一室であった。アリスはシュウのためと思って豪勢な部屋に仕立て上げようとしていたが、シュウ自身の申し出であまり色のない部屋のままで出来上がっていた。シンプルなシーツにシンプルな木製の椅子。それでいても高級品を用いて創り出されたものだ。どこか気品に溢れた品物達だ。


「シュウよ……可哀想に……」


逆上せて目を回し、動けなくなっていたシュウを、自身のものとは対照的な簡素なベッドへと寝かせるアリス。一人では無理なので、執事に手伝ってもらっていた。執事は自身一人に任せてくださいと頼んでいたがそんなのはアリスにとってどうでもいい事柄だ。何より滅多にシュウの体に触れる事など出来ないのだ。弱ったシュウをあます所なく執事の前で平然とアリスは堪能たんのうする。


「すーはーすーはー! ああああシュウの匂いじゃ! シュウフェチじゃ!」

「おいてめぇ……マジでいい加減にしろや」


火照り赤くなった肌色で無抵抗に体の至る所に頬を擦り付けられるシュウは、その頬を持つアリスを目で追って睨みつける。


「まあそう怒るでない。こういったスキンシップも大事ぞよ?」

「ぞよ? じゃねぇよ何の拷問だアンッ!」


しかし止まらぬアリスの猛攻に、シュウは頭に血を昇らせる。だが返って湯あたりを増長させてしまっているようだ。


「くそっ! 体が動かねぇ!」

「そう熱くなるなシュウよ。それではいつまで経っても体が動く様にはならんぞ?」


言われてシュウはようやく落ち着きを取り戻した。自身の怒気が自身をむしばんでいるのだと気づく。


「ちっ」

「それよりシュウよ、二人揃って仲良く湯あたりとは、随分と親交を深めたものよの?」

「違ぇ! ………勝負してたんだよ……」


アリスはすりすりを止めてシュウを見る。いつもと違った種のぶっきらぼうな話しぶりに、首を傾げるアリス。シュウの頬が赤い……のは気の所為だろうか。


「…………わねぇ」


急にもごもごとした口調になりだすシュウの顔にアリスは耳を近づける。


「別にあいつらとなら旅したって構わねぇ」

「ほう? 何じゃやぶから棒に。どんな心境の変化じゃ?」

「うるせぇ! 良いつってんだろ!」


ぞんざいに荒ぶった口調へ元通りになると、アリスは安心したかのように再び頬をすりすりとシュウの体中に擦りつける。


「俺が守らねぇとあいつはもっと辛ぇ思いすんだろーがよ」


シュウはこれまでになく小さな声でつぶやいた。


「ぬ? 今何と申したか?」

「うるせぇっ!! つかてめぇいつまですりすりしてやがんだ!!」


とぎこちないながらもシュウは体を無理矢理に起こした。それに驚いたアリスは慌ててシュウから離れる。執事に手で合図すると、暴れ始めるシュウを執事が抑え込んでいた。この場は結界内。シュウは固有能力の発動を出来ない。だがそれでも大人の手で抑えられる域を超えていた。もし執事が通常多くの大人の一人であれば、暴れるシュウを止める事はかなわなかったろう。


「ではシュウよ。養生せいよ?」


と軽い言葉を残して去るアリス。部屋を出て扉を閉めても騒ぐシュウの声がアリスの耳には届いていた。



夜。執事がガラガラと音を立てて台車を押し、ホヅミとリリィの元へとやって来ていた。二人はお風呂で体を綺麗に洗い、服も綺麗に洗濯して心地良い。だが一つ足りないといったところで、執事からの嬉しい発言が。


「お食事のご用意が出来ました」


執事の運んできた台車には、クロッシュが四つずつ二段に分けられている。


「待ってましたぁ!」


特にお腹を空かせているだろう二人。最後にまともに食べたのは、イルミナでの一時だ。けれど痺れ薬が入っていたと考えるならば、まともとは言えないのかもしれない。

神々しい大理石の卓上に食事が運ばれ、二人は小さな靴下を履いた丸い椅子に腰掛ける。クロッシュが執事によって開かれると、そこには未知の世界が広がっていた。眩い光沢のあるお魚のソテーに、炒め物にも関わらず美しく中央を盛り上がらせて整えられた料理。真っ白く丸い大きな皿の中心にぽつりと置かれたデザートを引き立てる。そして四つ目のお皿にはホヅミの見覚えのある料理。ドーム型に盛り付けられたターメリックの粒の集まり。中央はくり抜かれ代わりに茶色の液体がそこには潜んでいた。


「これってカレーライス?! やったぁ!」

「かれー………らいす? 何それ? 美味しいの?」

「美味しい美味しい! すっごく美味しい! 」


異世界に来てから初見のご飯。しかもカレールー付きとは。リリィの反応を見る限り、恐らくシュウの影響によるものだろう。


「いっただっきまぁーす……ぱくっ………んまーい!! カレーだ…カレーだよぉ〜」


辛過ぎず甘過ぎずまろやかな味わいは、言うなれば生き別れた兄弟との感動の再会。もちろん兄弟などホヅミにはいないが、兄弟といえる程にホヅミの舌に影響を与えた食べ物は他にはないだろう。


「やばい、美味しすぎる! 初めてじゃないのに何でだろう……あれだね。空腹が最高の調味料ってやつ?」

「何? それ」

「ん? お腹空いてる時に食べる方が一番美味しく感じるって言う豆知識があるのよ」


ホヅミの言うことは尤もだ。けれどホヅミ自身は気づいていない。学校での給食も、親の作ったカレーも、外食のカレーも、それはホヅミが暗い青春を過ごす中で食べてきたものだ。そういう意味では、初めて食べる料理なのだろう。


「いただきます……もぐ……んーっ!?」


ホヅミの食べる様子を十分に確認してから、初のカレーを体験するリリィ。感動のあまり、スプーンを口に入れたままもごもごと口を動かしている。スプーンまで食べ尽くしてしまいそうな幸福感に満ちた表情だ。


「これがかれーね……癖になりそう」



二人はカレーを平らげて他の料理にも手をつけていた。出された異世界料理は異世界人であるリリィにも普段お目にかかれないような高級品ばかりで、二人の舌を十分に満足させていた。料理のなくなった皿を、置きっぱなしにしてある台車に乗せておく。しばらくすると執事が台車を回収しに部屋へと入って来た。


「あの、美味しかったです。ごちそうさまでした!」

「ボクはもうちょっと食べたかったなぁ」


実を言うと腹を空かせてしょぼんと浮かない顔のリリィを不憫に思い、ホヅミが食事を分けて上げていたのだ。それでもリリィはまだ物足りないのだという。見ればお腹が少し服伝いでぷっくらと膨らんでいるのが分かる。そんなお腹をぽんぽんと叩く素振りを見せるリリィを見て、執事はくすりと笑った。


「明日も朝食が出ますので、料理長の方に伝えておきます」

「ほんとっ!? 執事さんやっさしぃ〜」


喜々として歯を見せるリリィに一礼、そしてホヅミに一礼をすると、執事は台車を引いて部屋から出ていく。

その後二人は異世界遊びで夜遅くまで過ごすのであった。就寝時間と思われる時間に執事が部屋をノックすると、こっそり笑顔を覗かせて天井中央の魔法のランプを解除した。だがホヅミは飽き足らず、リリィに向かって枕を投げつける。


「ホヅミん何するの?」

「あははっ。これは日本で流行ってる枕投げって言うの」

「ふーん………でもそれ………日本だけじゃないみたいだよっ!」


と言いつつリリィも枕を投げ返す。枕は大きなベッド二つに二つずつ置いてあったために、枕の投げ合いには十分に足りていた。


「えーい!」

「やったなぁー!」


キャッキャと月明かりの差し込む中で騒ぎ立てる二人の間には一筋の明かりが差し込む。


「お客様、お静かになさってください」


執事が部屋のドアを開けたのだ。

それからは二人大人しくベッドに潜り込んでいた。不意にリリィはホヅミの布団に乱入してきて、ホヅミの手を握って肩を寄せる。

二人は微かに聞こえる虫たちのささやきを子守唄に、すやすやと瞳の中にも夜を見るのだった。



明朝。

昨夜執事と約束した通りに、豪勢な朝食がリリィ専用に運び込まれていた。食べ終わる頃には、リリィのお腹がぱんぱんに膨れ上がっていた。それには執事も


「全部食べなくても良かったのですが……」


と苦笑を零す。きょとんとしたリリィには毎度の事ながらホヅミも苦笑いが絶えない。

数十分するとアリスから呼び出しが執事を通して為された。リリィは重たいお腹を抱えながらホヅミと共に、執事を先導にしてアリスの寝室へと出向く。

アリスの寝室にはベッドの前にアリス、そしてベッドの脇にはシュウが立ち尽くして待っていた。


「おはようリリィ、それにホヅミ。昨夜は何やら騒いどったが、よく眠れたか?」


昨夜泊まった部屋からは五十メートル以上は離れているだろうに、あの枕投げの騒ぎはアリスの耳に届いていたらしい。重々しい扉が取り付けられていたにも関わらず、アリスが地獄耳なのか、それとも昨夜の一件があまりの失態であったのか。


「あの……すみません。騒がしくしてしまって」

「良いのじゃよ。それよりも、今日はシュウと共に旅立ってもらう日じゃ。支度は充分か?」


二人は朝食を運び込まれる際に旅支度を整えて置くようにと言われていた。と言っても着替えや持ち物以外は得に用意するものがなかった。


「大丈夫です」

「そうかそうか。ではホヅミよ、これを受け取るが良い」


と差し出されたのは黄緑色の数珠じゅずの様なものだ。


「それは封魔珠スペルカットと言って、妾が特注で作らせた魔力抑制の魔道具じゃ。手にかけ両手を合わせて念じると、お主の体に宿る魔力は抑制される。つまり、自由に結界の出入りが可能となる」

「結界?」

「おおー!」


ホヅミは何の事だかさっぱりといった面持ちだ。隣でリリィが喜んでいる事が不思議でならない。だがふとホヅミは気づく。結界とは魔物が入れなくするためのバリアの様なものだ。今自身は魔物の血が半分流れている体である。それによって結界に弾かれる事も弾かれない事も両方の場合で起こっていた。ならば封魔珠スペルカットというものはかなりの重要かつ必需品ひつじゅひんである。


「そしてリリィ。お主にはこれを授けよう」

「これは何ですか? 女王様」


アリスは焦げ茶色のグローブを渡した。ホヅミがしているものと似ているが、長さは手の甲を覆う分しかない。


「魔法耐性のあるグローブじゃよ。シュウから聞いておるぞ? お主は増幅魔法バイリングを使って身の丈に合わない魔法を撃った事があると。お主の体はお主のものではない。人間の体じゃ。次からはそのグローブを嵌めて増幅魔法バイリングを唱えるのじゃな」

「おおー! ありがとうございます女王様!」


女王からの贈呈式ぞうていしきが終わる。


「では、妾も最後まで出迎えてやりたいのは山々じゃが、妾が着いていくとちと騒ぎになってしまうでな。ここでお別れじゃ。シュウよ、必ず二人を守るのじゃ。リリィとホヅミはシュウの背中を頼む」

「アアンッ! 俺の背に立った奴は皆殺しだ!」

「それじゃボク達どこに立てば良いの?」


と喧嘩越しのシュウに返したリリィの言葉を聞いて、確かにそうだとアリスにホヅミ、そして執事までもが一同に吹く。


「では気をつけて行ってくるのだ」


言われてシュウ、リリィ、ホヅミの三人は執事とアリスをその場に置いて寝室を後にする。シュウは通りかかる兵士やメイド達にがんを飛ばす様にして通路のど真ん中を堂々と先導していった。

城を出ると早朝にも関わらずせっせと出店の準備を始める町人達がたくさんと外に姿を現していた。すると途中頭に白いハチマキを巻いた中年くらいのおじさんが一行に気づく。


「おうシュウさん! これから任務かい? あんたがいなきゃこの国は手薄てうすだ。何かあったらすぐに戻ってきてくんなよ!」

「あ? あたりめぇだ」


更に歩くと、子供が出店の手伝いをしているのが見えた。親の言う事をちゃんと聞いて立派だとホヅミは感心する。


「あ! シュウ! 昨日腕相撲の勝負約束してたのに逃げたろ! 何で逃げたんだよ!」

「へぇ〜、シュウさん。腕相撲の勝負逃げたんだぁ?」


鼻にかけて言うホヅミの態度に、シュウは鬼気迫る顔でホヅミと子供を睨みつける。


「逃げてねぇ! 何なら今ここでこてんぱんにしてやろうか?」

「上等だぜコラ! かかってきやがれシュウのおたんこなす! あたっ!?」


と親と思われる髭の男の人が子供の頭を殴りつける。


「おめぇがおたんこなすだ! シュウさんはな、昨日攻めてきたルノーラとの戦いに明け暮れてたんでぇ! やばかったんだぜ昨日は。何でもハイシエンス王都を滅ぼした、魔物と人間のハーフが………」


と髭の男はホヅミの顔を見て驚愕していた。


「お、お前さん……何で……牢屋に入れられてたんじゃ」

「あああああんんんんん!!! 黙れやコラァァアアア!」

「ひぃぃぃいいいっ!!!?!?」


シュウの一喝いっかつで黙り込む髭の男。しかし同時にホヅミは気づく。リリィも沈んだ面持ちになっていた事を。更に気づけば、自身へ送られる視線がやたらと多い様だ。最初はシュウへの視線だと思っていたがどうやらそれは違うらしい。


「あれよ。怖いわぁ〜」

「あれが王都を滅ぼした悪魔ね。人間みたいで気持ち悪い。王都だけに嘔吐おうとしそう」

「たぶん牢屋に収まり切らないんだろ」

「まあ、シュウさんがついていてくれるなら安心だけどよ………ったく、気味が悪いぜ」


そんな言葉達がホヅミの頭で渦巻いた。いつか聞いた様な戯言ざれごとだ。自身が言われている訳でもないのに、自身が言われている様に思えてしまう言葉のたぐいばかりだった。



外に出る頃には三人の中の空気が一気に沈んでいた。さすがのシュウも元気をなくしている様に思えた。が


「ふんっ………はあああっ!!!!」


ドガゴオオオオォォォオオオンン!!!

シュウは地面を蹴り先の方へ飛んでいくと、着地と同時に地盤を揺るがす程の強力なパンチを地面へと繰り出した。パンチを済ませて歩いてリリィ達の元まで戻ってきたシュウ。


「あーすっきりした」


シュウは鬱憤晴らしのつもりだった様だ。


「じゃあ今から空間を開く。出発の準備は良いな?」


二人は揃ってうなずいた。それを確認したシュウは、二人のいない空間で両掌をかざす。


亜空の支配者ジオメトリーグリッド!」


シュウの前には人一人が通れるくらいの大きな空間の揺らぎが出現する。


「じゃあ行くぜ」


シュウは足を踏み出すと、つま先から体中全てを空間の揺らぎによって飲み込まれてしまう。空間の揺らぎは消えない。次はお前達の番だと言っているかのように不気味に揺らぐ。


「行こうホヅミん」

「うん」


リリィ、そしてホヅミが意を決して揺らぎへと足を踏み入れる。踏み入れた直後足が消えた様に見えて奇妙な感覚に陥るが、通り抜けてしまえば呆気ない。そこは先程までいた地とは別の地であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る