親子

今回の作戦を企て、総統の役目を担っていたロウシュが消え、烏合うごうしゅうとなるルノーラの軍勢。後から集まった別の中隊長がその場の指揮を図ろうとするが、誰もがこの作戦の要を失った事に唖然としていた。故に別の中隊長の言葉など聞く耳も持たない。予想だにしなかった事態に誰もが心を折っている。いや、既に折られていたのだ。以前ルノーラは兵力だけでアルストロメリアに攻め入った事があった。その時既に、ほとんどシュウという勇者一人の力で軍勢は手も足も出なかったのだ。シュウだけでなく、ホヅミ達三人までアルストロメリア側について、ルノーラが勝てる見込みなどあるはずもなかった。


上位氷魔法ヒュルゾネス上位氷魔法ヒュルゾネス上位氷魔法ヒュルゾネス上位氷魔法ヒュルゾネス!」


人間の身でありながら、その特異な能力で通常出し得る回数を超えて上位魔法を片腕で唱え続ける女マリィ。


下位火炎魔法ジェラ下位火炎魔法ジェラ増幅魔法バイリング!」


中身は魔物だが、人間の体であるにも関わらず増幅魔法バイリングによって高威力の魔法を唱え続ける少女リリィ。


「おらおらおらおら!! もっと俺に殴らせろぉ!!」


Sスーパークラスの魔物ですら一人で圧倒してしまうほどの怪力で兵士達をボッコボッコと殴り飛ばす勇者シュウ。


氷槍の縷々アイシクルヴァベル!」


中身は人間であるが、魔物の血が混ざった体を駆使くしして強大魔法を唱え、兵士達を震撼しんかんさせるホヅミ。


「「「「「ぬおおおおおお!!!!」」」」」


兵士達は為す術なく、敵前逃亡を強いられる。あっという間に兵士達を追い返してしまった四人。一箇所に集まってルノーラの情けない背中を見送る。


「けっ! 口程にもねぇ……つかおめぇら……特にてめぇとてめぇ、人間だろ。化け物か」

「なっ、それなら君だって」


シュウは相も変わらずといった態度でリリィとマリィにつっかかる。リリィは言い返そうとすると、それをいなす様に制すマリィが笑顔でシュウの前に出て、視線の高さを合わせた。


「ちょっと勇者ちゃん? 初対面の人にてめぇだとか化け物だとか言っちゃだめよ?」


丸みのある言い方で、人差し指を優しくシュウの鼻先に触れる。シュウはその母性溢れる温和な微笑みに頬を赤く染めた。


「う、うるせっ」

「こーら?」

「……はい……」


シュウの態度の変化にリリィ、ホヅミ、そしてシュウの背後からやって来たアリスは特に、皆して驚いていた。三人の間には雷の様な衝撃が走り、驚天動地を招いた様な顔をしてシュウを見つめる。それに気づいたシュウは、三人のあからさまな態度に腹を立てた。


「な、何だてめぇら! 文句あんのかコラ!」

「「「別にぃ?」」」


白を切る三人にシュウはますますぷんすか腹を立ててついにはムスッと黙る。


「あ、ねぇシュウ。あのロウシュっていう男の人はどこへ行ったの?」


ホヅミは聞くが、怒って口も開かなくなったシュウはそっぽを向いてしまう。するとシュウの横から出たアリスが代わりに説明をしようとする。


「シュウは固有魔法で時空間魔法の使い手なんじゃ。さっきの暴君ぼうくんは、恐らくこの世界のどこか遠い果ての地へ飛ばしたのじゃろうて」


アリスの介入にシュウ以外の皆がきょとんとする。初対面であるからだ。三人はとても綺麗な女戦士だと思っていたが、その実は違う。


「おおそうじゃった。申し遅れた。妾はアルストロメリアの女王。アリス=アルストロメリアと申す。苦しゅうないぞよ?」


それを聞くとマリィは慌てて小腰を屈めて平伏する。ぽかんとする娘のリリィにも膝を折らせて礼をする。ホヅミもそれを見て習い、アリス女王に向けて頭を下げた。


「この度はご尊顔そんがん拝謁はいえつたまわり幸福の極みにございます」

「よいよい、よいのじゃよ。堅苦しいのは嫌いなのじゃ。そなたもシュウくらいの言葉遣いくらいでも良いのじゃよ」


と三人はシュウを見る。


「あん?」


三人は苦笑いをするしかなかった。あそこまで酷い言葉遣いなのは恐らくシュウくらいで、それを許す王もこのアリス女王だけだろうと三人は共通して思う。


「して今回の件じゃが……」


アリスが事の顛末てんまつについてホヅミ達三人に訊ねようとした刹那。マリィは後ろから風を切る様な音がして振り返った。マリィはそれを見た瞬間に無意識に体が動いていた。


「リリィ!」「えわっ!?」


マリィに突き飛ばされるリリィ。リリィの目の前にいてそれに気づかなかったアリスは気づいてから身動みじろぎ一つするまでに少し時間がかかってしまった。

ズクッ。

その不快な音にその場にいる誰もが開いた口が塞がらない。バタリと横たわるマリィ。マリィの背中からは、矢先が赤く突き出ていた。


「……ママ? ママぁっ!?」


血相を変えて焦燥するリリィはすぐさまマリィの元に駆け寄る。


「だ、誰か回復魔法を使える者はおらぬか! ええぃ何を固まっておるお主ら! 早く! 早くこの者の治療をするのだ!」


アリスが振り返ってアルストロメリアの兵士達に呼びかける。突然の出来事に動転していたが、すぐに奥から回復魔法担当の兵士達が駆けてきた。


「待って! 回復ならボクに。ボクなら回復魔法で増幅魔法バイリングが出来る!」

「何じゃと!? その様な真似が出来る兵士はアルストロメリアにはおらん」


リリィは急いで矢の刺さったマリィの体と刺さり具合を見る。矢は脇腹わきばら付近からななめめに貫通かんつうしている。だんだんと衣服が血で赤く赤く染まっていき、マリィは呼吸するのも辛そうだった。矢の刺さった位置は恐らく肝臓、血の量からして大動脈にも傷がついてしまったのかもしれない。


(そんな……ううん、間に合う。今から回復すれば)

下位回復魔法ヒール下位回復魔法ヒール増幅魔法バイリング! シュウくんホヅミん! 矢を抜くのを手伝って!」


リリィの両手からは緑色の光が眩く溢れる。リリィの指示に従ってホヅミや、怒っていたシュウもマリィの元へと駆け寄った。シュウは矢の刃先部分を綺麗に折り、マリィに声をかける。


「おい、今から矢を抜くからな。抜くと同時に息を吐けよ!」


ホヅミは横に力が逸れないようにシュウの合図に合わせて一気に矢を抜く。同時に血液が溢れ出して地面に血溜まりを作り出す。


(ここで一気に血管修復と臓器修復を行う。間に合って! お願い!)


リリィの両手の光は想いに反応して強まっていく、けれどマリィから流れ出る血は一向に止まらない。修復が追いつかず、溢れ出る血流によって血管が裂けていっているのだ。


「こうなったら……中位回復魔法セラヒール中位回復セラヒ


ガシッ。

その時マリィの左手がリリィの左手を強く掴む。マリィは優しい笑顔で、首を横に振った。


「何で! 今からかければ絶対! 絶対に間に合う!」

「リ……リィ」


リリィの目から涙が溢れる。リリィは知っていた。傷の状態を見た時に理解してしまっていた。マリィはいくら回復魔法をかけた所でもう助からない事を。それほどの傷を運悪く受けてしまったのだと。傷は治せる回復魔法。でも致命傷は治せない。


「ママ……嫌だ……」

「リリィ……聞いて……」


リリィの涙がぽたぽたとマリィの手に、顔に滴る。


「幸せを……ありがとう……」

「ママ……嫌だよ。やだやだやだ! せっかくまた生きて会えたのに……こんな…………こんな…………」


リリィの両手の中で冷たくなっていくマリィの左手。マリィはその手に残る僅かな温もりで、リリィの頬をそっと撫でた。


「リリィ……愛してる」


マリィの瞳からは光が失われていく。柔らかい優しい笑顔のままで、いつか見た父親と同じ様に、遠い遠い空へと旅立っていった。

リリィはマリィの冷たくなった左手を抱きしめる。まだ残っているかもと期待する温もりは、強く握りしめても一切感じられず。


「ママぁ、ママぁ……そうだ! 確かあの魔法があった!」


リリィは再びマリィに向けて両手を翳す。その魔法は今の今まで一度も使った事がない。試した事はあった。可愛がっていた野良猫が死んでしまった時、リリィは独学でとある魔法をかけたが失敗した。それは蘇生そせい魔法、超位蘇生魔法リヴァイヴァル。本に記述されていた伝説の魔法。それは過去に一度だけ命の蘇生そせいを可能にしたという伝説の物語だ。後に蘇生魔法は固有魔法で一部の者にしか使える可能性はないと知る。だがリリィは以前に賞金稼ぎ組合バウンティユニオンに出向いた時に確認したのだ。自身は蘇生魔法が使えるのだと。


「蘇生魔法、超位蘇生魔法リヴァイヴァル

…………」


だが何も起こる事はなかった。


「そんな……ううん。諦めちゃだめ。超位蘇生魔法リヴァイヴァル超位蘇生魔法リヴァイヴァル超位蘇生魔法リヴァイヴァル超位蘇生魔法リヴァイヴァル超位蘇生魔法リヴァイヴァル超位蘇生魔法リヴァイヴァル超位蘇生魔法リヴァイヴァル

超位蘇生魔法リヴァイヴァル超位蘇生魔法リヴァイヴァル超位蘇生魔法リヴァイヴァル超位蘇生魔法リヴァイヴァル超位蘇生魔法リヴァイヴァル!」


リリィは何度も何度も叫び続けた。本で読んで理論は分かっている。この魔法の発動する仕組みも分かっている。けれど何度やっても何かが起きる事も、何かが起きる予兆よちょうも訪れる事はなく、声だけがだんだんと掠れていくだけだった。


「何で! 何で! 何でなのぉ!!!」


百回以上は唱えていただろう。命はうしなわれてから一分以内に蘇生させなければならない。その一分を超えてもリリィはまだ間に合うかもと期待を持って繰り返していた。そして唱えるだけ唱えると今度は、リリィは地面を両拳でドンドンと叩き始める。それを見ていたホヅミはあまりに見ていられず、リリィへとゆっくり歩み寄って、その肩に触れようとする。


「ホヅ……ミん……そうだホヅミん! ボクと! ボクと入れ替わってよ! そうすれば魔力が戻って蘇生魔法も使える様になるよ!」


きらきらと目を輝かせてホヅミを見上げるリリィ。期待の乗った目を向けられてホヅミは困惑をする。ホヅミは入れ替わりの能力を自在に使えないのだ。


「分かった……やってみる」


それからホヅミはありとあらゆる手を使って入れ替わりを試した。色んな力の入れ方をしたり、入れ替わった時の出来事をよく思い出して、頭をぶつけていたなと、その時を再現したり、二人の心持ちを変えてみたりなど実験を繰り返した。けれど入れ替わる気配はなく終いにはリリィが強い頭突きを繰り出してお互いに頭から血を流す羽目はめになる。


「返して……返してよボクの体! 返して返して返して!」


リリィはやるせなくホヅミの肩を揺さぶった。ホヅミはそんなリリィに憐憫し、目を逸らして無抵抗でいる。


「ええぃ! みっともない! 止めんか!」

「うるさい! 女王様にはボクの気持ちなんて分からないよ!」


泣きじゃくりながら叫ぶリリィの言葉にムッとしたアリスはリリィの元へと寄る。

ペチン。

アリスはリリィの頬を平手打ちした。


「分かる……分かるとも。妾も、この手の中で母上をうしなった」


それにはリリィもはっとした。リリィは自我を取り戻して周りを見回す。皆が辛酸しんさんを嘗める様な面持ちでこちらを見ていた。だがシュウだけはいなくなっていた。きっと悲痛な自身の姿を見ていられなくなったのだろう。


「ママ…………ママ…………うあああんっ!!」


リリィはアリスに抱きついて慟哭どうこくした。せっかく掴もうとした、思い描いていた未来図が崩れてしまった。アリスの温かさを肌で感じて、マリィを投影しながらも、リリィは少しずつ、少しずつ泣く事を止めていった。



追悼ついとうの儀。

アリスが気を利かせて、このアルストロメリアの地でマリィの追悼をホヅミ達や兵士達と共に行う事となる。シュウの姿は見当たらなく、やはりしんみりとした空気は苦手なのだろうとホヅミやリリィは勝手に思っていた。マリィのいれられた黒い棺桶かんおけに、一人一人がお花を一輪ずつ詰めていく。棺桶かんおけの中が花でいっぱいになると火葬かそうを行う訳だが、それについてはリリィが率先した。自分の炎で送ってあげたいとのリリィの強い申し出だった。

アルストロメリア火葬場かそうじょうに移動すると、マリィの棺桶は火葬炉かそうろの中へと入れられる。


「ママ……それにパパ……ボクも……愛してる。幸せをありがとう…………下位火炎魔法ジェラ!」


リリィの魔法によって着火され、大きな炎に包まれる棺桶が燃え尽きるまでの間、リリィはじっと噛み締めて、涙を流し続けた。


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