ホヅミ?とリリィ

小鳥は歌い、木々が風に揺れて踊る。陽射しは柔らかに、林道のど真ん中に延びた二人をきらきらと照らす。一匹の小鳥ははばたき、内一人の少女の小さな鼻に降り立つ。


「ん……」


小鳥にちょっとした痒みを与えられて、少女はすっと意識を取り戻す。目を開けた先には、青く済んだ綺麗な空。周りには風にゆらゆらと揺れる緑の木々が視界に入る。


「ここは……っ!?」


起き上がる直前、小鳥はさえずりながら空へと舞い上がる。そして少女は額に手をあてた。ずきんとした痛みが額に残っているようで、額を撫でながら横を見やった。


「え? 誰……ってボク? いや、そんな訳ないか」


強く頭をぶつけてしまったのだろう。隣で延びている少女がいつも鏡で見ていた自分の姿に似ているがために、それが自分と思ってしまうなど。ふいに少女は自身の膝元を見ると、見慣れないものがそこにはあった。


「あれ? ボク、こんなの着てたっけ?」


少女は自分の着ている見慣れない服装のあちこちを引っ張っり体中を見回す。それと同時に頭もあちこちと振り回していた少女はある事に気がついた。


「あ、あれ? 髪の毛短くなってる?」


少女は後ろにやった手で背中の辺りを慌てて探る。あるものが無い。頭を撫でるとやはり髪が短くなっていて、少女はまさかと思って髪の毛を一本引っこ抜いた。


「痛っ!……!? 髪の毛、白い?なんで!?」


少女はもう一本、違う位置の髪の毛を引っこ抜く。


「痛っ! ……一応痛いって事は、夢じゃないよね……やっぱり白くなってる! ま、待って! あの子」


振り返ると、苦悶の表情を浮かべて上半身を起こした少女がこちらを向いていた。


「あのー、ここはどこですか? あ……いっつぅー……」


頭を撫でるその姿。緑の澄んだ瞳。卵形の丸い顔。柔らかな陽の光を反射する艶やかなブロンドセミロング。見直してもやはり、どこまでも自分の容姿であると、不思議な出来事に思わず目を疑う。


「ね、ねぇ! ちょっと来て」


少女は立ち上がると、自分と同じ姿をした少女の腕を引っ張る。


「わわっ!? ちょ、ちょっと! いきなりなんですか!」


少女は目先にある大きな湖に向かって急ぐ。


「あの、あなたいったい誰ですか? 私はどうしてこんな所に?」


少女は湖の水面に顔を近づけると、水面には口を開けて目を丸くする自分ではない誰かの顔が映っていた。


「やっぱり……」

「あの、すいません。あなたはいったい」

「君もこっちにきて! 水面に映った自分の顔を見るの!」


少女の手招きに疑心を抱きながらも、言われた通りに湖の前に座り込む少女の隣に寄ってしゃがんだ。そして驚きを隠せない顔を水面に映しては、少女の顔を見るの繰り返し


「ボクたち、入れ替わってるよ」

「そ、そうみたい」




二人はこうなるまでの経緯をさかのぼって考える時間をもうけた。

お互いに頭を悩ませて、どうにかこうにかずきずきと痛む頭を働かせて、意識を失う手前までの記憶を呼び起こした。リリィはなぜ危険な村の外に出ているのか。美希がなぜ住宅街でなく森にいるのか。お互い話そうにも話す事が出来ず、二人は黙り込んだままでいた。ふと黙ったままでいるのがたまらなくなった美希は……リリィの体をした美希は口を開いた。


「私は……その……髪の毛」


美希は美希の体をしたリリィの頭をちょこんと指す。


「髪がどうかしたの?」


リリィはきょとんとした顔で聞く。


「私の髪の毛の色、黒色だったよ? でもそれ以外は……私のまんま」

「ほんとに? それは変だよね」


それからお互い話す言葉がなくて黙り込む。それから少し経つとまた美希から口を開いた。


「そういえば、名前なんていうんですか?」

「えっ? あ、ああ名前ね名前…」


ついボーッとしていたせいで、急な問いにリリィは少し驚いた反応を見せる。


「ボクはリリィ。リリィ=パンプキン。君は?」


聞いて美希も同じく驚いた反応を見せる。理由は彼女の名乗った名前だ。先ほど湖の水面で見た容姿。それは確かに外国人のものではあった。瞳も黒色ではない。日本語が上手だったので、外国の人かどうかなど気にも留めなかった。


「私は、えっと……ホヅミ……」


美希は言いかけて止める。本当の名前を言ってしまおうか。それとも言わない方が良いのだろうかと悩んでいた。美希はハルキと読む自分の名をとても嫌がっていた。だから初めて出来た友達のリョウコには、ミキと呼んでもらっていた。そうこう悩んでいると


「ホヅミ? 素敵な名前だね!」

「え? あ、えっと……そ、そうホヅミっていうの、私」


リリィには苗字を名前と勘違いされてしまったみたいだ。しかし一度呼ばれてみると、そう悪くはないと思った。本当の名前を言うよりも嘘の名前を言うよりも、とても気楽と感じたホヅミ。


「ホヅミちゃんは、どうして……空から降ってきたの? あ、もしかして! ドラゴンライダーとかだったりする??」


ホヅミはたった今、日常生活では聞き慣れない言葉を耳にした。

それもゲームやラノベやアニメとかで聞くような、まず現実では有り得ない、有り得るはずのない単語。ホヅミは指で自分のほっぺたをつねる。


「あ! ちょっと何すんのボクの顔に!」


リリィは慌ててホヅミの手を退ける。


「痛い……って……夢じゃないんだやっぱり……」


ホヅミは異世界へと来てしまったのだろうと大凡おおよその見当をつける。異世界ものが流行っていたホヅミの世界では、こういった場合はまず慌てない、慣れることが重要だと学んでいた。まさか現実的にこんな事が起きるだなんて思ってもいなかったのだから、多少は戸惑いは残る。しかし郷に入っては郷に従えだ。それはそうと異世界から来てしまったというのなら、もともと異世界の住人であろう目の前のリリィという子に異世界について聞く必要がある。服装も素朴なもので、まさにゲームやラノベやアニメにでてくる様だ。


「ここはどこなんですか?」

「ここ? ここはハイシエンス大陸で、あっち側がトト村、ボクの住んで……あ、いや、ボクの故郷だよ。であっち側に向かっていくと確か……ユーナラ町。そう、昔一度だけユーナラ町に向かう時にここを通ったんだよね」


ホヅミにとっては聞いた事のない場所ばかり。異世界に来てしまったとホヅミは再度自覚させられる。


「あの、いきなり図々しいかもだけど、お願いがあるの」


ホヅミは知らない異世界についてリリィに聞くことにした。誰かとの繋がりも帰るところも行く宛もないたった一人の現状。目の前にいるリリィはホヅミにとって何としても頼りたい相手であった。

ホヅミは今までの経緯を話す。とても信じられないといったような顔でリリィは聞いていたが、真剣にもう一つの世界を語るホヅミを見て、多少は信用したようだ。だがホヅミの言葉だけでは納得し切るに至らなかったリリィ。


「なるほどねー。何か隠したい事がある訳じゃなそうだし。でも信じ難いちゃ信じ難い。でも、いい。信じる」

「ありがとう」


リリィは頭に指をついて目を瞑り、しばらく考え込む。それから再びホヅミに話しかけた。


「でも、頼ってくれたとこ悪いんだけどね。実はボクも勘当かんどうされちゃってさ。もう帰るところないんだよね……そこで提案。ホヅミんとボクで協力しない?」


いきなり独特なニックネームをつけられて驚いたが、余計な気遣いをしなくてホヅミにはちょうど良い。それよりもリリィの提案には二つ返事で乗ることにした。


「それじゃあボクたち友達だね! よろしくホヅミん!」


そんな簡単に友達にして良いのか。友達とは少なくとも信用を置いた人ではないのか。見ず知らずの自分を信用して平気なのかとツッコミたくなるリリィの態度。そして差し出された手。


「よ、よろしく」


ホヅミは少し戸惑うも、リリィの……ホヅミの本体の小さな手をぎゅっと握った。





二人はリリィの提案で、ユーナラ町を目指す事にしていた。

舗装ほそうされていない凸凹でこぼことした道は、ホヅミにとっては慣れないもので、すいすい先を進んでいくリリィに声をかけては待ってもらう事が何度かあった。


「ホヅミんさ、もしかして」

「うん。あんましこういう道慣れてないから」

「そっか、じゃあ少しペース落とすね。でも暗くなると危険だから、少し急ぎ気味にね」


危険というのは魔物についてだ。魔物というのはこの異世界における人間を襲う動物の様なもの。動物でトラやチーターも人間を襲うが、魔物の様に好んで襲う訳ではない。それから魔物は魔力を持ち変異したものと言われているらしい。魔物は人間の負の感情が大好物で、中には知恵を持つものもいるためこの世界の人間は手を焼いている。町や村には結界士がいて、魔物がその中に侵入することなどほとんどないため、安全だと言われているそうだ。

また魔物は動物が変異する以外にも、植物や物、魔族と言われる異種、色んな生命に魔の力が宿り生まれるもので、結界の外では魔を封じる効果も及ばず、いつどこででも魔物が生まれ、また魔物に襲われる危険に怯えなくてはならないという。

特にこの辺りだと、夜行性のブラッドバットという人の生き血を吸うコウモリの魔物や、ガシュムミンクというミンクの魔物が出るらしい。


「あとどれくらいで着くの?」


息を切っているホヅミがリリィに尋ねる。


「分かんない。でもこのペースだと、休憩も挟んだら夕暮れになっちゃうかも」

「ゆ、夕暮れ!?」


異世界、恐るべし。






まだ余裕のあるリリィに対し、余裕がなく疲れ切っているホヅミ。体はお互い別ものなのに、なぜ自分の体でこの凸凹な地形を簡単に進む事が出来るのか不思議でならないホヅミ。ホヅミはあまり運動が出来た方ではない。魂に染み付いた記憶が体にそうさせてしまっているのだろうか。


「もうそろそろ休憩……した方が良さそうだよね。何でボクの体使ってそんなに疲れるのさ」

「だ…はぁ…だって、疲れるものは…はぁ…仕方ない…はぁ…でしょ?」


ホヅミはやっとの思いでリリィの元にたどり着く。両膝に手をついて息を荒くしていた。


「じゃあここで待ってて、食料調達してくる」


言うとリリィは一人その場から離れる。辺りはまだまだ木々がい茂っている。ホヅミはかたわらにある岩に腰を下ろした。


「疲れたぁー!」


ホヅミは深呼吸をする。日本にいた時の空気とは違う新鮮な空気。呼吸をするのが気持ちいいと感じてしまうのは、今までいた日本の空気が酷く汚れていたからに違いない。きっとこの異世界は自然の多い世界だろうと、ホヅミは感慨かんがいひたる。

しばらく休んでいると、向こうの小さな川で靴下も靴も脱いだリリィが川に入り、水面と睨めっこしている。ふとリリィが素早く川に両手を突っ込むと、その手には活きのいい動きをした魚が掴まれていた。川から上がると、用意した尖った小枝で魚を串刺しにする。そしてまた川に戻って水面と睨めっこ。ホヅミは見慣れないその光景を目で楽しみながら、一人涼しい風にあたって休んでいた。

リリィは魚が採れると、串刺しにしてホヅミの元に持って戻る。


「さーて、ここからがお楽しみ。異世界からきた君には、とても新鮮だことでしょう」


既に魚を釣竿無しに捕まえる少女というのだけで、ホヅミにとってとても新鮮で奇抜なものだが、これ以上があるというのだろうか。火を起こす程度であれば、ホヅミにだって経験がある。やり方は忘れてしまったが、小学生の頃に宿泊学習で火起こしを学んだのだ。


「では今から、これを焼き魚に一瞬にして変えてみせましょう」


一瞬にして?


どういう意味だろうか。ここは異世界だ、きっと何が起きても不思議じゃない。ホヅミはマジックを見学するつもりで少し期待して待つ。


「ワン、ツー、スリー、いでよ、下位火炎魔法ジェラ!」


ボォッ。


リリィの掌に現れたのは小さな火。


「あれ? 思ったよりちっちゃい。ホヅミんの体だからかな」

「え? それ、凄い。魔法? もしかして魔法なの!?」


ホヅミは感動のあまりリリィに言いよる。その食いつきっぷりにはリリィも若干引きめ。


「えーうそぉー! まさか、こんな所で一つ夢が叶うなんて! 私小さい頃から魔法使いになってみたいって思ってたの!」

「へ、へへん。もちろんホヅミんでも使えるよ?」


ホヅミは目をきらきらと輝かせて小さく跳ねる。その期待の目にリリィは自慢気な表情だ。


「教えてあげてもいいけど、その前に腹ごしらえ」


と片目を瞑って焼き魚をホヅミの前に突き出した。




二人は岩に腰をかけて並んで焼き魚にありつく。


「美味しいー! 素朴な味がする!」


日本では経験出来ないことに、ホヅミは大興奮冷めやらぬ。


「ねえねえ、他にはどんな魔法が使えるの!?」

「他に? 初歩魔法ならほとんど使えるよ? 得意なのは今の火炎魔法ね」


星を目に宿して笑むホヅミの顔がリリィの真横に。これには焼き魚も食べずらい。


「そんなに慌てなくても町に着いたらちゃんと教えてあげるから、焼き魚食べよ?」


二つ返事すると、ホヅミは元の姿勢に戻って焼き魚を小さいお口に頬張る。


「んうまいむぉぐんまいよふぉれ。ふぁふはふぉもふまはんひへひぃもめ」

「ホヅミん……何言ってるか分からないよ……」

「ごくっ…………とっても美味しいの」


ホヅミは疲弊していて、食欲が物凄かった。いや、それよりも今までが過度のストレス下においての食事ばかりだったからか、より一層美味しく感じられて、食が進んだのかもしれない。


「リリィさん! もう一匹!」

「分かった分かった。あと、呼び捨てでいいよ」


リリィは再び川へと赴く。






ホヅミとリリィは焼き魚を食べ終えると、ひんやりとした岩に寝そべってまた異世界についてお話をした。

誕生日の風習や、異世界ではどの様な食べ物が主流なのか。また電気や水道はなく全て魔法によって日常生活のほとんどが補われている事など。ホヅミは聞けば聞くほど夢に描いていた世界とほとんど同じであることに感動を覚える。

後は空を飛べれば最高、などとホヅミは言うが、空を飛ぶ魔法は風系統の上位魔法で、中でも風魔法の応用が必要らしい。その応用にも、単に風魔法が扱えるだけでなく潜在的な能力が必要だったりするという。


しばらく話していると、空の様子を見たリリィから切り出された。二人は岩から体を起こす。


「そろそろ行かないと、日が暮れちゃう。行こ?」

「うん!」


リリィの先導の元、再び凸凹とした地形をひたすら進む。ホヅミにはさっぱり分からない地形だが、リリィは道を全て覚えている様で迷いなく進んでいく。ホヅミはリリィが一度だけ町に向かった事があると言っていたのを思い出していた。


「一度しか通った事ないのによくこんな道覚えられるよね。リリィって天才?」

「へ? まあね。ボクは塾で一番なんだ」


と言い出してリリィは少し足を止めた。


「どうしたの?」


背を向けたままのリリィの表情は見えない。


「ううん、何でもない」


リリィは塾の仲間たちを思い出していた。懐かしいその思い出と、昨晩の悲劇。二つの感情が入り交じって、何とも言えない表情をしていた。そんな表情を見せまいとリリィは、振り向かずに歩を進める。


「いただきぃっ!!!」


途端、声と共にリリィは頭上に気配を感じる。


「リリィ危ない!」


リリィは迂闊うかつだった。余計な事を考えていたせいで油断をしてしまっていた。頭上を振り向こうとした直後、ホヅミが両手で自身の背中を突き飛ばす。


「きゃっ!!」

「どわっ……ホヅミん!?」


リリィは地面に両手をついて倒れ込む体を支える。そして慌てて

体を後ろに反り返らすと、ホヅミは肩を抑えて倒れていた。その肩に滲む赤い血。ホヅミの側では、頭に一つ目の黒い鳥がもぐもぐと口を動かしている。


「何だ? これは。不味い」

「ホヅミん!」


ホヅミは肩の傷の横を強く抑えて泣きながら苦しそうに悶えている。返事をする余裕もないのは見て取れた。


「ダーカート! 貴様良くもホヅミんを!」

「ふんっ、白昼堂々と歩く君らが、あんまりにも美味しそうだったのでな……しかしこいつ、不味い。まさか、まも「黙れっ!!」」


一つ目の黒い鳥の魔物ダーカートの言葉をさえぎる様に、リリィは声を張り上げた。


「ホヅミんをよくも! ダーカート!! 喰らえ! 下位火炎魔法ジェラ!!」


ポッ。


リリィの掌には小さな火炎が現れる。


「何だその弱々しい火は。 まさかジェラごとき下位の魔法でこのダーカートを倒せるとでも思ったか?」

「ふっ、まだだよ。下位火炎魔法ジェラ増幅魔法バイリング!」


再び下位火炎魔法ジェラを唱えると、今度は左手にもう一つ火炎が揺らめく。そして右手と左手の小さな火炎を目の前でぶつけると、それは次第にリリィの両掌で大きく膨れ上がる。


「貴様! まさかそれは!? 人間でその高魔技術を駆使する者など!なぜ貴様のような人間の子供が! なぜ!?」

「知ってる? 小さな魔力でも、磨かれた技術がものを言うって…………ねぇカラスくん。これ、上位魔法並みに威力あるんだよねぇ」


とにこりリリィが含み笑い。下位火炎魔法ジェラの火炎は先程とはうって変わり、通常のカラスの数倍はあるダーカートの体長を優に呑み込んでしまう勢いを持って、いまかいまかと空中で激しく飢えている。そんな|下位火炎魔法・倍(ジェラ・バイリング)を前に、ダーカートは恐怖に身を焦がす。


「す、すいませんでしたぁ~!」


ダーカートは慌てて空へと逃げ帰って行った。それを見たリリィは、気配を感じていた辺りを見回す。


「まだ焼かれたい子がいるのかな?」


とリリィが言うと、複数の小さな悲鳴が呼応し、気配は絶たれていく。それを確認したリリィは下位火炎魔法・倍ジェラ・バイリングの火炎を一瞬にして消し、すぐさま肩を抑えて苦しむホヅミの元へと駆け寄った。


「ホヅミん! しっかりして! 今治してあげるから」


リリィはホヅミの右肩に両手をかざす。


下位回復魔法ヒール下位回復魔法ヒール増幅魔法バイリング!」


リリィの詠唱と共に、その両手には緑色の光が溢れる。やがてホヅミのえぐれた右肩は、徐々に塞がっていく。


「あれ? 痛くない? ……ありがとう、リリィ」

「どういたしまして。ホヅミんこそ、ありがとう」


リリィはふらつきながら立ち上がろうとするホヅミに手を差し伸べる。


「さっきの魔物、夜行性のはずなんだけどね。最近魔物があちこちで狂暴化してるって聞いてたけど、それが原因かな」


ホヅミは先程負った傷を思い出す。右肩の肉が食いちぎられたのだ。もし日本でそんな事態に出くわしでもしたら、大変なことだろう。けれどこの世界では、それすらもちょっとしたトラブルにしてしまいそうだ。



二人は再びユーナラ町へと向かう。その後幾度か魔物の襲撃があった。だけど一度不意打ちを仕掛けられたことで、リリィの警戒心が強まり、二人共傷を負うことなく無事に先へと足を運んでいく。大きなコモドドラゴン、それに負けず劣らない大きさのネズミや蛇。見たこともない生き物ばかりでホヅミは何度肝を冷やしたことだろう。そしてすごいのはリリィだ。魔物などほとんど相手にならないというように、得意とした火炎の魔法一撃で次々と丸焦げにしていく。中には美味しそうな匂いを漂わすものもいて、リリィに食すことについて聞いてみたが、魔物を食べると人の魔物化の例があるようで、食べるのは止めておいた方が良いらしい。



魔物を撃退しながらのせいか、さすがのリリィにも疲れが見えた。辺りもすっかり夕焼け色。ホヅミも凸凹な林道に慣れてきてはいるが、リリィ以上に疲れが酷い。そして二人はある坂に差し掛かる。ぐいぐいとリリィは坂のいただきまで登ると、そこで立ち止まった。


「見えた!」


リリィは大きく背伸びをし、後からついてくるホヅミを待つ。ホヅミもやっとの思いでリリィの元に寄ると、そこには壮観な草原が広がっていた。草原の中央には大きな町が見える。ようやくゴールが見えて、ホヅミもリリィの真似で大きく背伸びをした。


「あそこがユーナラ町?」

「そう! 長かった! あともうひと踏ん張りだよ! ホヅミん!」


二人は気持ちの良い風を体で感じて、なびく草原の真ん中にどんと構える町を目指して歩く。目的地がだんだんと大きくなって、風に乗った美味しそうな匂いが二人の鼻をくすぐった。


「着いたぁーっ!」


リリィは疲れを忘れて町の入口に向かって駆ける。ホヅミはというと、そんなリリィを追いかける気力も残っておらず、歩いて町の入口に向かう。


「うわぁ〜久しぶりに来たけど、あんまり変わってないなぁ」


キャッキャと騒ぐ様は子供のようで、遠目で見守るホヅミ。


「ホヅミんも早くおいでよぉ!」

「今行くー」


ホヅミは駆け足気味にリリィの元に向かう。草原から石畳の道の境、そこに足を踏み入れようとした瞬間。


「ぶわぁ!?」


ホヅミの体は急に何かに弾かれたように、後ろへと吹き飛ぶ。


「ホヅミん!?」


リリィは慌ててホヅミの元に駆け寄った。


「痛っ……何? 急に」


尻もちをついたホヅミは痛そうに腰を片手で抑える。リリィはふとホヅミの顔を覗いた。するとリリィの表情からはだんだんと生気が抜けていく。


「まさか……そういうこと?」


リリィはホヅミの腕を強く引っ張った。


「痛っ、何? どうしたの急に」

「ホヅミん! ここから急いで離れるの! 早くしないと、殺される!」

「こ、殺される!? 誰に!?」


途端な発言と行動に頭の中に混乱を招いているホヅミ。


「いいから早く!」


血相を変えるリリィに従い、何が何だか分からぬままホヅミはリリィに腕を引かれる。二人は何とかユーナラ町から遠ざかった。走り際、後ろの町の方から何やら騒がしい様子が窺えたが、今はリリィついていくことに専念した。



二人は町から遠ざかり再び林の方へと入り込んでいた。


「はぁ、はぁ……いったい、はぁ、どうしたの、急に」


リリィは背を向けたまま口を開かない。夕日は沈みかけ、林の中は怪しく不気味に二人を嘲笑う。しばらく二人は荒い息を繰り返して、それが治まる頃、リリィはホヅミに問いかけた。


「ごめん、ホヅミん。今日は野宿でもいい?」


リリィの提案にホヅミはうなづく。リリィが何を考えていたのか分からない。どうして町に入ろうとした途端見えない何かに弾き飛ばされたりしたのかも分からない。きっとリリィは知っているのだろう。気がかりではあった。しかしホヅミは聞かなかった。それは、リリィが泣いていたから。



二人は薄暗い中、寝床に良さそうな場所を探して、草原に沿って林の中を歩いていた。林の中は夜行性の魔物と出くわす危険性があるとの事だ。草原は夜でも見晴らしがよく、草原沿いは魔物の出現率が低いらしい。寝床に良さそうな平坦な地を見つけると、リリィとホズミは付近に落ちているまきを、協力して集めることにした。湿っていない良質な薪を互いに拾い集めて、一箇所に固める。リリィお得意の火炎魔法で焚き火を始めた。ちょうどその頃には辺りは真っ暗になっていたため、焚き火の灯りが思う存分に一点を照らしていた。二人は岩に並んで体をくっつけて座る。炎に両手をかざして、冷えた体を温めていた。


「ねぇ、リリィの村って、どんな所なの?」


答えてくれないかもしれない。それでも、ホヅミはリリィのことをもっと知りたかった。


「ボクの村は、とってもいい所。みんなやさしくて、綺麗な池もある」


先程まで強ばっていた表情が、少し和らいだ気がした。


「池には魚がいてね、小さい頃に他の子達釣りをして遊んでたんだ。 そんな折に村長が、池には主がいるって言うの。皆で池の主を釣ろうって……でも結局、誰も釣り上げたことないんだ。今思えば、村長の作り話だったのかなぁ……ふふ」


お話をするその顔は楽しそうで、どこか寂しそうに感じた。


二人は何気ない会話をしてしばらくすると、リリィがどこかからとってきて丸めていた大きな葉っぱを何枚か地面に敷いた。更にもう二枚の大きな葉っぱで二人の毛布代わりに。二人は寝転がる。互いに顔を合わせてくすりと笑うと、目を瞑る。すやすやと眠りにつく二人を他所よそに、焚き火はだんだんとその灯りを弱めていく。ホヅミは完全に眠りについていた。しかし眠ったふりでそれを確認したリリィは、一人起き上がると辺りを回って薪を拾う。そして元の場所に戻り焚き火に薪を追加すると、再びその火の勢いは増して、二人の体を温め続けた。


「いつ魔物が襲って来るかも分からないんだもん。ボクがしっかり見張らないと」


隣でぐっすりと眠るホヅミを見ては、にこり微笑んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る