第6話 那由多の夢と抱えきれない想い

 曇りガラスの向こうに広がる幻想

 少女が抱いていた微かな想い願い

 大好きな人とずっと一緒にいる事


 それは無数の悪意によって無常にも儚く散った

 そんなに傷だらけになって

 その瞳は何を映す見るのか


 時間ときはいつも切なくて

 いつも心地よく感じる少し温い秋の風のように

 遠くまで大切な人を連れていく



 

☆ ☆ ☆


 「福圓ふくえんさん、福圓さん!」

 声を掛けられてハッと我に返る真誉は軽く首を左右に振って覚醒する。

 見渡す限りここが病院の廊下にある待合室だというのが嫌でも実感した。


 碧が帰った後、真誉は荷物を看護師に渡し待合室で座って待ってた。

 その時にうつらうつらとしている内に夢の中へ誘われていたようだ。


 深い眠りではなかったものの、那由多が元気だった頃の夢を見ていたような気がする。

 那由多は小さい頃からお兄ちゃんッ子だった。

 2歳しか変わらないけれど、両親のいない那由多にとっては真誉は兄であると同時に父親変わりでもあった。

 

 両親が他界したのは那由多が小学生の頃であったけれど、二人でいる時間が多いせいか身近にいる男性を美化する事も含めて魅力的に映ってしまうのは仕方のない事なのかも知れない。

 那由多の中では兄や父といった感情以上のものを真誉に抱いていても、それはある意味では自然な事も言えた。


 仲の良い友人からはブラコンとまで呼ばれていたのは、学校での那由多の事を知っているものであれば見ればすぐに理解出来てしまう程のものだった。

 クラスのイケメンと呼ばれる男子生徒と話している時の表情と、迎えに来た真誉に見せる表情とで明らかに違う。


 蕩顔とまでは言わないまでも、明らかに楽しそうだし嬉しそうな表情をしていた。

 那由多に惚れた男子が見ればそれはもう嫉妬を生んでしまうくらいには……


 そんな那由多は小さい頃から「お兄ちゃんのお嫁さんになる。」が口癖だった。

 流石に小学校高学年にもなれば滅多に口にはしなくなっていたけれど、その真意は本人以外誰も知らない。


 真誉と碧が付き合う事になった時、この世の終わりを迎えるかのような衝撃を受けつつも祝福していたものの、お姉ちゃんとまで慕っていた碧との交際だったので自分の事のように祝福をしていた。

 だからこそ、高校卒業して別れた事を知った時、これで私にもチャンスが!とかフリーになって良かったという考えよりも、どうして?という考えが過ぎっていた程だ。


 真誉もそれなりに歳相応の男子であるため、別れた直後は落ち込んで沈んでいたものの、じきに誰かと関係を持っていたが那由多にはその相手までは分からなかった。

 

 那由多自身の異性に関する話は話題すら上がらない。バレンタインにはクラスメイトや仲の良い友人に義理チョコすら作らない。

 友チョコすら作らない。唯一兄である真誉にだけ普段のお礼と称して手作りチョコをプレゼントしていたくらい。


 本命と義理の中間のような際どいチョコを毎年変わらず渡していた。

 仲の良い友人は察していたようだけれど、当の那由多は気付いてもいなかった。


 夏休みに入る前、那由多と真誉は二人は買い物をしていた。

 その時久しぶりに甘い系の話をしていた。

 その際に那由多は私にはお兄ちゃんしかいないよ、というような話をしていた。


 周囲に人がいるいないに関わらず、真誉は恥ずかしがらず軽く受け流していた。

 「もうっお兄ちゃんたら」と腕に抱き付くと、ない胸はそれでも真誉の腕の硬さに負けてふにょんと形を変えて押し付けられていた。


 近所のおばちゃんからは「もう本当にいくつになっても仲良しねぇ。」と揶揄われていた。


 腕を離す時那由多は、「私にとってお兄ちゃんは世界一のお兄ちゃんだよ。だから何があってもその絆は変わらないよ。」と、その時の真誉には意味のわからない繋がりのわからない言葉だなといった表情をしていた。

 それと同時に何を当たり前の事を、俺達は世界でたった二人の兄妹じゃないかとも思っていた。


 その日から真誉は幼少の頃からの那由多の口癖、「お兄ちゃんのお嫁さんになる。」というフレーズを思い出すようになっていた。


 だからかもしれない。あの日の前日夜、「私はこのまま二人だけの生活が倖せ。」と言っていたのが頭から離れない。 

 かつて口癖になっていた嫁になるにも通じるなと真誉は感じていた。

 あの日家を出る時の笑顔は、このまま二人だけの生活でも良いなと思わせるには充分だった。


 那由多には言えなかったけれど、真誉もまた那由多に対して妹以上の娘以上の何かを抱えていた。



 夢の中の那由多は、あの日家を出る時の笑顔をしていた。

 その表情が徐々に変わっていく間違い探しのように、気が付けばこの世の終わりのような暗く沈んだ物言わぬ表情へと変わっていった。

 最初と最後だけを見れば明らかに違うし気付くはずなのに、事には気付かない。


 気付いた時には現実ではうなされ、看護師に声を掛けられている所だったのだが、変わり果てた表情の那由多が何かを言っていたのだけれど、内容は全く聞き取れなかった。

 読唇術の達人ならば唇の僅かな動きでも読み取れたのかも知れないが、真誉にはそれは不可能だった。


 何かを訴えているような、お願いしているような……そんな表情だった。


 夢と現実は時としてリンクするとはどこかで聞いた事のある言葉だったために、真誉は先程の夢がただものではないと思わざるを得なかった。




 看護師に起こされた真誉は、ガラス越しに那由多の姿を暫く見た後、中間階にある中庭に来ていた。

 那由多のいる集中治療室の方を見上げた後、反対側の街中を覗いている。

 そんなに高層の建物がないため、はっきりと見える。

 那由多の通う高校がそびえ建っているのを見ると、謂れのないものが込み上げてくる。


 一緒に通った期間は1年。生活の苦しさよりも楽しかった思い出が脳裏に浮かんでくる。

 「なゆ……」



 もう泣かないと誓っておきながら、帰宅後カレーを食して那由多の味だとあっさり涙した。

 楽しかった頃の思い出が真誉の瞳から落ちる。

 流されながら、揺れながら、太陽はまだ真上にあるけれど黄昏ながら。


 


☆ ☆ ☆


 少し気分転換に街中を歩く。

 まだ少し暑く感じる10月の太陽の熱が真誉の頭も背中も突き刺している。

 心の苦痛をも突き刺して傷をさらに抉っていった。


 「いろいろきついな……」


 目的もなくただふらふらと歩いていると、突然高い声……女性から声を掛けられる。


 「あれ?お兄さん先輩じゃないですか。」

 真誉の事をお兄さん先輩と呼ぶ人物は真誉の脳内辞書には一人しか浮かばない。

 


 那由多の中学の頃からの同級生で親友の大好加奈おおよしかなが、制服姿で立っていた。


―――――――――――――――――――――――――――――


 後書きです。

 

 加奈はその苗字から「だいすきかな?」と呼ばれる事が多いです。

 にしのかな?みたいなものです。


 

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