最終話 星降る夜に

 その日、アンジェラとコンラッドの結婚を祝うため、ウィング家の庭で小さなパーティーが開かれた。



「わたくしは家族皆で食事会のつもりだったのよ」

 結婚の届け出のあと、コンラッドの両親とアンジェラの養い子やその家族、それからヴィクトリアたちを集めて食事をしようと言ったのはコンラッドだ。

 特別なことは何もしなくていいと思っていたアンジェラに異存はない。


 エドガーはまだ帰っていないし、彼の妹アデルは学校なので不参加だが、エドガーからは時々連絡があり、今回も帰ってから改めて食事をと話していた。

 本当に、ほんの少し特別な食事会のつもりだったアンジェラは、前日からヴィクトリアの主導で磨きに磨かれ、今日は月の女神の衣装に似せた花嫁衣装を着せられて声も出ない。


「ヴィクトリア、いい加減教えて。いったいこれはなんなの?」

 親友と二人きりになった部屋で、アンジェラは改めてそう尋ねる。

「仮装パーティーよ。メロディのリクエスト」

 語尾に大きなハートマークでも付きそうな親友の言葉に、アンジェラは「メロディの?」と首を傾げた。

 たしかに仮装パーティーに参加したそうではあったけれど、それは学園に入ってからだと思っていたのだが。


「ほんっと、水臭いのよね。あのパーティーで二人がキスしてたなんて聞いてないわよ? 少しコンラッドと仲良くできたのかしらと思ってたら、彼、すぐ失恋したって落ち込んでたし」

 まあ、それどころじゃなかった事も知ってるけどと理解を示すヴィクトリアは、それでも文句が止まらないらしく、目玉をぐるりと回す。

「だいたい、ヒィズルであなたがルラン人だと言ってた男もコンラッドだったんでしょう? 本当、信じられない。私の中では髭もじゃの野性的ワイルドな男だって印象だったのに!」

「仕方がないじゃない。彼がルランから来たって言ってたんだもの。実際ヒィズルに来る少し前に、お母様の故郷であるルランにいたらしいんだから」

 アンジェラ自身、暁の狼はルラン人だと信じていたし、二度と会うことはないと思っていた。運命とは分からないものである。


 「のけ者にされた分、存分に楽しませてもらうわ」と拳を握るヴィクトリアにアンジェラが苦笑すると、彼女は「冗談よ」と笑った。


「アンジェラ達にはうちの息子が世話になったしね。これでも責任感じてるのよ」

「あなたに責任なんてないでしょう?」

「それでもやっぱり、色々思うところはあるのよ」


 アンジェラたちがこちらに戻ってから数日後、ヴィクトリアは城についたエドガーやマリオンと鏡越しに話をしたという。内容は他愛もないものだったらしいが、会話の内容以上の何かを感じたのだろう。

 エドガーからはタブレットで、マリオンが「ヴィクトリアがすごい迫力美人だ」と大喜びしていたとメッセージが来ている。いずれアデルと会うことが出来たら、いい友達になれるかもしれない。


「それで? 結婚後は二人の子をどうするかは決めてるの?」

 アンジェラが血の繋がった人間に縁がないことを知っているヴィクトリアは、それでも何でもないふうに尋ねてきた。

 アンジェラには養い子たちがいて、すでに孫までいる。コンラッドにはメロディがいる。だから改めて後継ぎなどは考えなくてもいい。


 コンラッドはアンジェラがいればそれでいいと言い、メロディに兄弟を考えるなら、縁があれば養子をとることもできると言った。

 血の繋がった家族を幸せにできた記憶がないアンジェラは、自然と自分の子を産むことに少しだけ怖さを感じていた。それでも、


『アンジェラが私たちの子を産んだとして、それでメロディを蔑ろにするとは思えないし、自分に血の繋がった子を不幸にすることも考えられない』


 コンラッドがそう言ってくれたから――


「年齢的なこともあるけれど、一年は自然に任せようかって話しているわ」

 自然と柔らかい笑顔が浮かんだアンジェラに、ヴィクトリアは賛同するように頷いてにっこり笑った。


   ◆


 日が暮れ、ウィング家の庭園は、あちこちにおかれた照明で幻想的な雰囲気になっている。そこに思い思いの仮装をした家族や友人が集まり、アンジェラとコンラッドの結婚を祝福した。


「アンジェラママ、きれい」

「メロディも可愛いわ」

 透けるような羽根を背中にしょったメロディは、菫の花の精だ。

 その衣装はグレンの子たちとお揃いで、まるで天使たちが羽ばたいているように見える様子に、大人たちの笑顔を誘った。


 コンラッドは太陽神風の婚礼衣装だ。

 綺麗にひげを整えたコンラッドの堂々とした姿に、アンジェラはしばし見惚れる。


「惚れ直しましたか?」

 冗談めかして言うコンラッドにアンジェラが「ええ。とても素敵」と頷くと、彼は言葉を失ったように黙り込み、耳まで赤くなってしまう。メロディとヴィクトリアが通りすがりに、

「そこはパパも褒めるところでしょう」

「しっかりしなさいな、まったく」

 と言われ、「ここは騒がしいですから、少し静かなところに行きましょうか」とアンジェラの腰に手を回した。


 途中シドニーに「食事の前には戻ってくださいませ。主役なんですから」と笑われつつ、二人で別館の屋上に向かう。


「ここから見るお庭も素敵ですね」

 幻想的な屋上庭園に劣らない眼下の様子に、アンジェラが目を細める。ちょうどナタリーがコンラッドの母親と話すのが下に見え、ニッコリ笑った。初対面の挨拶の時から、二人はなんだか気が合いそうだったし、今も楽しそうに笑っているのが分かった。


「アンジェラ、綺麗だ」

 後ろからコンラッドに抱きしめられ、アンジェラはホッと幸せな息を吐く。

「ありがとう、コンラッド。わたくしは今日、この世で一番幸せな花嫁だと思うわ」

「今日だけではなく、明日も明後日も、ずっとずっと幸せにすると誓うよ」

 何があっても、一緒に乗り越えていこう。


 耳元のささやきに、アンジェラは深く頷いた。


「あ、流れ星」

 目の前に一筋星が流れ、二人は小さく口づけを交わす。

「コンラッド。今日は流星群といって、たくさん星が流れる日らしいわ」

「じゃあ、たくさん願い事をしなくてはね」

「貴方の願いは?」

「私は、もう一度貴女にキスしたい」


 いつかと同じその願いにアンジェラは微笑む。そしてコンラッドの首に手を回し、心からの愛を込めて優しく甘いキスをした。


Fin

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生するたび短命でしたが、今世では40歳の誕生日を迎えられそうです ~過去に2度も求婚されかけていたって――えっ? 嘘でしょう?~ 相内充希 @mituki_aiuchi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ