第41話 共有できること
「マリオン。あなた今いくつなの?」
「ぼく? 再会で最初に聞くのがそれ? ええと、あっ、今年でちょうど四百歳だ。めでたい」
マリオンが髪をかき上げると、驚くほど秀麗な顔が現れる。
一見二十代前半の青年に見えるマリオンの言う年齢に、ドアの陰から見ていたメロディが「妖精さん?」と呟いた。
「やあ、可愛いお嬢さん。おしいね。ぼくはエルフだ。そしてこの美人さんの古い友人だ」
「セシルって?」
「あー、ぼくたちの言葉で、おねえさんとか、大切な人みたいな意味かな」
気さくな物言いにアンジェラは少しだけ呆れて肩をすくめる。サラッとつかれた嘘に、メロディは納得したように頷いた。
メロディたちに奥に行ってもらうと、アンジェラはコンラッドたちに外に出るよう促しながら、エドガーにマリオンを紹介した。
「エドガー。
「彼女?」
「ええ、彼女」
すらりとした男前にしか見えないエルフは、ふふっといたずらっぽく笑って見せる。
「君はエドガーと言うんだね。リンとは髪の色以外あまり似ていない。すこぶる男前だ。そうは思わないかい、セシル?」
「まあ、見た目はそうね。リンは素敵な人だったけど、美男子とは言えなかったし。エドガーは母親似なのよ」
「へえ! それはぜひ会ってみたいな」
泉のそばまで世間話をしながら進む二人の後を、コンラッドとエドガーがついてくる。泉のそばまでくると、マリオンは露天風呂に目を留め、興奮したようにあちこち見て回った。
「コンラッド。夢の中でリンと一緒にいた人を覚えてますか? マリオンは、彼の側にいた小さな子どもです。当時は六歳か七歳くらいに見えていました」
他のエルフのことは知らないが、マリオンの種族は普段睡眠をとらないものの、十五、六年に一度の周期で十年前後の長い眠りにつく。彼女はその眠りの周期まで旅に一緒についてきた迷子のエルフだった。
「マリオン。どうしてわたくしのことが分かったの? 見た目が全然違うでしょう?」
一通りはしゃいで落ち着いたエルフに尋ねると、彼女は自慢げに胸を張った。コンラッドとエドガーは、二人で話せるよう少し離れている。話は多少聞こえるだろうけれど、アンジェラはそれで構わないと思った。
「そんなの簡単さ。ぼくが目が覚めたとき、すぐ見つけられるよう、こう、ちょちょっとセシルの魂に印をつけておいたんだ。おかげで眠りが少し長くなっちゃったけどね」
そんなことがと驚くアンジェラの手を取り、彼女は打って変わった真剣な目をする。
「目が覚めて驚いた。本当に驚いたんだ」
「マリオン……」
彼女はセシルが処刑された時は眠っていた。だから目が覚めてから探しても、セシルはどこにもいなかった。
「あいつら
「しっ。いいのよ。何も言わないで。終わったことなの」
「でもセシルは鴇色の魔術師の仲間じゃないし、あいつを復活させたりしないのに。混乱した。まるでセシルが二人いるみたいに語られてた。セアラって誰だよ。聖女ってなんだよ。怒りで気が狂いそうだった。首謀者だった大臣と第四王子を見つけて八つ裂きにしたけど、それでも足りなかった。あいつらセシルを利用して!」
アンジェラ以外に聞こえないよう、低い声で話すマリオンが愛おしくなる。どれだけの孤独を味わわせたのだろう。
アンジェラは前世を覚えていることを、初めて感謝したかもしれない。
「わたくしはどうも、権力者に疎まれたり睨まれたりするタイプなのよね」
おどけたように肩をすくめるアンジェラを、マリオンは「バカなこと言わないで」と言って、ギュッと抱きしめる。
「奴らが死んでからやっと、馬鹿なことをしたって、セシルを殺したことを後悔するやつらがぽつぽつ現れたよ。今更だって思った。でもぼくは希望を捨てなかった。いつか会えるって信じてたんだ。だってセシルは、また記憶を持って生まれてくるって知ってたから」
ぐっと喉が詰まったような音がして、しばらく彼女がすすり泣く音だけが聞こえる。
アンジェラは自分よりも背が高くなったエルフの髪を黙って撫で続けた。
マリオンがセシルを待ちながら百年くらいたったころ、仲間のいる里をようやく見つけ、静かに暮らしていたらしい。
「最近、勇者を召喚したって噂を聞いたんだ。それでなんとなくセシルにも会えるんじゃないかって、いてもたってもいられなくなった。だから印のある場所を探したら、地図がきちんと光るんだもん。飛んできたよ。会いたかった」
ぐすっと鼻をすすり上げながら、マリオンは体を離してアンジェラの顔をのぞき込む。
「もしかして昨日市場でわたくしたちのことを見ていた?」
「気付いたの? うん、見てた。嬉しすぎて震えて動けなくなったよ」
「ありがとう、マリオン。あのね、わたくしの今の名前はアンジェラというのよ」
「アンジェラ! 素敵な名前だ。すごく似合ってる。それに今は幸せなんだね。魂を覆ってた黒いものが今はないんだもん。すごくキラキラの、綺麗な魂だ!」
マリオンはチラッとコンラッドたちを見て、嬉しそうに大きく笑った。
◆
館に戻ったアンジェラたちは、メロディたちに改めてマリオンを紹介した。
「彼女はエルフのマリオン。彼女はわたくしの弓の師匠なの」
マリオンの年齢はもとより、美男子にしか見えないエルフが女性だということも、アンジェラの師匠であることも皆に衝撃を与え、しばらく館は大騒ぎだった。
「試しに弓を撃って見せようか?」
外に出たマリオンが十字弓を使って木の幹を一気に矢で埋め尽くすのを見て、メロディとエドガーが目を輝かせる。
「エドガーにも作ってあげようか。攻撃の幅が広がるよ。ぼくが作った弓は精度がいいんだ。撃ち方も教えてあげる。アンジェラの腕も悪くないんだけどね」
「いいね! マリオンさえ構わなければ、ぜひ頼みたい」
「ああ、なるほど。そういう目は、リンに似てるね」
青年と少年が話しているようにしか見えない光景に、アンジェラは笑いをこらえる。昔と逆のような気がして、リンに見せてやりたい気持ちになった。
「楽しそうだね、アンジェラ」
隣に座るコンラッドが耳元でささやくので、アンジェラも
「保護者が逆転してるみたいに見えて」
と、囁き返した。彼の中でも小さなエルフと今のエルフが見えたのだろう。
「なるほど、たしかに」
と、柔らかく笑う。本当の意味で過去を共有できる人がいることが嬉しくて、アンジェラは甘えるようにこっそりとコンラッドの手を握った。
◆
日が傾き始めた頃、防御壁の向こうに人が見えるとライラが知らせに来る。中に入れなくて、幻の道をぐるぐる回っている人がいると。
「あ、迎えみたいだ。あの真ん中の男が、俺を召喚した魔術師だよ」
思ったよりも早かったと言いながら皆で迎えに出ると、魔術師や同行した騎士たちは山奥に立つ館とエドガー以外の人々に驚いた顔をしながらも、膝をついて謝罪の言葉を述べた。
「やめてください。今回は完全に俺のミスだったし、迷惑かけてすまなかった」
一通りの挨拶と謝罪の後、アンジェラたちも紹介をされる。すでにヴィクトリアから事情を聴いていたということで、おおいに感謝されたうえ、アンジェラを大魔導士と勘違いしていた。どうやらヴィクトリアがそう吹き込んだらしい。
エドガーを召喚した魔術時はトーマという三十歳くらいの男で、もう一人、エドガーより少し年上らしい女性魔術師がいた。彼女が城で待っていた最高位の魔術師であり、国の指導者のひとりグレオルン卿の娘らしい。今は王政とは違うようだ。
「こちらの不手際で大変なご迷惑をおかけしました。わたくしはサシャ・グレオルンと申します」
優雅な礼は姫君のようで、メロディが食い入るようにその仕草に見入っている。
エドガーと一緒にいたグループの一部と、城から来た者がここで合流した形のようだ。少し離れたところにサシャの護衛騎士が複数見え、念のため彼らにも防御壁の中に入ってもらった。
「立ち話もなんですから、リビングで話しましょう」
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