第28話 エドガーの力の解放①

 鈍感力を最大限に発揮したアンジェラは、妙に生暖かい視線の中で和やかに朝食をとったあと、昨夜は使わなかった自分用にあてがわれていた部屋に入った。


解錠リ・ラプン。天空の矢よ、わが手に」


 昨日送っておいた矢じりのない矢を再び召還すると、自分が結んだものではない紙が結んである。それを広げてアンジェラはにっこり笑った。

(さすがグレン。うちの息子ってば、ホント、優秀だわ)


 昨夜書いた手紙は狙い通り息子の元に届いていた。

 新しい手紙はグレンが書いたもので、アンジェラの指示はすべて了解とのことだった。次の返事の約束は正午だ。


「さて。やるべきことを片付けてしまいましょうか」


   ◆


「エドガー。ちょっと外に付き合ってもらえるかしら。今のうちに貴方の封印を解いてしまいましょう」

 そう提案したアンジェラをエドガーは気遣うように見ながらも、「はい、先生」と言って立ち上がった。

 今回エドガーが無理に力を解放したことで、このような想定外のことが起こっているのだ。万が一彼の双子の妹を引きずり込んでしまう可能性を考えると、同意せざるを得ないのだろう。危険を考えて内緒で置いてきたというのだから。


 そんなアンジェラ達を見てメロディは少し考えるような仕草を見せた後、そっと片手を上げた。

「アン先生。私もついて行ってはダメ? 外に出てみたいの」

 メロディのことは後で連れていくつもりだったし、一緒に来ても暇だろうと思ったものの、ずっと屋内にいるのも辛いだろうと思い直す。

「そうね。シドニーか旦那様が一緒なら構わないわ」

 もしもの場合を考えると、メロディを確実に守り、ここに連れて帰れる人が必要だ。

 当然のようにメロディはコンラッドを引っ張ってきたが、アンジェラは今朝のことなど何もなかったようにゆったりと微笑んだ。

 


 場所は先ほどの泉にした。

 湧き水がわいている清涼な空間は、魔法の力を安定させるだろう。

 コンラッドがさっき草をなぎ倒しながら歩いてくれたので、格段に歩くのが楽になっている。その中でアンジェラは、子どもたちに食べられる野草や食べてはいけない野草の説明をしながら、ゆっくりと進んだ。


「あっ、これは知ってます。ナタリー先生が密が甘いって言ってました」

 メロディが指さすラッパ型の花にアンジェラは微笑む。

 それはヒィズルにもあった花で、摘むと必ずナタリーが蜜をなめていたものだ。


「この花は食べることもできるわよ。小麦粉を水で溶いて絡ませたものを油で揚げるの」

 天ぷらはこの世界にはないが、ヒィズルにいるときはよく作った。時々食べ物が手に入らないとき、野草をとってきてはよく天ぷらもどきにしたのだ。日本食万歳。

 油と粉は仲間に貸してもらうかわりに、アンジェラが作った天ぷらをみんなで食べた。コンラッドも思い出したらしく懐かしそうに目を細めているのが目に入り、アンジェラはそっと目をそらす。


「先生、この花は?」

「エドガー、それは毒だから食べちゃダメ。死にはしないけど、お腹は確実に壊します。こっちの草なら血を止めるのに使えるわよ。擦り傷くらいなら揉んで当てておけば大丈夫」

「へえ」


 慎重に見分け方を教えていっても忘れてしまうことのほうが多いかもしれない。でも大事なことが少しでも残ればいい。その少しが命を繋ぐことがあるのだから。



 泉に着くと、予想通りメロディはその美しさに目を輝かせて喜んだ。

「すごいわ。きれい!」

 エドガーのほうは周りの地形を見回して「ふむ」と呟く。

「先生、あの水を少しあっちに貯めて、風呂にしてもよさそうな感じじゃないですか?」

「あら、それは素敵ね」

 たしかに大きな岩の窪みは大きな風呂になりそうだ。岩自体を温めれば、貯めた水を沸かすこともできるだろう。


「ええっ。外にお風呂なんて、あっても入れないですよね?」

 エドガーとアンジェラの会話にメロディは目をぱちくりとさせているけれど、ヒィズルで天然の露天風呂に入ったことのあるコンラッドは、

「それもいいかもなぁ」

 と、面白そうに口の端を上げた。


「あとで時間があったら試してもいいかもしれないわね」

 昨日は風呂が使えないので、体をぬれタオルで拭くのとアンジェラの清浄魔法を併用したが、風呂で体を伸ばせるならリラックス効果は抜群。かなり魅力的だ。

 周りにちょっとした囲いを作れば、メロディもライラも喜ぶだろう。


「じゃあ風呂を作ったら、俺は先生と入ろうかな。背中流しますよ」

 こちらを見もせず冗談を飛ばすエドガーに、メロディは「まあ」と言ったまま絶句しているのが可笑しい。

「そうねえ。エドガーとお風呂なんて何年ぶりくらいかしら? あれはたしかエドガーがわたくしにきゅうこ……」

「わああ、すみません先生。冗談です、忘れて下さい!」

 面白がってあえて話にのってみると、エドガーはアンジェラが言いかけた出来事を思い出したのか、急に恥ずかしくなったらしい。

 まだまだ可愛いなぁとアンジェラはにっこり笑った。


 昔アンジェラは、派手に水たまりで転んだ当時三歳か四歳くらいのエドガーを、風呂に突っ込んでガシガシ洗ったことがある。一緒に入ったといってもアンジェラは服を着ていたのだ。

 普段生意気だったエドガーが、あの時は泥だらけになった恥ずかしさとショックでわんわん泣いていた。しかもお風呂の後は妹のアデルと一緒に花を摘んできて、なぜか二人で「将来お嫁さんになってください」と言ってきたという萌えエピソード付き。

 あまりの双子のかわいらしさに、思い出しただけで今も悶える。


「それはさておき、本題に入りましょう。エドガーの力を解放しないとね」

 早くしないと昼になってしまう。


「これ本当は、あと五年くらいかけて解かれるはずなんですよね」

「そうだけど仕方がないわ。大丈夫。わたくし自身を媒介にするからエドガーの負担は少ないわ。――なのですみません、旦那様、メロディ。やることがあるので、その辺で遊んでいてくださいませ」


 ざっと必要な陣を組みながら言うと、メロディが「見ていたらダメですか?」と聞いた。

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