降臨!

関谷光太郎

第1話

 喉仏三吉のどぼとけさんきち


 彼は趣味で小説を書いている。いくつかの投稿サイトにも登録し、合間を見つけては書き綴ることを楽しんでいた。仕事から帰宅すると風呂、食事、執筆をローテーションとし、休日ともなれば一日中パソコンの前で創作に耽ることに喜びを感じている。


 そんな喉仏三吉のどぼとけさんきちが、未だ一本も投稿したことがないという事実を、みなさんは信じられるだろうか。



 執筆の必需品であるパソコンがクラッシュしたのは三日前だった。だが慌てる必要はない。すべてのデータはちゃんとバックアップしているし、締め切り間際のプロ作家ではないので誰にも迷惑はかけない。


 喉仏三吉のどぼとけさんきちは一瞬は愕然としたものの、すぐに立ち直って、『うふっ』と微笑んだ。


「これは啓示けいじだ。古いものを捨てて新しい環境下で出直せという」


 善は急げだ。


 スマホを取りだした三吉は、次々とネットショップで商品をポチリだす。


 最新のハイスペックPCは前々から目をつけていた商品だ。穴が空くほど吟味済みなのでここは迷わず購入。


 27インチの4Kモニターにトリプルの夢を託して三枚をポチリ。


 光るキーボードにマウス、PC用サウンドバーを購入したかと思いきや、忘れていたとばかりにPCデスクとオフィスチェアをポチリ、ポチリ。


 浪費というものにまるで縁のなかった三吉が、取り憑かれたように買いまくる。その新たな執筆環境を構築しようと身銭を切る姿は、神々しいほどに光り輝いていた。


「もっと光を!」


 ポチリ最後の商品は、ノートパソコンだ。果物のロゴが憧れで、カフェでオシャレに仕事する自分の映像を思い浮かべてフィニッシュ!


 恍惚の表情を浮かべて、喉仏三吉のどぼとけさんきちは果てた。



 その後は、次々と届く商品を受け取っては開封、受け取っては開封を繰り返し、部屋に新しい風が吹き荒れた。


 すべては創作のために。


 トリプルモニターが異彩を放ち、光るキーボードに目が眩む。


 なによりも、サウンドバーが放つ音楽の波動が、創造の神を降臨こうりんさせることは間違いない。


 三吉のこだわりのガジェットは満足のいくものであった。


 まるで、宇宙船のコックピットじゃねえかと揶揄されても平気だ。


 すべては創作のために。


 そして三吉は検索画面にこう記す。


『小説家専用エディタツール KAKISUGI』


 登場キャラクターの設計から世界観。プロットの作成。物語の時系列。起承転結など、作品を完成させるためのサポートツールである。


 以前から導入を考えていたが、いよいよ取り入れる時が来たのだ!


「これで、書ける」


 満を持して、という言葉が喉仏三吉のどぼとけさんきちの口から溢れ出た。


「満を持して、喉仏三吉のどぼとけさんきちの初投稿作品が幕を開ける!」


 もう気分は大作家だった。


 エディタツールを開いた三吉は、設定やプロット書き込みスペースに目もくれず、いきなり『題名』への書き込みを開始した。


 その指が華麗にキーボードを舞う。




 題名──『私と読者と仲間たち』


 おいおい、本気か?


 そもそも一本も作品を投稿していないのに、読者も仲間もいないだろうが!


 題名──『私と読者と仲間たち』(仮)


(仮)ってつけても一緒だぞ。


 題名──『私に読者も仲間もいない訳』


 三吉の手が止まった。


 その目が虚空を彷徨う。


 どうした喉仏三吉!


 まさか、大山鳴動して鼠一匹ってことじゃ。


「……」


 図星か!



 喉仏三吉のどぼとけさんきち。彼の初投稿はいつ叶うのだろうか。

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降臨! 関谷光太郎 @Yorozuya01

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