小牧原美心はいただきますが言えない 7

 造りの安いプレハブの部活棟では、他の教室よりも雨の音が大きく聞こえてくる。

 体育倉庫の一件の後に降り出した雨は、時間と共に少しづつ強くなり、今やバチバチと音を立てて窓ガラスを叩くまでに至った。時間は十四時少し過ぎ。しかし外は日没手前のような暗さだった。


 部屋にはスマホを弄っている雪輝と、勉強中の來華と神原。コーヒーを飲みながら新聞を読む冴島の四人がいた。

 雪輝は腕に顔をうずめ、細めた目で画面を見つめる。そこに表示されていたのはアカシヤの救徒のサイトだった。

 壮大な宇宙の画像をバックに『心の存在に気付こう』という文字が浮かび上がっており、下にスクロールすると、今度は白髪でスーツ姿の老人の写真が出てきた。最高預言者のコトバと書かれてある。

 『宇宙に端があるか、幼い頃に考えたことはありませんか?』大きな文字でそう書かれ、下には更に続く。

 『あなたの思考、脳内には端っこはあるでしょうか? 頭の中で走っている姿を想像してみてください。その目の前に壁はあるでしょうか? ないはずです。あったとしても、その壁は一瞬で取り払うことができ、あなたは無限の中で走り続けらるでしょう。宇宙も同じなのです。百三十八億年前に起こったとされるビッグバン。それは一つの意識の誕生でした。私たちは『アーカーシャのクオリア』と呼んでおります。宇宙を縮小してみると、それは人間の脳と同じ作りになっているという話もあります。そうです。宇宙とは、とある一つの人格を持った思考そのものなのです』

 雪輝は更にスクロールした。

 『あなたが産まれて初めて意識を手にした時の事を覚えていますか? 恐らく覚えてないでしょう。きっとそれはとても小さく、微かな意識だったからです。しかし今のあなたはどうですか? 色んなものを感じ、色んな事を知っている。あの日生まれた小さな意識が、波紋の様に連鎖的に、とてつもないスピードで増幅し、今のあなたになったのです。その構造はビッグバン、そして拡大し続ける宇宙と同じである事は、想像に難くないかと思います』

 するとその下に『アカシヤの救徒として』と書かれたリンクがあった。雪輝はそのページに飛び、続けて文章を読む。

 『元々ヒンドゥー教の研究をしていた宗教学者の私は、学生の時にNPOの活動でインド北東部に滞在しておりました。そこで一人のサドゥーの死に立ち会いました。苦行による飢餓で弱っていた彼に私は食べ物を差し出したのですが、彼はそれを拒み、私に死を看取るように言ってきたのです。私は二日間、彼の隣で共に瞑想を行いました。最期の時、手を握れと言う彼に従うと、そのまま彼は旅立ちました。その時です。冷たくなるはずの彼の手から、燃えるような熱を肌に感じたのです。ふと空を見上げると、そこには虚空が広がっていて、気付いたら私は宇宙の中を漂っていました。そして私の中に意識が流れ込んできました。その意識こそが『アーカーシャのクオリア』そのものだったのです。

 私は啓示を受けました。我々に与えられた肉体は、心を生み出すための器に過ぎず、器に宿った心こそが、やがて肉体から解放された時に『アーカーシャのクオリア』を認知できる高次の世界へ旅立てるのだと。そしてより多くの器に心を宿す為に尽力しなさいと』


 その下にもずらっと文章が続いていたが、雪輝は飛ばし読みでスクロールしていった。

 啓示を受けた最高預言者が、日本に戻ってこのアカシヤの救徒を設立し、現在も啓示の通りに生きる人たちと共に、多くの没心人を救おうとしているのだと、だいたいそう言ったところだった。

 活動の様子と書かれたリンクに飛んだ雪輝は、そこで美心の画像を見つけた。恐らく中学の頃の画像だろう。一時間前ほどに体育倉庫で見たのと同じ様に、頭を地面につけて祈りを捧げる姿が映っていた。

 雪輝は、來華と神原にこの画像を見られていないか顔を上げて周りを確認したが、二人は目の前のテキストに集中していて、こちらを気に留める様子もない。少し安堵して視線をスマホに戻す。そのページには美心以外にも信者の写真や奉仕活動の様子などが沢山張られていた。もちろんいい写真を選んではいるのだろうが、そこに載っていた写真の人たちはみんな、生き生きと楽しそうに活動している様に雪輝は感じた。


 チャイムが鳴り響き五限目終了を告げる。

 神原は立ち上がって体を伸ばし、ソファーの方に移動して深く腰を下ろした。

「あかねちゃん、僕もコーヒー」

「自分で淹れなさい」

「じゃあいいや」

 そう言ってぼーと外の雨を眺めている。

 雪輝は冴島に話があった。もちろんそれは美心の件についてで、初めから全部知っていたのかとか、何がしたいんだとか、小牧原にとっては知られたくない事だったのに強引すぎないかとか、聞きたいことと言いたいことが沢山あった。

 しかし昼休みが終わって以降、ここ相談室には來華と神原もいて、冴島とその話をする事が出来ずにいた。雪輝の中でモヤモヤがつのる。


「あのー」


 ノックの音と共に、扉の向こうから声が聞こえてきた。冴島が首をかしげながら「どうぞ」と答えると、扉が開かれて、外からひょっこりと漆野シノが顔を出した。

「失礼します」

「あれ、漆野?」

「あ、よかった吉祥寺君いた」

 安堵したように彼女は言って、部屋の中に入ってきた。

「外凄い雨だね。ここ来るだけで濡れちゃったよ」

「タオルタオル。東雲、タオルどっかにないか?」

「無いわよそんなの」

「あぁ、いいの。ハンカチあるから大丈夫」

 そう言って漆野はポケットからハンカチを取り出して頭の水滴を拭きとった。

「漆野ちゃん、今日は何の用事?」

 冴島がそう尋ねる。すると彼女は少し慌てたように「大した事じゃないんです」と言って、ハンカチを取り出したのとは逆のポケットから一枚のチケットのような紙を取り出した。

「あの、これ。名古屋でやってる脱出ゲームの招待券なんだけど、有効期限が明後日の日曜日までだったから、その、吉祥寺君にはお世話になってばかりだったし、あげようと思って」

 漆野はそのチケットを雪輝に手渡した。

「お、まじか」

「うん。でも三人一組で参加しないといけないらしいから、良かったら相談室のみんなで行ってきて」

「え? 漆野はいいのか?」

「わ、私はその……ホラー要素があるって聞いたから……」

「あー……」

 確かに漆野には無理かもなと雪輝は思った。

「東雲は予定空いてるか?」

「……」

「ん? おーい」

「……少し待ちなさい」

 そう言って彼女はスケジュール帳を取り出す。

「……そうね。日曜日なら、空いてるわ」

 勿体ぶるようなその言いぶりに冴島が疑問を持ち、こっそりと彼女の背後に忍び寄ってスケジュール帳を覗き込んだ。

「……あら、真っ白」

 來華の耳元で、冴島はクスクスと悪戯な笑みを浮かべて囁いた。

「ちょっ、先生! 何なんですか!」

 來華は慌ててスケジュール帳を閉じ。顔を真っ赤にして叫ぶ。

「何でもなーいわ」

 引き続きクスクスと笑いながら冴島は自分の席に戻る。雪輝はその光景に首をかしげたが、深く追及するなと言わんばかりの目つきで來華に睨まれ、「よしじゃあ日曜日にするか」と話を終わらせた。

「神原先輩は日曜大丈夫すか?」

「僕はパスだ。今週の土日は取材がある」

 ソファーの方から神原がそう言った。

「えー先輩行きましょうよ。ストーキングなんかより楽しいっすよ」

「取材だって言ってるだろ一年」

「あはははは……つい。すんません」

 雪輝の苦笑いが響いた。

「でもあと一人どうしようか」

 雪輝がそう呟くと冴島が「えー、あたしは誘ってもくれないの?」とわざとらしく拗ねたような声で言う。

「え、逆に誘ったら来るんすか」

「いや行けないけど」

 彼女は笑いながらそう言い放った。雪輝はため息交じりに「でしょうね」と吐き捨てた。

「他探すか」

「ちょっと待って。私、クラスの人とかは無理よ」

「そうだろうな……あ、そうだ。小牧原とかはどうだ?」

「小牧原さん?」

 來華は少し考える。

「……まぁ、確かに……あの人なら……まだ」

 腕を組み、眉間にシワを寄せて言った。

 その様子を漆野が不思議そうに見ている。

「なんか凄く苦渋に満ちた表情ですね……」

「小牧原はクラスで唯一東雲にも普通に話しかけてくれる人なんだわ」

「じゃあどうして迷ってるんですか?」

「東雲はコミュ障だからなぁ……」

 雪輝がそう言うと來華は再び睨みつける様な視線を送る。

「誰が何って?」

「いえ何も」

 雪輝は反射的に姿勢を正して返事をする。來華は再び眉間のシワを戻してうねる様に悩んだ。

「面白い人ですね、東雲さん」

「教室だと一言も発さないけどな」


「行ってきなさいよ」


 來華が悩んで話が停滞していたところで、痺れを切らしたように冴島がそう言った。

「小牧ちゃんはいい子よ。少なくともあなたを嫌うような子じゃないわ」

「……そんな人いるわけないじゃないですか」

「あら。じゃあここにいる人たちも、みんなあなたの事を嫌っているって思ってるの?」

 冴島がそう言うと、來華は全員の顔を見渡す。

「……いえ、神原先輩は冴島先生以外の人間を、資料としか認識していなさそうですし」

「よく分かってるじゃないか」

「……吉祥寺君は……私と同じ嫌われる側の人間ですし……」

「おい」

「漆野さんは……まだよく知らないけど、腕力で勝てそうだから嫌われてても問題はないわ」

「わ、私お掃除やってるので力はそこそこありますよ! それに東雲さんの事も嫌ってないです!」


「ほら、例外がいるってあなた自身分かってるじゃない」

「……」

 顔を背ける來華。それを見て雪輝はため息交じりに言う。

「はぁ、まぁこの状態なら無理そうだな。漆野、せっかく来てもらって悪いんだけど、このチケットは別の人にくれてやってくれ」

 チケットを漆野に返そうと差し出した。

「そうですね。私こそお邪魔してすみませんでした」


「……行くわ」


 來華がボソッと呟いた。

「おっ」

 雪輝は差し出したチケットを引っ込める。

「……その代わり私が一言も喋らなくて、つまらなくなっても知らないわよ」

「安心しろ。顎が筋肉痛になるくらい俺が喋りかけ続けてやっからな」

「……それは迷惑ね」


 來華は座って、もう一度スケジュール帳を取り出した。ひたすらに真っ白なページをめくり、日曜日のマスに『クラスメイトと名古屋』と書き込んだ。顔に出さないように必死に表情を作っていたが、心の内の楽しみな気持ちは多少なりとも溢れ出てしまっていた。その小さな表情の変化を冴島は見逃さず、少し離れた席で小さく微笑んだ。


「小牧原のやつ返信早っ」

 スマホを見ながら雪輝は呟く。

「日曜日来れるって」

「それは良かったですね。また私にも感想教えてください」

「あぁ、ありがとな漆野。楽しんでくるよ」

「えぇ」

「相談室にもいつでも遊びにいらっしゃい。漆野ちゃんなら顔パスで大歓迎よ」

「ありがとうございます」

 漆野が扉を開けると、外の雨の音がより大きく聞こえてきた。

「傘貸そうか」

「悪いよ。私放課後に委員会の仕事あるから、返しに来るの遅くなるし」

「俺が校舎まで送るよ。そしたら傘も返ってくるし」

「ほんと? ……じゃあお願いしようかな」

「うっす。東雲、傘借りるぞ」

「ええ」

 そう言って二人は外に出た。階段を覆うトタンの屋根にバチバチと雨が音を立てている。傾いた軒樋から水が溢れていて、その真下のコンクリートには深い水たまりが出来ていた。

「さっきまで晴れてたのにな」

「ね。でも明後日はまた晴れるみたいだよ」

 校庭のネット沿いを歩く。雪輝がふざけてネットを叩くと、二人の頭上に大量の雨水が降り注ぎ、傘に当たってドドドという低い音が鳴った。漆野が「もー」と笑いながら怒って、仕返しと言わんばかりにもう一度傘でネットを小突く。するとまた雨水が降ってきて、二人は笑った。

 校庭を通り抜けて中庭に入った時、少し前を歩いていた漆野が急に歩みを止めた。來華から借りた黒色の傘が雪輝の傘とぶつかり、水が跳ねて手が濡れた。


「ねぇ、吉祥寺君」


 強い雨の音のせいか、彼女のその声は普段より小さく聞こえた。

「なんだ?」

 雪輝からは彼女の表情は見えなかった。飾り気のない黒色の傘だけが彼の目に映る。

「吉祥寺君と東雲さんって、やっぱその……」


「その……付き合ってるの……?」


「……」


「…………は?」


 雪輝は口をポカンと開けたまま硬直してしまった。漆野は振り返る。水が跳ねて雪輝の顔にかかった。彼女は傘の柄の部分をもじもじと指でなぞり、言いずらそうに話し始めた。

「……その、なんていうか、会話の仕方が夫婦っぽいって言うか……お互い悪態ついてるけど、分かりあってる感っていうか……見てて羨ましいなって……」

 尻すぼみに声が小さくなってゆき、最後の言葉は雨にかき消されていた。

「いや……いやいやいやいやいや! オレらは別にそんなんじゃねぇし! つか付き合ってるどころか会話すら全然ねぇレベルだぞ!」

「そう……なの?」

「あぁ。まぁ確かに最近は割と普通に喋るようにはなったけど、それでも別にそういう関係じゃ……」

「じゃあ付き合ってるわけじゃないんですね」

「そうだよ。全くビックリするようなこと聞くなよな。心臓止まるかと思ったぞ」

「ふふっ。ごめんなさい」

 漆野はどこか少し嬉しそうな声で笑った。

「もう急がないとまた授業遅れるぞ」

「はい!」


 中庭を通り抜けて校舎に到着した。下駄箱で漆野は傘に着いた水を払って、雪輝に傘を手渡したら教室の方に戻っていった。階段を前にして漆野は一度振り返り、少し照れたような顔で雪輝に手を振って、またすぐ階段の方に向き直った。それを見送って雪輝も来た道を戻る。中庭を通っている時にチャイムが鳴った。六限目の始まりだ。今日はまともに授業を受けられていないな、などと考えながら歩いていると、校庭の方から冴島が歩いてきた。

「漆野ちゃんは間に合った?」

「間に合ったんじゃないですか」

「良かった良かった。……ところで吉祥寺君。今少し話せるかな?」

「……こっちのセリフですよ」




 雪輝は校舎の方にまた戻り、二人は職員室に入った。

 授業時間中の職員室は静かなもので、雨の音があまり聞こえて来ない分、もしかしたら相談室よりも静かなのではないのかと雪輝は思った。

 職員室後方にある職員用の休憩スペースに二人は腰掛ける。机の上にはインスタントのコーヒーと、紅茶のパック、そしてお菓子が置かれていて『ご自由にどうぞ』と張り紙が張られていた。雪輝はお菓子のかごに入っていた煎餅を取ろうとしたが、その手は冴島に引っ叩かれた。

「こら。生徒は駄目です」

「ケチ」

「お茶なら淹れてあげるわ」

 そう言って冴島は立ち上がり、備え付けてあった電気ケトルに水を入れて温め始める。一分ほどして戻ってきた彼女は机の上に置かれた紅茶パックを取った。

「はいどうぞ」

「先生にお茶淹れてもらったなんて神原先輩に自慢したら殺されそうですね」

「ほんとよ。言っちゃ駄目だからね」

 困ったような、呆れたような顔で言う。


「……小牧ちゃんと会った?」


 カップに口をつけた冴島は少し不安そうにそう尋ねた。

「……会いましたよ」

「……そっか。あの子、どこまで話した?」

「信仰の事と、あと商業棟の件も」

「……全部話したのね」

 そう呟くと少し安心したように微笑み、口につけたカップを傾けた。

「先生。先生は何がしたかったんすか。小牧原が黙ってて欲しかった事を、何でわざわざオレに知られるように仕向けたんですか」

「……話すわ。あたしも」

 冴島はカップを両手で抱える。

「まずあの商業棟。あそこが文化部の部活塔になる事と、美化委員が掃除を担当する事はあたしも知らなかったの。だから漆野ちゃんが小牧ちゃんの食儀に鉢合わせたのは本当に事故。幸いだったのは、鉢合わせたのが漆野ちゃんだった事と、それに一番最初に気づいたのがあたしだった事。もし美化委員の清掃が何人かでやってたり、来たのが漆野ちゃんじゃなかったり、あたしがたまたまあの前を通らなかったりしたら、その時点で小牧ちゃんの秘密はみんなにバレてたわ」

「……確かに」

「あたしはね、もうその時に限界だと気付いたの。このまま誰にもバレずになんて不可能だって。いつかは絶対に誰かに見つかって、彼女は辛い思いをしちゃうんだって思った。だから、せめてあの子が安心できる場所を先に作りたかったの」

「相談室がそれですか?」

「うん。だから多少強引でも、あなたには知ってもらう必要があった……あの子に負担かけちゃうのは分かっていたんだけどね……」

 雪輝は多少なりとも怒るつもりで冴島との話し合いに臨んでいたが、もうその気は無くなっていた。

 冴島の言う通り、彼女の信仰を隠し続けるのは無理があると雪輝も思った。昼休みに教室からいなくなる事をどう言い訳し続ければいい? 研修旅行の時は? 調理実習の時は? 食事の事だけでも多くの問題があるが、きっとそれだけじゃないのだろう。ネットでアカシヤの救徒に関して調べた今の雪輝には、他にも彼女の出来ない事が色々分かっていた。小牧原美心は政治参加が出来ない。アーカーシャのクオリアと最高預言者以外への崇拝行為が出来ない。競争する事が許されない。没心人と救心活動以外で友好な関係を築く事が許されない。他の宗教イベントへの参加が出来ない。等々。彼女の行動はとても多く制限されていた。挙句はネットに画像まで上げられている。そう考えると人にバレるのは時間の問題だったのだろう。

「あなたと東雲ちゃん、そして神原君。あときっと漆野ちゃんも。みんな小牧ちゃんの事を言いふらしたりする人じゃないって私は思ってる。でも一度に沢山の人に知られると、あの子は不安に思っちゃうって分かってたから……」

「だから手始めにオレに話すように仕向けたんですね」

「えぇ……小牧ちゃん怒ってた……?」

「いいえ。まぁ強引だなとは言ってましたけど。でも話した後は、笑ってました」

 それを聞いて冴島は安堵のため息を漏らした。

「……良かった」

 雪輝は紅茶を口に運ぶ。冴島の心から安心したような顔を見て、本当に小牧原の事を心配していたのだなと雪輝は思った。

「そう言えば日曜日の事、どうやって小牧ちゃんの了承を得たの?」

「あぁ、救心活動って布教活動だけじゃなくて、困っている人を助けるのも含むらしいじゃないですか。だから人数が足りないから来て欲しいってお願いしたんですよ。別に本当の事だし」

「なるほど」

 冴島は納得して笑った。

「あはははっ。やっぱ吉祥寺君に知ってもらって良かった」

「やめてくださいよ。つか何なんすか、その、なんて言うか、オレに対する過剰な期待は」

「あたしは吉祥寺君が真っすぐな人だって知ってるから」

「タケル達の時の件なら考え違いだって言ってるじゃないすか。俺は別に東雲を庇ったわけじゃないですし、なんなら感情に負けて友人に手まで出したクズですよ」

「……ふふふっ。あたしがあなたを信頼しているのはね、別にあの事件がきっかけじゃないんだよ」

「……え?」

「時が来たら話してあげるけど、今はまだ内緒」

「は? 何で!?」

 すると冴島は立ち上がると、少しかがんで空になった自分と雪輝のカップを手に取る。

「でもその時が来たら……」

 冴島はかがんだ体勢のまま顔を突き出して雪輝の耳元で囁いた。


「私を助けてね――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る