海底の石貨

尾木洛

海底の石貨

 まあ、そんな落ち込んでばかりいないで、ちょっと私の話を聞きなさいよ。


 昔の話なんだけど・・・・。

 あ、昔の話っていっても、そんなに昔じゃないわ。

 第一次世界大戦の少し前のころの話。


 西太平洋上に石を貨幣のように扱っている小さな島があったの。

 その島では、その石の大きさ、重さが貨幣の価値を表していて、石が大きくて重いほど貨幣としての価値が高かったわ。


 だから、まあ、小さな買い物だったら、問題ないの。小さな石貨なら、持ち運ぶことも簡単だから。

 大変なのは、大きな買い物。大きな石は、持ち運びが大変だもの。

 なので、いつの間にか、大きな石は、屋外の道端や、森の中にそのまま置かれて、持ち主だけが、どんどん変わっていくようになったわ。

 裏の通りの道端にある腰の高さくらいの大きさの石は、自分のものだから、その買い物の代金は、その石で払いますってなったら、その石が買主から売主に所有権のみが替わっていく、みたいにね。

 まあ、小さな島でみんな見知った仲だったから、それで成り立っていたの。お互いがお互いを信頼していたし、嘘をつく人もいなかったから。


 最高なのは、島一番のお金持ちの石貨。

 大きな石貨を船で運んでいる途中で、その船が壊れちゃって、石貨が海の底に沈んでしまったことがあったらしいの。

 でも、島の人は、その海底の石貨をあるものとして、取引に使い続けたらしいわ。

 100年近くも、その石貨を誰も見たことがないのによ。

 面白いでしょ。


 ところが、そんな日常が一変する事態が起こったわ。

 大陸から、兵士がやってきて、この小さな島を占領してしまったのよ。


 島を占領した兵士たちは、島民から価値あるものを取り上げたわ。

 むろん島の大きな石貨も。

 島の至る所にある貨幣価値の高い大きな石に、石貨上に黒ペンキで×印を記して、この石はこの島を占領する兵士のものだということを示していったの。


 おかげで、島の人たちは、みんなとっても貧乏になってしまったのよ。


 でも、落ち着いて考えて見ると、これって少し変だと思わない?

 石が壊された訳でも、なくなった訳でもないのよ?

 ただ、石の表面に黒ペンキで×印が書かれただけ。

 他は、なにも変わっていないのよ?


 変わったのは、島の人たちの意識。

 あの石は、もう自分たちの所有物じゃないという認識。


 石が自分たちの所有物で、島の人たちが価値あるものと信じていた時には、貨幣として機能していたけれど、自分たちの所有物ではないと示されてしまったら、とたんに価値を亡くして、ただの石になり下がっちゃった。

 海底の石貨も、ただの昔話になっちゃったわ。


 そう考えると、今の仮想通貨も似たようなものね。

 海底の石貨と変わんない。

 貨幣や紙幣を誰も見たことないのに、みんなが価値あるものと信じているから、資産価値があると信頼されているから、成り立っているのよね。


 え?

 なんで、いま、そんな話をするのか、ですって?


 いま、あなたが落ち込んでる原因も、同じようなものなんじゃないかと思ったからよ。


 たしか、あなたが小説投稿サイトに自信満々で投稿した小説が、読者から酷評を受けたのが落ち込んでいる原因だったっけ?


 でも、それって、あなたが、その小説投稿サイトを価値があるものと思いこんでることが原因じゃないの?

 その酷評を書いた読者ってのも、その小説投稿サイトの読者ってことで、あなたが勝手に価値ある人の意見だと思い込んで、価値ある読者の感想なのだから、そんな感想をもらうような小説を書いた自分が悪いんだって、自分の小説には価値がないんだって、勝手に思い込んで、勝手に傷ついているだけなんじゃないの?


 そりゃ、その酷評が自分で納得のいく内容だったら、深く反省して、大いに落ち込めばいいわ。その代わり、それを必ず次の作品につなげていく。それでいい。


 でも、そうじゃないんなら、黒ペンキで×印書くだけで価値がなくなる石貨とおなじよ。

 その酷評を書いた読者と会ったことも、みたこともないんでしょ?

 そんなの×印書かれて海底に沈んでいる石と変わらないわ。

 さっさと忘れてしまいなさい。


 でも、だからといって慢心してもだめよ。

 以前、あなたの小説をいつも応援してくれる仲間がいるって言ってたわよね?


 その仲間とも会ったことも、みたこともないんでしょ?

 みんな海底の石貨と同じ。

 黒ペンキで×印書かれたら、価値がなくなっちゃう程度の物なんだから、励みにすることはいいけれど、それで慢心するようなことがあっちゃだめなんだから。


 わかった?


 だから、あなたは、あなたが面白いと思った小説を書けばいいの。

 あなたが価値あると思える小説を投稿していけばいいのよ。


 くよくよばかりしてないで、自分の信じる道を歩んで、小説を書き続けなさい。




 ・・・・って、まあ、ああ言ってはみたんだけど、実は、あの酷評を感想に書いたの私なのよね。


 ばれないように書いてるつもりなんだろうけど、あの小説に出てくるヒロイン、絶対、私をモデルにしてるわ。

 だったら、もっと可愛く書きなさいっての、まったく。

 今回の貴重な感想を糧にして、海の底よりも深く反省するといいのよ、まったく。


 次回も、こんな調子だったら、また、海の底から石貨を引き上げて、黒ペンキで、おっきな×印つけてやるんだから。

 覚悟しておくことね。

 わかった?

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