9 付き合って下さい!
マックであまりにでかい声を出してしまって周囲の視線が痛かったので、俺たちはそこから退散して近くにある小さな公園に来ていた。
そう、思い出したんだよ。いや、正しく言うと「気付いた」ってところだけど。
俺たち、入学式が初対面じゃなかった。
受験の日に、昇降口でうずくまってる女の子がいて、ビビって咄嗟に声を掛けたのは覚えてる。
ポケットにたまたまヘアピンが入ってたのは、その時まだ俺の前髪が長めで、入れっぱなしにしてたから。
凄く髪の毛が長くて、ヘアゴム切れたって言ってたからそりゃ不便だろうと思って、男なのにポケットにヘアピン持ってる俺がたまたま通りかかったのも何かの偶然だろうって、その子にヘアピンをあげた。
公園で鈴木さんから聞いたのは、受験日以降の彼女の話。
合格発表の時に俺を見かけたけど話しかけられなかったこと。
中学までの自分が嫌だったから、高校で「違う自分」になりたかったこと。
そっか……。だからあの時、あんなにめちゃくちゃハキハキしてたんだ。
入学式の日、俺に「付き合って下さい!」っていきなり言ってきた鈴木さんと、普段のおとなしい彼女がちょっと違うなって思ってたんだよな。
それ、占いパワーかと思ってたんだけど、イメチェン願望パワーだった。
今日の「アクティブな服が欲しい」も、きっとその延長線上。
だけど、ひとつわかって良かったことがある。
それは、「占いで運命って言われた知らない相手」としての俺に告白したんじゃなくて、彼女の俺に対する気持ちは本物だってこと。
「俺、入学式の日に『知らない子から告白された!?』って凄いビビったんだけど、あの時、鈴木さんは凄い勇気出してくれたんだよね」
「……うん。占いなんかじゃないの。運命の人っていう証拠も何もなくて。
でも、私は本当に鳥井くんのことが――その、好き、で。お試し彼女になって、一緒に帰りながら喋ったり、デートしたりして、ちゃんと鳥井くんのことを知っていく度にどんどん気持ちが膨らんでって。あの――だから」
彼女は震えながら俺の顔を見て、か細い声でその言葉を告げた。
「あなたのことが、好きです」
それは、本当だったらスタートの時点で聞くはずだった言葉。
めちゃくちゃぐねぐねした経過を経て、俺の元に届いた、本当の告白だった。
「――っ!」
俺は思わずその場にしゃがみ込んで顔を覆ってしまった。
今のは、即死攻撃だろ。
死ぬだろ、普通。死なない奴いるの? いたら即俺の前に出てこい。
「あ、ど、どうしたの? 嫌だった? ……だよね、ずっと嘘ついてて」
「違う」
ネガティブな方向に曲解していく彼女の言葉を俺は慌てて遮った。
「俺も、鈴木さんの事が、好きだよ」
あーっ、言っちゃった! 言っちゃったよ!!
震えるし変な汗掻く。手のひら冷たくなる。
引っ込み思案の彼女は、なんで先に俺に告白できたんだろう。真剣に凄い。
彼女はちゃんと俺に話して、気持ちを伝えてくれたから。
今度は俺の番なんだ。
俺は立ち上がって、強張ったままでいる鈴木さんに向き合った。
「告白されたときはビビったし、意味わからなかった。正直あの時は、高校に入ってすぐ彼女ができたらカッコいいだろ、みたいな下心もあって。でも鈴木さん真剣だったから、軽い気持ちで頷いちゃいけない気がして。
それで、お試しって」
「うん」
「でも、鈴木さん俺と話してるときいつも笑顔で、嬉しそうで。気付いたら、ずっと君のことばっかり考えるようになってた俺がいて」
「う、うん」
さっき流した涙のせいで潤んでいる彼女の目の奥が、不安そうに揺れている。
違うんだ。不安そうな顔させたいんじゃないんだ。
俺は、ふんわり幸せそうに笑ってる彼女が好き。
だから、笑ってて欲しくて。
「図書館でただ一緒に本を読んでるだけでも楽しくて、俺の選んだ服気に入ってくれるだけで飛び上がりそうなくらい嬉しくて。だから、俺と――」
震える手を差し出す。同じくらいガチガチになってる俺の「彼女」に向かって。
緊張して深呼吸。「お試しの」なんかじゃない。これから本当の彼氏と彼女になるために。
「付き合って下さい!」
俺は手を差し出したまま頭を下げた。
沈黙が怖くてすぐに顔を上げたけど、俺の目の前にあったのは、目に涙をいっぱい溜めて両手で口を押さえてる彼女の姿で。
「はい……」
ワンテンポ遅れたけど鈴木さんはそう頷いて、俺の好きな幸せそうな笑顔を浮かべて、俺の差し出した手に華奢な手を重ねた。
その手は、おれと一緒でやっぱり冷たかった。
これは、お互いを知らなかったんじゃなくて、ただ忘れてただけの俺と、ずっと俺を想い続けてくれていた彼女の、すれ違いだらけだったラブストーリー。
そして、これから本当の恋人同士としての時間が始まる。
「付き合って下さい!」 初対面の女の子に突然告白されて、全く意味がわからない! 加藤伊織 @rokushou
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