くっそつまんねえ座談会だわ

水円 岳

「ええー? 対談すか? いやっすよー」

「いや、対談じゃない。座談会テーブルトークだよ。俺も参加するからさ」

「それでもやだけどなあ……」

「しゃあないじゃん。これも作家の仕事のうちだから」


 全力で拒否りたかったが、編集のタカハシさんを怒らせるわけにはいかない。タカハシさんも自分の提案じゃなくてもっと上からの話だと言ってるし、企画にはあまり乗り気じゃないんだろう。


「でも、テーブルトークって誰が出てくるんすか?」

「サイト上で、キクチ君の作品の愛読者の中から抽選で一名、対談権ゲットっていう企画を立てたんだ」

「い、いつの間に……」

「おいおい、大丈夫か? だいぶ前から募集かけてたぜ」


 うう、俺は自分の書いたもんなんか見に行かないからなあ。紙本だとそこが楽なんだが、電子媒体だと作品への反応がリアルに見えちまう。俺は大っ嫌いなんだよ。


「こういうご時世でしょ? ほんとにやるんすか?」

「まあな。リアルにはできないよ。リモートで」


 ああ、そういうことか。


「参加者の顔をぞろっと並べてやるんすか?」

「画像はオフ。それやると互いに緊張するだろ。それに君のリアルは公開してないし、明かす必要もない。音声だけでやる。電話打ち合わせと同じようなものさ」

「うす」


 まあ……それならなんとかなるか。

 タカハシさんは俺の書いたものをくっそみそにけなすけど、フォローはなんとかしてくれてる。最低限ではあるけどな。


「しゃあないっすね」

「そらあ、お互い様だ」


 ぶすくれたタカハシさんの声が耳の中にごろごろ転がってきて。電話はそのままぷつっと切れた。ここのところ、タカハシさんとの打ち合わせも全てリモートになってる。鬼顔かつ毒舌のタカハシさんのツッコミをリアルで受けなくて済むので、気分的にすごく楽だ。

 世間的には行動制限が強くかかっている今はストレス爆裂なんだろうけど、対人関係全滅ぼっちひっきーの俺にとってはまんま天国だよ。これであとタカハシチェックさえなくなれば最高なんだけどね。そうはいかない。


「むう」


 デビューして一年とちょっと。そもそも俺には認証願望も成功願望もなかった。ただ、自分ががっつり抱え込んでいる不満とか抑圧感情をどかんと放出させてくれる場所がどこかにあればよかったんだ。同業者や関係者という仲間たちもいらないし、読者もいらない。俺の好きなように書き殴らせてほしい。

 そんなほとんどタンツボのような俺の文章に、なぜかタカハシさんが目をつけてくれて。あんたのはおもしれえから俺と組もうぜと言ってくれた。


 つまり。俺のは純然たるオリジナル作品というわけではなく、タカハシさんとの合作に近い。タカハシさんは仲間ではあっても、読者じゃないんだ。そのせいか、俺の書くものなんかハコだけでいいと思っているフシがある。くっそ腹立つ。

 それならタカハシさんが一人で書けばいいじゃんと思うんだけどさ。タカハシさんの文章は毒が強すぎるんだよ。俺の文章の根底にある卑屈さとかへらへら感は皆無で、俺様丸出しの釘バットだ。タカハシさんは、俺の文章に釘バット要素を入れ込めればそれでいいと割り切ったんだろ。


 でも船頭が二人いる船はまともに進まない。不協和音が二人羽織やってるみたいな俺らの文章を、どこの物好きが読むんだろうと思ってた。だけどまあ、そこそこは売れてるらしい。物好きな読者がけっこういるってことだ。

 くっそ不味い文章で銭を頂戴してる俺としては、読者がいるってのはとてもありがたいことなんだけどさ。俺のどたまはそれほどおめでたくできていない。


 俺の書いている小説には、アンチとしての読者がうんざりするほど多いんだよ。んなもん、ネットをちょいっと検索するだけですぐわかる。愛読者ではなく愛毒者ばかりだってことはね。

 嫌いなら読まなきゃいいじゃん。誰もあんたらに読んでくれなんて頼んでないし。でも、アンチはまるでクソにたかるハエみたいにあちこちから際限なく湧いてくる。しかも連中は、ただ悪評を垂れ流すだけでは満足しない。神だと思い上がって、リアルに俺を探し出し、叩きのめそうとする。さっきの電話で俺が身バレしないようにっていうのは、冗談抜きで用心のためなんだよ。かなわんわ。


「読者と仲間たち……かあ」


 俺とタカハシさんは、互いを高め合う仲間同士では決してない。アンチの攻撃から身を守る、保身のための仲間なんだ。リモートで座談会やるってのもそのためだろ。熱心なファンだなんてのはなんとでも言い繕えるからな。


「まあいいや。リモートならいろいろ使える手があるし」


◇ ◇ ◇


「うーん……」


 あてが外れたという編集長のがっかり声を聞いて、思わずほくそ笑む。

 座談会の音声はライブで編集長に送ってある。編集者の権限でごまかしたと思われるのは心外だからな。その上で、嫌味をこれでもかとぶちまける。


「編集長。だから言ったじゃないですか。彼の作品をネタにして、炎上するような座談会にするのは無理だって」

「必ず着火すると思ったんだけどなあ」

「対面でやればね」

「どういうことだ?」

「リモートの場合、隠せる部分と隠せない部分があるんですよ」

「ほう?」


 こいつ、とぼけやがって。


「顔は隠せます。話の内容にもオブラートがかけられます」

「隠せないのはなんだ?」

「ファンの身元情報ですよ。作家側のはプライベートだから伏せられますが、ファン側は身元情報を書き込んでの応募ですから、ごまかせないんです」

「なるほど」

「俺たちと違って、身バレした状態で侮辱すればすぐ手が後ろに回りますよ。記録が全部残るんだし。無難な線にしか落ちませんて」

「仕方ないな」

「もう二度とこんなくだらない企画を立てないでください」


 リモートだと、釘バットを思う存分振るえないのが残念だ。くそ! 電話を叩き切って、でかい溜息をぶちかます。


「はああっ。なんとかしのいだな」


 キクチ君は、追い込まれるとすぐに話がしどろもどろになる。そこをアンチに攻め込まれたら即破滅だ。彼の破滅はイコール俺の破滅。今、こけるわけにはいかないんだよ。


「ほんとにリモートさまさまだ」


 リモートで音声のみだと、ボットが使える。彼に直接受け答えさせずにやり取りを全部ボットに任せ、ぼろが出そうな時だけ俺が間に入ればいい。

 今回の参加者は筋金入りのアンチだが、身バレする危険リスクを負っている以上無難なやり取りに終始せざるをえない。くっそつまんねえ座談会だったわと悪態はつくだろうが、そういうセリフしか残せない時点で負けだ。詰めが甘かったとすごすご撤退して終わりだろう。

 もっとも、書き割りみたいなやり取りしかできないなら最初からボットでいいと、向こうもボットを稼働させてたかもしれないけどな。


 企画関連のファイルを全部ゴミ箱に放り込みながら、ふと思う。


 俺には『私』はいらない。仲間たちもいらない。どんな形でもいいが『読者』だけがほしい。

 彼は違う。『私』だけがあれば、読者も仲間たちもいらない。

 じゃあ、編集長は?


「いつボットになってたんだろうな。いるいらない以前に、そもそも実体がないじゃん」



【 了 】


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