私の名は、『コスプレ女装相方交換温泉旅行~宿の女将も乱入~』。

猿川西瓜

お題 私と読者と仲間たち


 私の名は、『コスプレ女装相方交換温泉旅行~宿の女将も乱入~』。


 皆からは、「テヲハナ」と呼ばれている。


 テヲハナとは、この私、つまり「本」である私の名前のことだ。

 本は、実は生きている。仲間たちと共に、今か今かと部屋の主人に読まれる日を待っているのだ。

 「テヲハナ」と他の本から呼ばれる由来は、私の中身である文章の最後の一行が、「私のことを忘れないで。だからその手を離して」で終わるからだ。

 「手を離して」が略されて「テヲハナ」だ。


 他の本である皆からは「やっぱりエロ小説ってバッドエンドなんだよなあ」としみじみ感想を漏らされることが多い。

 確かにエロ小説本である私から言わせてもらえば、バッドエンドが多いのは頷ける。

 人妻不倫ものは、必ず最後に「夫が呆然とした表情で背後に立っていた」と「目撃オチ」だし、エロ悪いことをして、最後はかならずエロきつい制裁を受ける。

 もちろんそうではない本もたくさんあるが……。


 私の本のあらすじはこうだ。

 女装コスプレに目覚めた芳沢光よしざわひかるは、同じく女装コスプレ仲間でありパートナー関係でもある中崎と一緒に温泉旅館で撮影旅行会をしようと計画する。中崎は何かを計画しているらしく女装コスプレ界隈の先輩二名も一緒に連れてくるという。人が多い方がにぎやかで楽しいだろうと考えた芳沢は何の疑いもなくそれを受け容れ、早速大部屋でみなで泊まることになるが……。

 乱入した女将が「宴だー!」と叫んで絶頂を向えるところでエロシーンは終わる。しかし、オチのところがやや切ない。夜を徹した「祭り」が終ったあと、寝静まった大部屋でこっそりと中崎がもう一回やろうと、芳沢の手を握る。芳沢は、やっぱり自分はちゃんとしたパートナーが欲しい、ついていけない、だからあなたとは関係を解消したい旨を告げる。

 ――本当に今までありがとう。私のことを忘れないで。だからその手を離して。

 中崎はその時、はじめて取り返しのつかないことをしてしまったと気付いた……END。


「テヲハナ先輩」

 と、私の隣に置いてあるエロ漫画本である『モンスター★娘~スライム特集号』が話しかけてきた。

「スライムか。どうした」

 この本は、スライム娘をテーマにした多くの作家によるアンソロジー号である。私たちの主人の性癖がよくわかる。

 特によく読まれているのはスライムお姉さんに丸呑みされる展開のところだ。「丸呑み」。とにかく主人はスライム娘に丸呑みされるのが好きである。支配されたい欲望でもあるのだろうか。いや、窒息願望でもあるのだろうか。それはよくわからないが、その部分だけページが擦り切れるほど読まれている。

 たしかに死への欲望と、支配されることの憧れ、そして性欲を結びつけるのは、スライムお姉さんに丸呑みされるシチュで簡単に説明できる。人間の根源的な喜びが表現された見事なエロ漫画である。


「テオハナ先輩、気付いてますか」

「何を?」

「仲間が少なくなってることっす」

 私は沈黙した。確かに、ある日突然仲間たちが一斉に段ボールに入れられ、どこかへ運ばれていくのを見たことがある。古本屋に売り飛ばされる仲間も多いが、もっと酷いことになると焼却処分されるらしい。


 私たちにも「その日」が来るのか。

「燃やされるのは嫌だな……」

 スライムは深い溜息をついた。

「いや、ほんとシャレにならないっすよ」

「主人はどちらを選ぶのだろう」

「寝取られかスライムか。どっちっすかねえ」

 私は選ばれない自信があった。寝取られとは失うことにより新たな自己に目覚めることだった。主人はそろそろ中年にさしかかる年齢である。いつまでもモンスターに支配されてばかりいるわけでもあるまい。寝取られで自立してほしい。


 しかし、スライムはおもむろに話し始めた。

「テヲハナ先輩、次、段ボール行きになるのはテヲハナ先輩だと思うんですよね。今更寝取られなんて流行んないですよ。たしかにここの主人は、毎日DMMでVR寝取られを観ているのは確かですよ。僕たちの住む本棚の目の前がパソコンなのだから。毎日毎日、何を観ているかわかります。でも、技術が発達して、VRスライムものが出てきたらどうです? 大変なことになりますよ。みんなスライムの中に入っていくと思うっす。包み込まれたいんですよ。世の中は母性を求めているし、その母性に包まれたままの死が欲しいんです。母性に包まれたままの死こそ、古今東西あらゆる人が求めるエロスなんですよ」

 私は肩をすくめた。

「はぁ~、こいつ、なんもわかってない」

 クラブにたむろする不良の先輩みたいな口調で私は言った。

「寝取られは、自立への第一歩なんだよ。大切なパートナーを失う。その失い方はなんだ? 目の前で寝取られ、そして自分も犯される。今まで築き上げてきたものはぜんぶ幻想で、妄想に過ぎなかった。願望に過ぎなかった。けれども、それが一気に崩壊したからこそ、人は次のステージに向かうことができる。しかも、異世界チートじゃないけれども、その人との楽しかった思い出、つらかったことを引き継いで、次へ行けるんだ。寝取られとは、いわば現代ですっかり失われた父子関係なんだよ。父が母とまじわる。でも、自分は母を愛している。母を父に奪われることが、私たちの根源的な部分の一つを成しているのは間違いないだろう。それを超えていくことが大事なんだ。それをエロスとともに教えてくれるのが寝取られなんだ。スライムに包まれてイかされまくってばかりじゃ、新しい一歩は踏み出せない」

 私とスライムの論争は朝まで続いた。

 結局、母性も父性も自分自身への執着に過ぎないため、その執着を取り去ろう、それが本当の自由だという仏教的な結論になった。

 お互いが政治的な議論をすれば、ここまでは到らなかっただろう。むしろ下ネタというクッションがあったからこそ、私たちは心の穏やかさを留保した話し合いをすることができた。


 ――その日は突然やってきた。

 

 うつろな目をした主人が、本棚の本すべてを段ボールに詰め始めた。事情は分からない。だが、主人の顔はいつもよりも数段老けて見えた。人生が次のステージに移ったのだろうか。

 スライムを手に取る時、丸呑みページをむかしの我が子を懐かしむように眺めていた。スライムは段ボールの中にそっと置かれた。

 私を手に取った時、主人は優し気な微笑を浮かべた。

「もう、いいのだな。一人で、歩けるんだな」

 私は主人に聞こえない声でつぶやいた。


 暗い段ボールに押し込められながら、他の本たちの阿鼻叫喚のなか、スライムが私に話しかけてきた。

「俺たち、もう、終っちゃったんすかねえ」

「ばかやろう。まだ始まってもいねえよ」

 主人がよく見ていた映画のセリフを私は言った。

 きっと古本屋にたどり着くことを信じて、私は新たな主人を待つ決意を持った。

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